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第三話 私にしかできないこと
第二十一話 精一杯の慰め
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「ご飯の後でもいいですか?」
「今宵はこれしか用意させておらぬぞ」
吉家様の指し示す先を見ると、白いご飯もなく、お味噌汁もなく、おつまみのようなおかずだけが膳に並べられていた。
お銚子もいつもは一本なのに二本も置かれていて、いつもの晩ご飯と勝手が違う事がわかる。
まるで小さなお祝いみたいだ。
彼の身分を考えれば本当に小さいけど。
「それとも、そこに私の子がおるのか?」
何を言われたか、理解するのに数秒かかった。
そして、思いついてしまう。鹿谷に広がる、聖女としてはあまりよろしくないあの噂。
道明様のせいで、どんどん話が盛られているであろう、あの噂の事を仰っているのだろう。
吹聴してるのは私では無いとはいえ、勝手にこの方の名前を利用している事になるのだから、本来であれば怒られてしまうかもしれない事で。
でも、吉家様は嬉しそうにも見えた。
「いるわけないじゃないですか」
「おるやもしれぬであろう?」
「いないですよ」
「では今一度子種をくれてやろうか」
もう酔われているらしい。
と言うか、夢と現実の区別がつかなくなっていらっしゃるらしい。
「そなたの肌は絹のようであったな」
なんて戯言を仰る吉家様の傍らをよく見ると、空であろうお銚子が一本転がってたから。
「何か良い事でもあったんですか?」
吉家様の隣に腰を下ろして、空のお銚子を脇にどける。
おつまみでも美味しいから良いか、と箸を手に取ると、吉家様がなおもお銚子を勧めてきた。
断り続けるのがちょっとだけ申し訳なくなってきて、お酌をしてもらい、頂いた日本酒を口につける。
透き通った味で、一切にごりがなくて、冷たく感じられるほど辛口の日本酒。
これが吉家様のお好きな味かと思うと、彼らしいなと思った。
「側室が身篭った」
「・・・そうですか」
「これで三人、我が子を宿しておる事になる」
「・・・良かったですね」
辛口だけど、おつまみがあると飲みやすい。
水みたいに、飲めるかも。
「本来であらば喜ぶ所なのであろうが、な」
おかわりしてやろうと思ったけど、吉家様は空を見上げてらっしゃった。
ちょうど半分の月。今から満ちるのか欠けるのか分からないけれど、綺麗に左半分だけが輝いていた。
「今までに二人、命を落とした。正室に迎えた娘と、側室とする前の娘の二人じゃ」
淡々と言ってるように聞こえた。
まるで、何も感じていないかのように。
「正室はお産の折に。もう一人は、腹が膨れ始めた頃に亡うなった」
キリリとした横顔。精悍で男らしい、強い将軍様の横顔。
・・・いや違う。
そういう風にならなければいけなかったんだ。
そういう風に生きる道しか、用意されてなかったんだ。
「子が、出来ねば治世が乱れよう。しかしその為に命を落とす娘が出てしまうのを、致し方ないと受け入れなければならぬのは・・・」
ふぅと息を吐く吉家様の膝に手を乗せると、彼はこちらを見た。
平気そうな顔で。
でも、心を読まなくても、彼が平気じゃないのを知っていて。
彼の感じているであろう悲しみが、私の胸を締め付けた。
「慰めてくれるのか?」
「慰めてあげたいです」
「どのようにして?」
茶化すように言ってても、いつもより元気は無い。
そしてこんな時、彼が何を求めるかを私は知っていた。
知っていた・・・けど。
「抱擁を」
「抱擁?」
両手を広げてみせると、吉家様はフッと笑った。
少しだけ、悲しい感じの笑みだった。
「抱擁だけか?」
「抱擁だけです」
「そのまま押し倒してしまうやもしれぬぞ」
「それは駄目です」
「駄目か」
「駄目です」
そんなやり取りは、きっと吉家様の照れ隠しだったんだろう。
お猪口を置いてこちらに体を向けた彼は、どこか嬉しそうだったから。
彼ににじり寄って、膝立ちで、抱き締めた。
すぐに腰に腕が回されて強く引き寄せられたけど、それだけだった。
縋り付くように抱き締め返されただけだった。
彼は何も言わなかったから、私も何も言わなくて。
他に誰もいない庭の真ん中で、彼の気が済むまでずっと、そうやって抱き合っていた。
翌日、私は江戸城の奥、つまり大奥に来ていた。
驚くほど厳重で、何人も警備の人がいて、しかも途中の戸の鍵を開ける係の人もいて、かつ途中からは女性しか入れないのだとお供がバトンタッチした。
バトンタッチした女性は初老のおばちゃんだったけど、にこりとしていても目が笑ってなかったから怖かった。
「総取締役」っていう偉い人なんだって。お局様ってやつなんだと思う。
で、その総取締役様に案内されて向かった先の目的地。
その部屋には、一人の女性と二人の男性がいた。
布団に横になる女性は、少し息が苦しそうで、そんな彼女を男性たちは診ていた。
そう、診察をしていたのだ。
奥医師の木村親子が。
「失礼。お連れしましたので後はお任せしましたよ」
「今宵はこれしか用意させておらぬぞ」
吉家様の指し示す先を見ると、白いご飯もなく、お味噌汁もなく、おつまみのようなおかずだけが膳に並べられていた。
お銚子もいつもは一本なのに二本も置かれていて、いつもの晩ご飯と勝手が違う事がわかる。
まるで小さなお祝いみたいだ。
彼の身分を考えれば本当に小さいけど。
「それとも、そこに私の子がおるのか?」
何を言われたか、理解するのに数秒かかった。
そして、思いついてしまう。鹿谷に広がる、聖女としてはあまりよろしくないあの噂。
道明様のせいで、どんどん話が盛られているであろう、あの噂の事を仰っているのだろう。
吹聴してるのは私では無いとはいえ、勝手にこの方の名前を利用している事になるのだから、本来であれば怒られてしまうかもしれない事で。
でも、吉家様は嬉しそうにも見えた。
「いるわけないじゃないですか」
「おるやもしれぬであろう?」
「いないですよ」
「では今一度子種をくれてやろうか」
もう酔われているらしい。
と言うか、夢と現実の区別がつかなくなっていらっしゃるらしい。
「そなたの肌は絹のようであったな」
なんて戯言を仰る吉家様の傍らをよく見ると、空であろうお銚子が一本転がってたから。
「何か良い事でもあったんですか?」
吉家様の隣に腰を下ろして、空のお銚子を脇にどける。
おつまみでも美味しいから良いか、と箸を手に取ると、吉家様がなおもお銚子を勧めてきた。
断り続けるのがちょっとだけ申し訳なくなってきて、お酌をしてもらい、頂いた日本酒を口につける。
透き通った味で、一切にごりがなくて、冷たく感じられるほど辛口の日本酒。
これが吉家様のお好きな味かと思うと、彼らしいなと思った。
「側室が身篭った」
「・・・そうですか」
「これで三人、我が子を宿しておる事になる」
「・・・良かったですね」
辛口だけど、おつまみがあると飲みやすい。
水みたいに、飲めるかも。
「本来であらば喜ぶ所なのであろうが、な」
おかわりしてやろうと思ったけど、吉家様は空を見上げてらっしゃった。
ちょうど半分の月。今から満ちるのか欠けるのか分からないけれど、綺麗に左半分だけが輝いていた。
「今までに二人、命を落とした。正室に迎えた娘と、側室とする前の娘の二人じゃ」
淡々と言ってるように聞こえた。
まるで、何も感じていないかのように。
「正室はお産の折に。もう一人は、腹が膨れ始めた頃に亡うなった」
キリリとした横顔。精悍で男らしい、強い将軍様の横顔。
・・・いや違う。
そういう風にならなければいけなかったんだ。
そういう風に生きる道しか、用意されてなかったんだ。
「子が、出来ねば治世が乱れよう。しかしその為に命を落とす娘が出てしまうのを、致し方ないと受け入れなければならぬのは・・・」
ふぅと息を吐く吉家様の膝に手を乗せると、彼はこちらを見た。
平気そうな顔で。
でも、心を読まなくても、彼が平気じゃないのを知っていて。
彼の感じているであろう悲しみが、私の胸を締め付けた。
「慰めてくれるのか?」
「慰めてあげたいです」
「どのようにして?」
茶化すように言ってても、いつもより元気は無い。
そしてこんな時、彼が何を求めるかを私は知っていた。
知っていた・・・けど。
「抱擁を」
「抱擁?」
両手を広げてみせると、吉家様はフッと笑った。
少しだけ、悲しい感じの笑みだった。
「抱擁だけか?」
「抱擁だけです」
「そのまま押し倒してしまうやもしれぬぞ」
「それは駄目です」
「駄目か」
「駄目です」
そんなやり取りは、きっと吉家様の照れ隠しだったんだろう。
お猪口を置いてこちらに体を向けた彼は、どこか嬉しそうだったから。
彼ににじり寄って、膝立ちで、抱き締めた。
すぐに腰に腕が回されて強く引き寄せられたけど、それだけだった。
縋り付くように抱き締め返されただけだった。
彼は何も言わなかったから、私も何も言わなくて。
他に誰もいない庭の真ん中で、彼の気が済むまでずっと、そうやって抱き合っていた。
翌日、私は江戸城の奥、つまり大奥に来ていた。
驚くほど厳重で、何人も警備の人がいて、しかも途中の戸の鍵を開ける係の人もいて、かつ途中からは女性しか入れないのだとお供がバトンタッチした。
バトンタッチした女性は初老のおばちゃんだったけど、にこりとしていても目が笑ってなかったから怖かった。
「総取締役」っていう偉い人なんだって。お局様ってやつなんだと思う。
で、その総取締役様に案内されて向かった先の目的地。
その部屋には、一人の女性と二人の男性がいた。
布団に横になる女性は、少し息が苦しそうで、そんな彼女を男性たちは診ていた。
そう、診察をしていたのだ。
奥医師の木村親子が。
「失礼。お連れしましたので後はお任せしましたよ」
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