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第七章 愛していればこそ
第五十七話 愛ゆえの偽り
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光来寺へと戻ると、我が妻の熱烈な歓迎を受ける。
身を清める前に熱く求められ、タガが外れそうになるのをすんでのところで堪えた。
わずか数日留守にしただけだというのに、よほど寂しい思いをしたのであろう。いつにもなく乱れる姿を愛しつくしてやったというのに、夕餉の後にまた物欲しげな目を向けてきおった。
断るはずもなく、すみれの精が尽きるまで抱いた。
浮かされるように私の名を呼ぶ我が妻に、私の全てを吐き出した。
目尻に涙の痕を残しながら可憐に眠る聖女。その横で晴彦と一松、庄助の報告を耳に入れながら、相容れぬ表と裏の想いを己のうちに感じていた。
翌日。朝方になり、寺子屋開設のための道筋を立てていたところであった。
松五郎が「何やら小瑠璃様が大事なお話があると申しておりまして」と呼びに来た。褒美にと尻を撫でてやれば顔を赤くしておったので、あやつはしばらくは使えそうだ。
客間には小瑠璃だけでない、木村殿と小瑠璃の侍女であるお美代殿が待ち構えていた。お美代殿はかつて東山城でも見ていたが、この光来寺でも勤勉に働く明るい娘だ。かように暗い顔をするのは初めてであった。
すみれの隣に、腰を下ろす。我が妻は哀し気に微笑んでいたが、何も言わぬままに俯いた。
重苦しい空気を打ち破ったのは木村殿であった。
「小瑠璃殿にやや子が出来たやもしれぬのです」
他に何も考えられぬほどの驚きと、それを上回る喜びが、刹那の間に波のように駆け抜けた。
感涙すらしそうになった、だが愛しい娘は首を、横に、振ったのだ。
その姿に瞬く間に思考が戻る。
無意識のうちに気付かぬようにしていた事実。月のものが来ず、病でもない。
そして、この娘は悲しいまでに聖女であるということ。
「私、子どもができない体なんです」
愛しい眼よりとめどなく溢れる涙。口を噤んだ折に見せていた、悲しみに満ちた瞳の色。
その姿から、子ができぬという重い業を、私を悲しませぬために一人きりで背負っていたのだと、識った。
聖女であるからだろうか。この娘は御業を使う以外はただの娘であるというのに。聖女であるからこのような業を背負わねばならぬのであろうか。
かつていた世界で、かつての娘の事を口にする時、すみれは私に向けるのとは違う愛おし気な眼差しをするのだ。光来寺にての折檻も、幼子が受けていると聞いた途端に怒り出したのだ。
おそらくこの娘は、子どもが好きなのだ。
だというのに、子ができぬという。
皇后様よりのお言葉であれば、間違っているはずもない。
その事実に最も悲嘆したのはすみれ自身であるはずであるのに、私に「ごめんなさい」と謝るのだ。
どうしてこれほどまでにいじらしく愛々しいのであろうか。すんでのところで堪えはしたが、人目がなければ押し倒しておった。
愛しい我が妻に偽りを口にするのは、僅かではあるが気が引けた。
が、必要な事であったのだ。
「知っておる」
子が、できることを望んでいた。
すみれを私に縛り付けるために。そして、すみれに我が子を抱かせるために。
「そなたのことで私が知らぬ事があると思うたか?」
愛などと言う目に見えぬものを、形に残せればと、それができればどれほど幸せかと、望んでいたのだ。
「子はいらぬ。私にはそなたがおればよい」
だが、そんな思いは不要なのだ。この何より大切な娘を笑顔にするためには、そんな欲など些末なものでしかないのだ。
口づけを落とすと、すみれの瞳から悲しみの色が掻き消えていく。
人の目など今更であろうが、一応は木村殿方が下がられてから抱き寄せてやった。
「私にこれ以上の隠し立てはするでないぞ」
腕の中で「はい」と頷く愛おしい温もり。己の事は棚に上げておいてとは思うが、識る事だけが肌を重ねるよりも私たちの繋がりを深める行為であると、当時の私は思い違いをしていたのであろうな。
身を清める前に熱く求められ、タガが外れそうになるのをすんでのところで堪えた。
わずか数日留守にしただけだというのに、よほど寂しい思いをしたのであろう。いつにもなく乱れる姿を愛しつくしてやったというのに、夕餉の後にまた物欲しげな目を向けてきおった。
断るはずもなく、すみれの精が尽きるまで抱いた。
浮かされるように私の名を呼ぶ我が妻に、私の全てを吐き出した。
目尻に涙の痕を残しながら可憐に眠る聖女。その横で晴彦と一松、庄助の報告を耳に入れながら、相容れぬ表と裏の想いを己のうちに感じていた。
翌日。朝方になり、寺子屋開設のための道筋を立てていたところであった。
松五郎が「何やら小瑠璃様が大事なお話があると申しておりまして」と呼びに来た。褒美にと尻を撫でてやれば顔を赤くしておったので、あやつはしばらくは使えそうだ。
客間には小瑠璃だけでない、木村殿と小瑠璃の侍女であるお美代殿が待ち構えていた。お美代殿はかつて東山城でも見ていたが、この光来寺でも勤勉に働く明るい娘だ。かように暗い顔をするのは初めてであった。
すみれの隣に、腰を下ろす。我が妻は哀し気に微笑んでいたが、何も言わぬままに俯いた。
重苦しい空気を打ち破ったのは木村殿であった。
「小瑠璃殿にやや子が出来たやもしれぬのです」
他に何も考えられぬほどの驚きと、それを上回る喜びが、刹那の間に波のように駆け抜けた。
感涙すらしそうになった、だが愛しい娘は首を、横に、振ったのだ。
その姿に瞬く間に思考が戻る。
無意識のうちに気付かぬようにしていた事実。月のものが来ず、病でもない。
そして、この娘は悲しいまでに聖女であるということ。
「私、子どもができない体なんです」
愛しい眼よりとめどなく溢れる涙。口を噤んだ折に見せていた、悲しみに満ちた瞳の色。
その姿から、子ができぬという重い業を、私を悲しませぬために一人きりで背負っていたのだと、識った。
聖女であるからだろうか。この娘は御業を使う以外はただの娘であるというのに。聖女であるからこのような業を背負わねばならぬのであろうか。
かつていた世界で、かつての娘の事を口にする時、すみれは私に向けるのとは違う愛おし気な眼差しをするのだ。光来寺にての折檻も、幼子が受けていると聞いた途端に怒り出したのだ。
おそらくこの娘は、子どもが好きなのだ。
だというのに、子ができぬという。
皇后様よりのお言葉であれば、間違っているはずもない。
その事実に最も悲嘆したのはすみれ自身であるはずであるのに、私に「ごめんなさい」と謝るのだ。
どうしてこれほどまでにいじらしく愛々しいのであろうか。すんでのところで堪えはしたが、人目がなければ押し倒しておった。
愛しい我が妻に偽りを口にするのは、僅かではあるが気が引けた。
が、必要な事であったのだ。
「知っておる」
子が、できることを望んでいた。
すみれを私に縛り付けるために。そして、すみれに我が子を抱かせるために。
「そなたのことで私が知らぬ事があると思うたか?」
愛などと言う目に見えぬものを、形に残せればと、それができればどれほど幸せかと、望んでいたのだ。
「子はいらぬ。私にはそなたがおればよい」
だが、そんな思いは不要なのだ。この何より大切な娘を笑顔にするためには、そんな欲など些末なものでしかないのだ。
口づけを落とすと、すみれの瞳から悲しみの色が掻き消えていく。
人の目など今更であろうが、一応は木村殿方が下がられてから抱き寄せてやった。
「私にこれ以上の隠し立てはするでないぞ」
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