聖女の私にできること第五巻

藤ノ千里

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第二章 心が向かう先

第十八話 懐かしく、愛おしく

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 湯呑を置いてから立ち上がった玄さんは、思いっきり伸びをした。さすがにちょっとふらついたみたいだけど、しっかり立ててはいるみたい。
「ちょいと調子に乗っちゃって藪から大蛇が出て来ちゃったからさ、克信様へご報告がてら保護してもらおうと思ってね」
 ちなみに、玄さんの来ていた服は同源先生によって布切れと化してしまったため、今は治療院にあった予備の服を着ている。
 予備の服は、彼が鹿谷にいた頃と同じような服で、刀も差していない玄さんは鹿谷にいた頃と見た目は変わらない。
 変わらないのに、変わっていた。
 人懐こい笑みを浮かべる瞳の奥には、彼の覚悟の色がハッキリと輝いていた。
「今回ばかりは死ぬかと思ったけど、まだ生きていろって事らしいからもう少しは頑張るよ」


 江戸城に慌てて戻って、バタバタのままお風呂に入って、バタバタのまま吉家様のお部屋に伺った。
 定位置に座る吉家様の隣には克信様が、その目の前には先ほどより小綺麗になった玄さんが座っていて、玄さんの報告を受けているようだった。
 私に気づいて玄さんは喋るのを止めたけど、吉家様が「良い、続けよ」と仰ったのでまた報告を再開し始めた。
 その隣に、行こうとしたら侍女に違うところへ促された。
 そう、吉家様の隣だ。
 克信様とは反対側の、吉家様の隣だ。
 吉家様が座ってるのと同じくらい分厚い座布団が置かれた、その場所だ。
「座らぬのか?」
 躊躇していると吉家様のからかうような視線が飛んできた。
 玄さんの、前なのに。
 不服も不服だったけど、でも克信様もいる前で将軍様に反抗的な態度は取れない。
 結果、聖女面して座ることにした。
 吉家様の隣に、吉家様が用意した服を着て、だけど。
 ポカンとした玄さんの顔がもう見れない。
 こんな事されて絶対勘違いしてる。でも、100%勘違いかと言われればそうでもないし、ただ勘違いではあるし。
 これ後で弁明させてもらえるのかな。いやさせてもらおう。
 させてもらわないと流石に変な噂を立てられそうだ。
「報告は以上か?」
 克信様は普通にしてるから、もう知ってるんだろうね。側近だからね。
 と言うか、知ってるんだとして、吉家様は彼に私との関係をなんて伝えたんだろう?
 気になるけど聞くのが怖すぎる。この人たまに話盛る癖あるからなぁ。
「あ、報告は以上ですが、しばらくあたしを保護して欲しいなぁなんて思ってて」
「良かろう。処遇が決まるまでは客間に泊まるが良い」
「ありがとうございます!」
 思い悩む私をよそに、玄さんの話はスムーズにまとまっていく。
 この感じだと何日かは江戸城に滞在するだろうし、その間に話をしに行くか。
「終わったのであらば下がれ」
「・・・はい」
 克信さんに言われて、玄さんはしぶしぶ部屋を出て行った。
 あのもの言いたげな視線はやっぱり勘違いしてる。というか、吉家様がわざと勘違いさせようとしてるのかも。
「私も失礼いたします」
「あぁ」
 玄さんの姿が見えなくなるのを見届けてから克信様も礼儀正しく退室して行った。
 残されたのは二人だけ。
 横並びで、まるで夫婦みたいに横並びで座る私と吉家様だ。
 そんな私たちの前に、膳が運ばれてきて、晩ご飯の支度は瞬く間に整った。
 運んできた侍女たちは、風だったかな?ってくらい速やかにいなくなった。
「聖女が大層活躍したと聞いたが?」
「お褒め頂き光栄です」
 慣れたように差し出されるお猪口にお酒を注いで差し上げる。
 それが食事開始の合図なので、彼がお猪口に口を付けると同時に私も箸を手に取った。
「限度があるのだな」
「最初の頃に比べるとだいぶ使える量も増えましたけどね」
 一緒にご飯を食べながら、たまにお酒を注いで差し上げる。
 そんな距離感が、酷く心地いい。
「続きを聞かせてくれるか?」
「昨日どこまで話しましたっけ?」
「あちらの世界での私がそなたと交際を始めるようになったところまでだ」
「そうでしたね」
 昨夜、吉家様に私が転生してきたことを話した。
 そして、転生前のあちらの世界での夫が、彼に瓜二つであることも、話した。
 すると彼が「あちらの世界での私」との話を聞きたいと、そうおっしゃったのだ。
 私と優翔君との出会いと、恋人になるまでの話を、彼は嬉しそうに聞いてくれた。
 私も、嬉しかった。
 優翔君との思い出を話せることが。
 嬉しくて懐かしくて愛おしくて、そんな話を吉家様が微笑みながら聞いてくださる事が幸せだった。
 すごく幸せだった。
「交際し始めた次の日、お休みの日だったんですけど、いったん家に帰ろうとしたら優翔君に引き留められちゃって」
「帰したくないと?」
「そうなんです。私がいなくなったら夢から覚めちゃいそうで嫌だからもう一泊していってって」
「泣いて引き留めたのか?」
「ううん。泣きはしなかったですけど、子犬みたいな目でお願いされちゃいました」
「そなたはそれに弱いのだな」
「えへへ」
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