聖女の私にできること第五巻

藤ノ千里

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第三話 私にしかできないこと

第二十一話 精一杯の慰め

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「ご飯の後でもいいですか?」
「今宵はこれしか用意させておらぬぞ」
 吉家様の指し示す先を見ると、白いご飯もなく、お味噌汁もなく、おつまみのようなおかずだけが膳に並べられていた。
 お銚子もいつもは一本なのに二本も置かれていて、いつもの晩ご飯と勝手が違う事がわかる。
 まるで小さなお祝いみたいだ。
 彼の身分を考えれば本当に小さいけど。
「それとも、そこに私の子がおるのか?」
 何を言われたか、理解するのに数秒かかった。
 そして、思いついてしまう。鹿谷に広がる、聖女としてはあまりよろしくないあの噂。
 道明様のせいで、どんどん話が盛られているであろう、あの噂の事を仰っているのだろう。
 吹聴してるのは私では無いとはいえ、勝手にこの方の名前を利用している事になるのだから、本来であれば怒られてしまうかもしれない事で。
 でも、吉家様は嬉しそうにも見えた。
「いるわけないじゃないですか」
「おるやもしれぬであろう?」
「いないですよ」
「では今一度子種をくれてやろうか」
 もう酔われているらしい。
 と言うか、夢と現実の区別がつかなくなっていらっしゃるらしい。
「そなたの肌は絹のようであったな」
 なんて戯言を仰る吉家様の傍らをよく見ると、空であろうお銚子が一本転がってたから。
「何か良い事でもあったんですか?」
 吉家様の隣に腰を下ろして、空のお銚子を脇にどける。
 おつまみでも美味しいから良いか、と箸を手に取ると、吉家様がなおもお銚子を勧めてきた。
 断り続けるのがちょっとだけ申し訳なくなってきて、お酌をしてもらい、頂いた日本酒を口につける。
 透き通った味で、一切にごりがなくて、冷たく感じられるほど辛口の日本酒。
 これが吉家様のお好きな味かと思うと、彼らしいなと思った。
「側室が身篭みごもった」
「・・・そうですか」
「これで三人、我が子を宿しておる事になる」
「・・・良かったですね」
 辛口だけど、おつまみがあると飲みやすい。
 水みたいに、飲めるかも。
「本来であらば喜ぶ所なのであろうが、な」
 おかわりしてやろうと思ったけど、吉家様は空を見上げてらっしゃった。
 ちょうど半分の月。今から満ちるのか欠けるのか分からないけれど、綺麗に左半分だけが輝いていた。
「今までに二人、命を落とした。正室に迎えた娘と、側室とする前の娘の二人じゃ」
 淡々と言ってるように聞こえた。
 まるで、何も感じていないかのように。
「正室はお産の折に。もう一人は、腹が膨れ始めた頃にうなった」
 キリリとした横顔。精悍で男らしい、強い将軍様の横顔。
 ・・・いや違う。
 そういう風にならなければいけなかったんだ。
 そういう風に生きる道しか、用意されてなかったんだ。
「子が、出来ねば治世が乱れよう。しかしその為に命を落とす娘が出てしまうのを、致し方ないと受け入れなければならぬのは・・・」
 ふぅと息を吐く吉家様の膝に手を乗せると、彼はこちらを見た。
 平気そうな顔で。
 でも、心を読まなくても、彼が平気じゃないのを知っていて。
 彼の感じているであろう悲しみが、私の胸を締め付けた。
「慰めてくれるのか?」
「慰めてあげたいです」
「どのようにして?」
 茶化すように言ってても、いつもより元気は無い。
 そしてこんな時、彼が何を求めるかを私は知っていた。
 知っていた・・・けど。
「抱擁を」
「抱擁?」
 両手を広げてみせると、吉家様はフッと笑った。
 少しだけ、悲しい感じの笑みだった。
「抱擁だけか?」
「抱擁だけです」
「そのまま押し倒してしまうやもしれぬぞ」
「それは駄目です」
「駄目か」
「駄目です」
 そんなやり取りは、きっと吉家様の照れ隠しだったんだろう。
 お猪口を置いてこちらに体を向けた彼は、どこか嬉しそうだったから。
 彼ににじり寄って、膝立ちで、抱き締めた。
 すぐに腰に腕が回されて強く引き寄せられたけど、それだけだった。
 縋り付くように抱き締め返されただけだった。
 彼は何も言わなかったから、私も何も言わなくて。
 他に誰もいない庭の真ん中で、彼の気が済むまでずっと、そうやって抱き合っていた。


 翌日、私は江戸城の奥、つまり大奥に来ていた。
 驚くほど厳重で、何人も警備の人がいて、しかも途中の戸の鍵を開ける係の人もいて、かつ途中からは女性しか入れないのだとお供がバトンタッチした。
 バトンタッチした女性は初老のおばちゃんだったけど、にこりとしていても目が笑ってなかったから怖かった。
 「総取締役」っていう偉い人なんだって。お局様ってやつなんだと思う。
 で、その総取締役様に案内されて向かった先の目的地。
 その部屋には、一人の女性と二人の男性がいた。
 布団に横になる女性は、少し息が苦しそうで、そんな彼女を男性たちは診ていた。
 そう、診察をしていたのだ。
 奥医師の木村親子が。
「失礼。お連れしましたので後はお任せしましたよ」
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