聖女の私にできること第五巻

藤ノ千里

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第四章 囚われていたもの

第三十一話 あなただけの私、私だけのあなた

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 美人な夫が和服を纏っていく。
 その光景だけで絵になるし、ドラマのワンシーンみたい。
 しかも完成したのはフィクションみたいな、「これぞ美僧!」って感じの僧正様で、先程までの淫猥さなんて欠片も・・・いや、色気はまだ残っているか。
 拭ったのにまだうっすらと汗をかく額がセクシーに見えるのは、汗の原因を知っているからか。
 でも道明様の生来のものも絶対あるよね。だって、あのため息みたいな吐息って、普通情事の後にしかしないものだもんね。
 長いまつ毛が持ち上がり、男らしい目がこちらを向くと今でもドキリとしてしまうくらい。
 それくらい彼が好きで、ドキドキも心地良い。
「手が止まっておるぞ」
 言われて、慌てて服を着る手を動かした。
 薄暗い部屋。
 しかも道明様に放り投げられてくしゃっとしてたから、慌てて手を通した服は少しこんがらがっちゃって。
「あれ?」
 手を通す場所が明らかにおかしい。袖が片方見当たらない。
 和服にはもう慣れてたのに、なぜこうなるのか。
 不格好になったので仕方なく一旦脱いで、形を確認して、そしてもう一度・・・。
「着せてやろう」
「あっ」
 ひょいと取り上げられてしまった服を見送ると、道明様はちょっと嬉しそうだった。
 この人、こう見えて世話焼きだし、他人のお世話するの好きなんだよね。
 なんだか子ども扱いされている気がしなくもないけど、まぁ彼が嬉しいならいいか。
 着やすいように差し出された袖に、腕を通す。
 慣れた手つきで補助されて菫色の服を着ると、なんだか体の内も外も彼に染められたみたいでくすぐったい。
「この帯はお下がりのものか?」
「はい。一番地味なの選んだんですけど、おかしくないです?」
 皇后様からのお下がりの、薄緑色の帯。
 ちょうどいいきつさで巻いてくれるのも優しくて大好きだ。
 なぜ彼が帯を結べるのかは・・・怖いから聞かないでおくけど。
「良い色合いだ。これならば一見は高価に見えぬであろうしな」
「やったぁ」
 実は着物と帯の組み合わせってまだ良く分かっていないから、センスのある人に褒めてもらえると嬉しい。
 その相手が道明様ならば、尚更。
「これも」
 言いつつ、彼が私の胸元に差し込んだのは、簪だった。
 吉家様にいただいた簪だった。
 チラリと伺うと、道明様は少し目を逸らしていた。
 あ、これ勘違いしてるんだろうなとは、すぐに気付いた。
「これ、私を聖女として認めて下さる証らしいです」
「そうか」
「これを付けていると、どんな治療もしていいんだそうです」
「そうか」
「あと、私が認定した人も同じようにどんな治療もしていいんだそうです」
「随分と、良くして頂いたのだな」
 ちょっと意地悪し過ぎたからか、道明様が私に背を向けた。
 嫉妬してるけど、それを出さないように我慢してるんだろう。
 甘え方を知らない、不器用で可愛い人。本当に愛おしいなぁ。
「私、あの方のこと何故か嫌いになれなくて、どうしてかなって思ってたんです」
 返事もなくなってしまった。
 これは不貞腐れてしまったかな?
「理由を、知りたいです?」
「私にそれを聞かせたいのか?」
「聞いて欲しいです」
 私の言葉に、道明様はゆっくりと振り返った。
 でも、平気そうな顔の裏で色んな思いを飲み込んでいる事を、妻である私は知っている。
 道明様って優翔君と出会う前の私と似ていて、甘えるの下手だし何でも自分で解決しようとしちゃうし、そんなところが放っておけないんだけど。
 でもこうやって、他人の話をちゃんと聞くとこは私と大きく違うよなぁ。
 流石はお坊様ということか。
「前世での話する時、道明様には前の夫と娘の事はあまり話さなかったですよね」
「あぁ」
「吉家様って、前の夫にそっくりなんですよ」
 流石に驚きが隠せない今の夫に、いたずらに笑って見せた。
 道明様の色んな表情が見れるの、凄く楽しいなぁ。
「たぶん、あの方が聖女の運命のお相手だったみたいです」
「であるなら、何故なにゆえ・・・」
「私は道明様の妻ですから」
 驚いた顔、狼狽した顔、困惑した顔、そして泣きそうな顔。
 誰にも見せないそんな表情を、私にだけ見せてくれる。
 私に、心を許してくれてるから。
「ちなみに貞操も無事ですよ」
 なおも泣きそうな彼に、身を擦り寄せるように抱きついた。
 優しい胸元は、嗅ぎ慣れたお香の香り。
 調子に乗って首筋にキスすると、彼の両腕が私を抱き締め返してくれた。
「私だけの妻でいてくれるのか?」
「当たり前じゃないですか」
「誠、私で良いのか?」
「道明様じゃないと嫌です」
「私、は・・・」
 珍しく言い淀む彼を、見上げる。
 不自然なくらい整った綺麗なお顔。
 でも、作り物みたいな見た目をしていても、彼はただのひとりの男の人で。
 思い悩んで、間違って、後悔して、そんな辛さを真正面から受け止めてしまう。
 受け止めようとしてしまう、不器用で可愛い男の人なんだ。
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