聖女の私にできること第五巻

藤ノ千里

文字の大きさ
21 / 62
第二章 心が向かう先

第二十話 木村先生

しおりを挟む
「お邪魔いたします」
 その男性は、渋い感じのおじ様って感じで、同源先生と同じ白衣を来ていた。
 白衣に着いた汚れから、今の今まで患者の治療をしていた事が分かった。
 でも、渋い顔には柔和な微笑みが浮かんでいて、その微笑みはよく似ていたのだ。
「私は奥医師の木村玄信ゲンシンと申します。小瑠璃様というのは貴方ですな?」
 そう、木村大先生こと木村玄燈先生に、よく似ていたのだ。
「はい」
 背筋がピンと伸びた佇まいも木村先生にそっくりで、少し若返った木村先生って感じ。
 まぁ、この人も木村先生ではあるんだけどね。
「わざわざ私に会いに来てくださったと伺いました」
 言いながら、玄信先生は私の前に腰を下ろした。その一つ一つの動作も木村先生とそっくりで、なんだか少し面白い。
「はい。昨日、急用でお会いすることが出来なかったので」
 そう言うと、玄信先生は目を見張った。
 あれ?昨日会う予定だったはずなのに、知らなかったとか?
 そんな訳ないんだけどなぁ。
 なんて思ったのもつかの間。
「では貴方が上様の意中のお方なのですか?」
「え」
 ありえない単語が玄信先生の口から聞こえてきて、我が耳を疑った。
「何ですかそれ」
「上様より『惚れた相手である故丁重に相手せよ』と言付かりましたので」
「え、えぇ~・・・」
 確かに、江戸城内での私の扱いってやり過ぎじゃない?って思うこともあるくらいだったし、大袈裟に言われてるんだろうなとは思っていた。
 けど、けどまさか、どストレートに「惚れた相手」なんて言って回ってるなんて・・・。
 将軍様の惚れた相手なんて言われればそりゃああれだけ丁重に扱われるか。
 納得は出来たけど・・・でもこう、あけすけ感が半端ない。
 だって、私、江戸城内では「なかなか上様の好意を受け取らない謎の女」として認知されてるってことでしょ?
 あの、どう考えてもプレイボーイな上様を手のひらで転がしてる感じの女だと思われてるって事でしょ?
 的外れではないけど風評が酷い。絶対聖女のイメージダウンに繋がってる。
 これは吉家様に抗議しないとだな。
「違っておりましたか?」
「あー、んー、まぁ一旦その話は保留にしてください」
「分かりました。して、私をご所望の理由をお聞かせいただいても?」
 少しお茶目さも感じられる笑みで、玄信先生は小首を傾げた。
 なので、さっきまでの事は頭から追い出して、彼の目を真っ直ぐに見る。
「私、木村玄燈先生と一緒に働いていたんです」
「父と?!」
 私の言葉に、ガタッと腰を浮かせるほど驚いて、しかも玄信先生は動揺しているようでもあった。
 江戸城勤めの医師で、かつ苗字が木村だから木村先生のお子さんだろうとは思っていたけど、先生の名前を出すだけでこれほどまでに驚かれるとは。
 でもその理由はすぐに分かった。
「生きて、いたのですね」
 言いながら玄信先生は腰を下ろす。
 今度は心から安堵したような顔で。
「生きてって・・・?」
「行方が分からなくなっていたのです。ある日突然いなくなり書き置きもなかったので、てっきり母の後を追ったものかと思っておりました」
 今度は私が驚く番だ。
 普通に八ツ笠に転職したんだと思っていたのに、まさか身内に連絡していなかったなんて。
 しかも後を追うって事は、奥さんを亡くされているのか。
 この時代であれば歳的に珍しくはないだろうけど・・・。
「それで、今父はどちらに?」
「あ、今は鹿谷にいて、ふた月前までは八ツ笠だったんですけど」
「鹿谷というと・・・随分と遠いですな。そこで何を?」
「お医者さんとして働かれてますよ」
「医師、として・・・」
 まるで噛み締めるように言いながら、玄信先生は目を閉じて天を仰いだ。
 一瞬、泣くのかと思った。
 でも、ぎゅと閉じた目の端から、涙はこぼれなかった。
「そう、ですか・・・良かった」
 涙をこぼさずに泣いているような姿に、彼がどれだけ木村先生を心配していたかが伝わってくる。
 こんな風に思ってくれる家族を置いて行方をくらますなんて、木村先生を知っている身としては信じられなくて。
 だって先生はすごく人情深く懐も深い人だから、家族を悲しませたまま放っておくような人には思えなかったんだ。
 思えなかったから、気になった。
 そんな事をした理由が。
「あの、差し支えなければ聞いてもいいですか?」
 玄信先生が、目を開きながらゆっくりとこちらを向く。
 さっきよりもっと柔らかくなった笑みは、やっぱり木村先生に似ていた。


 それから三時間ほど後。
「そなた、同源に気に入られたようだぞ」
 なんて言う吉家様は、庭先に作られた雅な感じの座敷席に座ってらっしゃった。
 ちなみに、昨日はなかったから昼間のうちに用意したんだろう。
 お金持ちの娯楽って感じでちょっと引いちゃうかも。
 まぁ、普段から豪遊してる訳ではなさそうだから、本当にちょっとだけだけど。
「便利に使われているだけですよ」
 草履を脱いで上がると、既に飲み始めていた吉家様がお銚子をこちらに向けてくる。
 飲めと、仰ってるんだろうけど、どうしたものか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

処理中です...