聖女の私にできること第二巻

藤ノ千里

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第六章 愛する覚悟

第五十五話 追想②

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 紅葉寺に逗留し、皇后様よりのお呼び出しを待つ間にやらねばならぬ事があった。
 そう秀仲様のあの一件である。
 あの者を好きにさせていては、遠からぬうちに聖女殿へ毒牙が及ぶであろうと、かねてより進めていた計画を実行したのだ。
 しかし、予想外にも軟弱なこの身は、あれしきのことで根を上げてしまう。
 とうに忘れていたはずの記憶。
 時間にすれば極わずかで、痛みすらもう残っていないそんな取り立てるまでもないものであるはずだった。
 であっても、あの娘だけには知られたくない。知られたくないと言うのに、あの温もりを求めずにはいられない。
 そんな私の思いなどゆうに超えてくるのがあの娘なのだ。
 全てを知った上で、虚勢すらも見透かし、まるで己の事のように涙を流した。
 知らず閉じ込めていた痛みすらも、引き受けるというのだ、この娘は。
 愛おしくてたまらない。大切にしたいと思いながらも、一生残らぬ傷を刻みつけて泣かせてやりたいという醜い欲が湧いてしまう。
 醜くて汚い欲望だ。愛などでは無い。愛であってはならない。
「いいですよ、乱暴にしても」という言葉に怒りにも似た衝動が湧き上がった。
 このような時まで聖女たらんとしているのかと、哀れな男に施しを与えるつもりかと。
 望み通りにと手荒く抱いた。口付けを求めるのを無視し、ただ欲望のままにその体を貪った。
 傷つけば良いと、泣いて許しを乞えば良いとそう思っていたのだ。
 気づけば、その娘は嬌声を上げていた。手荒く扱っているにも関わらず、喜んでいたのだ。
 それでも、私を受け入れてくれるという事実を認められず、この娘が嫌がるであろう後方よりその身を犯した。
 今度こそ拒絶するのだと思った。が、それすらもその娘は喜び、そして私の名を呼びながら求めてきたのだ。
 このような自分勝手で醜く愚かな欲望をすべて受け入れ、なおも私を求めたのだ。
 聖女としてではなく、私の妻すみれとして。
 すみれの前では私の目からは容易く涙も零れた。
 狂おしいほどに愛おしく、これほどまでに手放しがたい。いや、もう手放せぬのかもしれぬ。
 すみれが懲りずに私を求めるので、今度こそ大切に愛し合った。
 その晩の眠りは安堵感に満ちた、とても深い眠りであった。


 聖女の力が増すというのは喜ばしい話ではあった。
 その要因が私との交わりではないかとすみれは申した。
 それは間違いであると私でも直ぐに気づいたというのに、この愛おしい娘はかねてより本心でそう思うておったのだ。
 体だけでは無い、心の奥底に変化をもたらすほどに私を受け入れておると、無自覚にもそう口にしたのだ。
 堪えられるはずもない。私の嫉妬心や引け目など軽く超えて、愛を伝えられたのだから。
 手のひらから大切なものがこぼれ落ちる人生であった。いくら手を大きくしようと残るものは僅かで、その僅かを守るために必死であった。
 すみれは、自らその身を私の手に置いた。幾度となく零れ落ちそうになりながら、その度にしがみつき這い上がり、そして私に愛を語るのだ。
 そう、隠しようもないほどに、とうの昔に放せぬようになっていたのだ。
 すみれが放してくれるなと言うのだから。私も、放すくらいであればほかの全てを投げてでも握り締めたいと、そう思ってしまっているのだから。
 私は何度もすみれを求め、すみれは私を何度も受け入れた。時間を忘れ、気力が尽きるまで愛し合った。
 魂が溶け合うような甘美な幸福感。愛がこれほどまでにしかと感じられるものなのだということを、すみれが私に教えてくれたのだ。
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