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第七章 愛していればこそ
第五十六話 思慮と分別
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我が妻は、まるで幼子のように、心の内が表情であったり振る舞いに現れてしまう。
その上、深く思考する際には、その際の考え事が口から漏れ出ることも多い。
謀とは縁遠い、実直な、実直過ぎる娘なのだ。
そう言った気質は、本来であれば治すべきであろうと思う。思いながらも、そうあるからこそこの娘が、すみれがこれほどまでに愛おしいのだとも思うのだ。
かねてより、話の途中で突如黙り込むことがあるのには、容易く気づいておった。
気付かぬわけがあるまい?常にその身を案じ、誰よりもすみれを見ているのだから。
だが、すみれは、私などとは違い、己の為に偽りを口にすることは稀であり、この愛しい娘を悩ませるのは大抵己以外の人間なのだ。
はたと動きを止め、口を噤み、哀の色を滲ませる眼差しで微笑まれれば、それ以上訊ねる事などできようはずもなく、すみれが言うてくれるのを待つより他に手立てはなかった。
我が妻に気づかれぬようにと数々の企みを行っている身で、己は口にせぬのにすみれには口にせよなどと、言えようもないのだから。
一時、手は借りることになったが、木村殿方が到着され聖女として努めることになれば、すみれにかような事はさせぬつもりでもあった。
「クソ野郎」だなどと口にしながら苛烈に力を振るう様は見ものではあったが、やはり卑劣な者どもの醜悪な心の内を覗く行為は、清廉な娘には荷が重すぎたのだ。
そのうえ凶刃に立ち向かうなどと言う無謀な行いだけでない、あのような、獣の様な下賎な男にすら施しを与えるのだ。「道明様が慰めてくれるなら、私は無敵です」などと、どうすればそのような事が言えるのか。
閉じ込めてしまいたいと、強く思った。
私以外が触れれぬように、私以外に微笑まぬように、私以外の一切を求めぬように。
閉じ込めて、この手で壊してしまえたら、と。
これほどまでに狂おしい思いを、我が妻は知るよしもなく、代わりとばかりに私はすみれに愛を注いだ。
いや違う。愛などではない。子を孕めば私の元から離れなくなるであろうという卑しい思いだ。
首輪をつけるように、確かな形で繋いでおきたかったのだ。
すみれに、月のものが訪れていないことに気づいたのは、紅葉寺に滞在している折であったか。
母一人子一人で幼少を過ごして居れば、女人に毎月そのような機会が訪れるという知識はあり、侍女もおらぬ男ばかりの寺でその機会が訪れればいかようにしようかと、考えてすらいたのだ。
だが、その機会はやっては来なかった。
毎夜抱いているのだ。見過ごすわけもない。
正確な歳は分からずとも、妙齢であることは明白で、となれば病の可能性も疑った。
抜けているところがある娘だ。己の病を見落とす可能性は十分にあったが、こちらから口を挟むのは配慮に欠ける行為であるからとしばらくは様子を見ることとした。
すみれは「聖女は病に罹らない」と、そう言った。
その時には私自身も恐らく薄らと気づいていたのだ。気づきながらも、気付かぬふりをしておったのだ。
私が裏で手引きをすることで、すみれは生き生きと過ごせるようになり、あの者の侍女らが着くと、八ツ笠にいた頃のように無邪気な笑みを浮かべるようになった。
侍女らがおれば、何事も起こらぬであろうと考え、先送りにしていた近隣の寺への挨拶と出向くこととしたのだが、目にしたのは予想していた以上に酷い有様であった。
廃墟と化しているだけであれば良い。物乞いの根城となっておるのも目を瞑ろう。しかし、お救い下さるはずの御仏を、私利の為にぞんざいに扱う行為には顔を顰めざるを得なかった。
すぐに対処はできぬと背を向けながら、愛しの娘であれば迷わず飛び込んで行くのであろうと、苦い笑みが零れ落ちていた。
その上、深く思考する際には、その際の考え事が口から漏れ出ることも多い。
謀とは縁遠い、実直な、実直過ぎる娘なのだ。
そう言った気質は、本来であれば治すべきであろうと思う。思いながらも、そうあるからこそこの娘が、すみれがこれほどまでに愛おしいのだとも思うのだ。
かねてより、話の途中で突如黙り込むことがあるのには、容易く気づいておった。
気付かぬわけがあるまい?常にその身を案じ、誰よりもすみれを見ているのだから。
だが、すみれは、私などとは違い、己の為に偽りを口にすることは稀であり、この愛しい娘を悩ませるのは大抵己以外の人間なのだ。
はたと動きを止め、口を噤み、哀の色を滲ませる眼差しで微笑まれれば、それ以上訊ねる事などできようはずもなく、すみれが言うてくれるのを待つより他に手立てはなかった。
我が妻に気づかれぬようにと数々の企みを行っている身で、己は口にせぬのにすみれには口にせよなどと、言えようもないのだから。
一時、手は借りることになったが、木村殿方が到着され聖女として努めることになれば、すみれにかような事はさせぬつもりでもあった。
「クソ野郎」だなどと口にしながら苛烈に力を振るう様は見ものではあったが、やはり卑劣な者どもの醜悪な心の内を覗く行為は、清廉な娘には荷が重すぎたのだ。
そのうえ凶刃に立ち向かうなどと言う無謀な行いだけでない、あのような、獣の様な下賎な男にすら施しを与えるのだ。「道明様が慰めてくれるなら、私は無敵です」などと、どうすればそのような事が言えるのか。
閉じ込めてしまいたいと、強く思った。
私以外が触れれぬように、私以外に微笑まぬように、私以外の一切を求めぬように。
閉じ込めて、この手で壊してしまえたら、と。
これほどまでに狂おしい思いを、我が妻は知るよしもなく、代わりとばかりに私はすみれに愛を注いだ。
いや違う。愛などではない。子を孕めば私の元から離れなくなるであろうという卑しい思いだ。
首輪をつけるように、確かな形で繋いでおきたかったのだ。
すみれに、月のものが訪れていないことに気づいたのは、紅葉寺に滞在している折であったか。
母一人子一人で幼少を過ごして居れば、女人に毎月そのような機会が訪れるという知識はあり、侍女もおらぬ男ばかりの寺でその機会が訪れればいかようにしようかと、考えてすらいたのだ。
だが、その機会はやっては来なかった。
毎夜抱いているのだ。見過ごすわけもない。
正確な歳は分からずとも、妙齢であることは明白で、となれば病の可能性も疑った。
抜けているところがある娘だ。己の病を見落とす可能性は十分にあったが、こちらから口を挟むのは配慮に欠ける行為であるからとしばらくは様子を見ることとした。
すみれは「聖女は病に罹らない」と、そう言った。
その時には私自身も恐らく薄らと気づいていたのだ。気づきながらも、気付かぬふりをしておったのだ。
私が裏で手引きをすることで、すみれは生き生きと過ごせるようになり、あの者の侍女らが着くと、八ツ笠にいた頃のように無邪気な笑みを浮かべるようになった。
侍女らがおれば、何事も起こらぬであろうと考え、先送りにしていた近隣の寺への挨拶と出向くこととしたのだが、目にしたのは予想していた以上に酷い有様であった。
廃墟と化しているだけであれば良い。物乞いの根城となっておるのも目を瞑ろう。しかし、お救い下さるはずの御仏を、私利の為にぞんざいに扱う行為には顔を顰めざるを得なかった。
すぐに対処はできぬと背を向けながら、愛しの娘であれば迷わず飛び込んで行くのであろうと、苦い笑みが零れ落ちていた。
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