聖女の私にできること第二巻

藤ノ千里

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第六章 愛する覚悟

第五十六話 出立支度

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 皇后様より拝命した試練というものは、危惧していた通り一筋縄ではいかぬものであった。
「大丈夫」だと笑うすみれを、私は当初背負うつもりでいたのだ。
 全ての危険や痛みから遠ざけ、ただ聖女として綺麗な身のまま使命を果たさせてやろうと、そのためにはどのような苦労も厭うまいと考えていた。
 なればこそ、鹿谷などという不穏な地に連れて行くまいと、皇后様へ異を唱えたのだ。お咎めも覚悟の上であった。
「侮り過ぎ」と皇后様は仰った。
 そんなはずあるはずもない。すみれがいかに聖女として精進してきたか、私が知らぬわけもなかった。
 しかし、そう、私は忘れてしまっていたのだ。この、ただ神に選ばれただけの、特異な力を持っているだけのただの娘が、聖女となってからまだ六月むつきほどしか経っていないことを。
 右も左も分からぬ地で正体の分からぬ力に振り回され、底知れぬ悪意にも晒されたというのに、それでも覚悟を決めたというのか。
 私と、生きてくれるというのか。
 なんという娘なのだろう。己の為と嘯きながら、聖女として触れる者全てを救い上げ、その上聖女でないすみれとして今度は私を救い上げるのだ。
 菩薩であってもこれほどまでに慈悲深くはあるまい。
 そして、それほどまでに清廉な娘を、唯一私だけがこの手でこの欲で汚してしまえるのだ。


 皇后様より支度にと与えられた期間はわずか1週間。
 これは恐らく、聖女殿ではなく私のために与えられたものなのであろう。
 紅葉寺への奉仕は控えさせていただき、私は部屋へと籠った。
 鹿谷の地についての情報を探る猶予はない。ひとまずは二年ふたとせも留守にする聖雅院をどのようにするかが当面の問題であった。
 これについては、あの秀仲僧正を使うことにした。
 あの者は色狂いという悪癖こそあるが、僧としての手腕であったり人脈という点だけ見れば聖雅院を任せるに値する力量があった。
 一度灸を据えておいたので、しばらくの間は大人しくしているであろうし、楠木クスノキのやつを近くにおいていれば迂闊なことはしまい。
 楠木のやつがどのように秀仲僧正を扱うかは見ものであるゆえ、仔細の文が届くのが楽しみだ。
 後は、と頭を巡らす。
 かの地で当面の間必要なものは用意してくださるとの事であれば、今時分やらねばならぬことはほんの僅かであった。
 いや、やらねばならぬことはそうであるが、すみれのため文を出すか。
 八ツ笠の東山城に宛てれば、将親が上手くやるであろう。

ーーー
 先日お贈りいただきました曼殊沙華の花、私の手元にて美しく咲き誇っております。
 留守の間に世話をしていただいた将親様には重ねて御礼申し上げます。

 さて、この度お上の命によりこの麗しき花を鹿谷の地へと届ける運びと相成りました。
 また私事ではございますが、お役目に際ししばしの間光来寺の住職を務めさせていただきます。
 聖雅院院主就任のお祝いを頂戴したばかりで恐れ多いとは存じまするが、以前八ツ笠にて拝見した神聖な花に相応しき花器を拝借させていただきたく筆を取らせていただいた次第です。

 二年の後には、返還と御礼のご挨拶に向かわせていただきます故、どうぞご一考のほどお願い申し上げます。
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