聖女の私にできること第五巻

藤ノ千里

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第二章 心が向かう先

第十九話 人使いの鬼

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 笑いながら、優翔君の話ができる。
 死んでしまったのは私の方だから、踏ん切りをつけないといけないと思っていたから。
 だからあまり口にしちゃいけないと思っていた、愛する人の記憶。
 それを、話せる。吉家様になら。
「だって、仕事の時は凄く頼りになる男性におねだりされたら『仕方ないなぁ』ってなりません?」
「男らしゅうないと幻滅する者もいよう」
「男らしくかぁ・・・」
 確かにこの時代の価値観で言うと男らしさは、優翔君にはないかも。
 いつも「好き」「好き」言ってくるし、友だちが「外国人みたい」って言うくらいキスしてくるし。
 でもちゃんと格好いいんだけどなぁ。
「吉家様は男らしいですよね」
「あぁ、その上夜も強いぞ」
「優翔君も夜は強かったですよ」
 セクハラ発言だって、優翔君と喋っているみたいだと面白くなってくるから不思議。
 彼もベッドではそういう事ばっかり言ってたもん。
「で、そのまま夫婦となったのか?」
「あー、すぐには結婚はしなかったんですよね」
「何故じゃ」
「私が・・・断っちゃって」
「好いておったのであろう?」
「そうなんですけど、その頃の私ってまだ優翔君の気持ちを受け入れきれなかったというか、しり込みしてたというか」
 同棲のお誘いも一回断ったし、プロポーズも保留にしたし、再三催促されてもなかなか踏ん切り付かなかったんだよなぁ。
 そう考えると、結構どころじゃなくだいぶ面倒くさい女だったな、私。
 優翔君、よくあの私にアプローチ続けてくれたな。
「あの頃は人に愛される事にも慣れてなかったし、人を愛することも怖かったんですよ」
「あちらの世界の私がそなたを変えたのか?」
「そうです。変えてくれたんです」
 お茶碗を置いた手に、吉家様の手が重なる。
 手の甲を撫でながら手のひらに回り込み、手を、繋ぐ。
 繋いだ手の温もりは、心から安心できるもので。
「そなたの内に、あちらの世界の私の愛が深く刻まれておるのじゃな」
「刻まれてるどころか、私の一部ですよ」
「そうか」
 吉家様が笑う。
 優翔君みたいに幸せそうに、私に笑いかけてくれる。
 あの時終わってしまった未来が、まるでまだ続いているかのように愛しい人が笑っていて、その温もりが幸せで。
 「帰したくない」と言ったあの時の彼の気持ちが、初めて理解できたんだ。


 以前、吉家様から相談された治療院の人気のなさ。
 これは思わぬ形で解決することになる。
 玄さんを治した翌日、あの日会う予定だった奥医師の人と改めて挨拶をと思ったのに、その奥医師がなぜか治療院に行ってるとのことで、私も昨日に引き続き治療院に行く事にした。
 午前中は玄さんとのお喋りで終わってしまったから、午後から。
 さすがに暑くなってきたなあなんて思いながら、お供二人を引き連れて治療院を訪れた。
 治療院がそろそろ見えるくらいの頃には違和感を感じてたんだけど、建物が見えてきたらもう我が目を疑ったよね。
 行列ができてたんだ。あの治療院に。
 昨日の乱闘中でさえあんなに並んでなかったのに、人気店の開店前くらいの感じで人がずらっと並んでいた。
 ぱっと見軽症の人がほとんどだけど、であってもこの人数を捌くのは骨が折れ過ぎる事間違いなしだ。
 さすがの効率魔の同源先生でももうポキポキだろうな。
 一応重症者がいないか横目で確認しつつ、治療院の看板をくぐって。「あっ」という顔の受付の人に軽く頭を下げた。
「あの、こちらに奥医師の」
「同源先生!例の方がいらっしゃいました!!」
 聞いてくれる感じもなく言葉を遮られてしまい。ちょっと嫌な予感。
 奥の部屋から現れた同源先生の険のある笑みにも、嫌な予感。
「ほらこっち!一刻くらいなら手伝えんだろ!」
 言いながら、腕を引かれて連行されてしまう。
 同源先生めちゃくちゃ力強い。
 というか、女性の腕をここまで容赦なく引けるのって逆に凄いよ、同源先生。


 一刻って言ったらきっちり一刻らしくて、おやつ時にはちゃんと解放された。
 けれど、やっぱり切れ間なく患者を直し続けたせいで、疲労感が半端ない。
 人の酷使の仕方が鬼だ。江戸の治療院には鬼がいる。
 でもまぁ、おやつの大福をくれたから、クレームは出さないでおく。
 豆大福美味しいしね。熱い緑茶に合うしね。
 一切何も口にせずに座っているお供たちの前で、一人だけおやつタイムなのもどうかとは思ったんだけど、断られてしまったのだから仕方がない。
 三つ目の大福もやっぱり美味しくて、あっという間に完食だ。
 急須のお茶もちょうど空だし、これ飲んだら帰るか。
 なんてお茶を啜りながら、またもや聞こえてきた同源先生の怒鳴り声を聞こえないふりして。
 もう飲み終わる。そんなタイミングで部屋に人が入ってきたのだ。
 あ、ちなみにこの治療院、戸がない部屋がほとんどで、この部屋にも戸はない。
 だから、開けっ放しの部屋の入口、要は廊下の向こうからその人はスルッと入ってきたのだ。
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