聖女の私にできること第三巻

藤ノ千里

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第六章 私の役割

第五十一話 黒峰城の重症患者

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 光来寺を出ると、今日も新医療所には患者の列ができていて。しかしその中に、並んでいないお侍さん二人組がいた。
 一瞬だけギョッとしたが、浪人ではなくお侍さんだ。身なりも正しければこちらを見て頭を下げてくれる礼儀正しさもあった。
「黒峰城より参りました。こちらにて病人を治療されているお方のお力をお借りしたく」
 お願いの形は取ってくれているが、黒峰城の許可を得て運営している医療所からすると、断ることができるわけがない。
 でもお偉いさんの治療をして万が一のことがあったらと思うと、できれば行きたくない。
「分かりました。では、私と小瑠璃殿で向かいましょう」
 行きたくないが、木村先生に指名されたら行くしかない。
「終わり次第戻りますので、他の先生方は無理のない範囲で診察をされていてください」
 ニッコリ笑う木村先生。何となく行きたくない黒峰城だが、この名医が一緒にいるのであればまぁ、大事になることはないか。
 しぶしぶお侍さん二人と木村先生に付いて行く。
 この時、護衛の松五郎と智久さんの同行を断られた時点で、様子がおかしいことに気づいておくべきだったのだと後になって思う。


 黒峰城に着くと、慌ただしく謁見用の部屋に通されて、しかも先に城主様が待ち受けていらっしゃった。
「その娘、奇跡の業を使うと申しておったな」
 頭を下げながら入室すると、膝をつき終える前に声が飛んでくる。声には焦りの色が伺えた。
「はい、市井に流行しておりますはやり風邪につきましても、この小瑠璃殿が治療に当たっております」
 医療所の責任者は木村先生という事になっていて、私はあくまでもその一員扱いなので喋りは先生にお任せだ。
 お堅い場での会話は苦手なので本当に助かる。
「どのような状態であっても治せるのか?」
 お偉いさんほどこうやって無理難題を言ってくるものなのだ。治療に絶対なんてものはないというのに。
「必ずという保証はできかねますが、万全を尽くしまする」
 対する木村先生の返事はこなれていて、さすが江戸城上がりといったところか。
「着いて参れ」
 城主様が突然立ち上がるので、反応が遅れてしまった。
 早くも廊下に出た木村先生の後を慌てて追いかける。
「大丈夫ですかね?」
「分かりません」
 小声で聞いてみたが、先生の返事は硬い。城主様自ら案内するということは奥さんとか息子さんとかそういう重要な人物であることは確かだった。
 少し歩いて一番奥の部屋。外に二人も侍女が控えている部屋へ、城主様が足を踏み入れる。
 明らかに広すぎる部屋の真ん中に敷かれた高級そうな布団には、男性が一人寝かされていた。
 男性の隣にいたのはお医者さんか、城主様の「お主はもうよい、下がれ!」の声で慌てて部屋を出て行った。
 赤黒い顔で荒く息をする男性は明らかに状態が悪い。木村先生に頷いて駆け寄った。インフルエンザの可能性が濃厚なので先生には離れていてもらった方がいいだろう。
 額を触ると、凄く熱い。
「この方はいつから熱がありますか?」
「二日ほど前からだ」
 木村先生が後ろの方で城主様に聞いてくれるのが助かる。
 鼻水は出ていなそうだし、発疹はない。けど、凄く息が苦しそうだ。
「熱以外の症状がありますか?」
「喉をひどく痛がっておられた」
 喉の痛み・・・?嫌な予感がして失礼を承知で無理やり男性の口を開かせた。確かに喉がはれ上がっている、でもそれよりこれは、この舌の赤いブツブツははるか昔に見たことがあるものだった。
「木村先生、感染する病です!」
 これはそう、いちご舌。溶連菌に感染した時に現れる症状だ。
 あちらの世界での記憶を懸命に呼び戻す。娘が感染した時、私と夫は無事だった。けど、まれに大人も感染するとお医者さんに言われたはずだ。
「はやり風邪ですか?」
「それよりもっとたちが悪いです。全員外に出してください・・・!」
 二日前からご飯を食べれていないなら、この男性の体力はかなりギリギリだろう。すぐに手のひらを額にかざす。
 聖女の業で、熱を下げる。熱を下げるだけなのに、なかなか下がる気配がない。
 重症化するとここまで治しにくいのか。でも確かに少しずつ、下がってきてはいるようだ。
「治療に時間がかかりそうですか」
 廊下から木村先生の声。どうやら隔離はしてくれたようだ。
「泊まりになるかもしれません。熱は下げるので、食事の手配はお願いしてもいいですか」
「分かりました。ご無理はなさらずに」
 木村先生がいなくなると、やっと熱が下がってくれた。次は喉だ。
 手のひらを喉の位置にずらして、また治し始める。やはりこっちも治りが悪い。
 焦れる気持ちを胸の中に隠したまま治し続けていると、確かな手ごたえがあった。
 いったん終わったらしい。呼吸もすごく楽そうで、逆に重ねた掛布団が暑苦しいので一枚剥いであげることにした。
 布団を取ると、男性の目がゆっくりと開く。
 安心させるために、聖女としてニッコリと微笑んだ。
「もう大丈夫ですよ」
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