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第四章 囚われていたもの
第三十二話 荷物の下ろし方
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「私はじき、この聖雅院の院主の座を降りようと考えている」
「はい」
「降りても良いと思うか?」
「んー、まずなんでそうしたいかを聞きたいです」
極力いつも通りの態度を保ちつつ、内心は、相談してくれた事に驚いていた。
だって、あの道明様が、あのいつも決定事項か事後報告の道明様が、私に事前に相談してくれたのだ。
しかも、彼の進退という大事な事を、だ。
どうやら長話になるようで、道明様はその場に腰を下ろした。
そして私に「おいで」とばかりに手を差し伸べてくれる。めちゃくちゃ好き。
その手を取って、彼の隣に座る。
体をピッタリとくっつけて腕を絡めると、フッと笑う声が聞こえてきた。
「すみれ」
「はい」
「そなたが知る私の所業は一端でしかない」
「はい」
「それ故、私はどこかで身を改めねばならぬと考えていた」
「はい」
「しかし、いくらこの身を改めたとしても、それを知るは己のみ。他所からは変わらぬものとして見られ、そのように扱われる。であらば・・・」
少しの沈黙。
でもそれだけで、彼がこの答えに辿り着くのにどれほど苦悩したかが分かった。
痛いほどに、苦しいほどに分かったんだ。
「私は、これよりの聖雅院に相応しい存在ではないのだ」
卑下をしているようにも聞こえるけど、きっと違う。
冷静に考えて、考え抜いた上で辿り着いたんだろう。
彼の運命に抗う為の選択肢に。
「次の院主は誰か決めてるんですか?」
「楠木を。あれは僧位こそ僧都ではあるが、院主となるに相応しき心根があり、家柄も相応しい」
「家柄?」
「楠木は・・・そうだな、高名な武家の出であると言えば分かるか?」
「え、あの人元武士なんですか?!」
「楠木の家名は知らぬ者の方が少なかろうな」
反射で驚いたけど、確かに彼、体裁とか体面とかお作法とかに口煩かった。
薙刀が強いのも元武士だから?
あの人がちょんまげ姿になるのは想像できないけど、偉そうに高座に座ってるのは想像できるから不思議だ。
いや、話逸れちゃったじゃん。楠木のせいで!
「いつ降りるんですか?」
「なるたけ早い方が良かろうな」
「降りた後は?」
「鹿谷での責は果たす」
「その後は?」
また、少しの沈黙。
まぁ、突然「仕事辞めます」って言っているのと変わらないから、簡単に答えられても困るけどね。
「ひと所に留まらず、各地を渡り歩こうかと考えていた」
「各地を?」
「あぁ」
八ツ笠に帰るとか、そもそもお坊様辞めるとか、それくらいなら想像できたのに。
根無し草生活って事?ずっと旅行し続ける感じって事?
道明様と二人で、あちこち行って、ある程度お金は持っててもその日暮らしみたいな生活を送るのか。
・・・意外と楽しいかもな。
「冬は南の方にしてくださいね。北はめちゃくちゃ雪降って埋もれちゃいますから」
「そなた共に来てくれるのか?」
「え、ひとりで行く気だったんですか??」
道明様の反応が心外過ぎて、不満顔で抗議してやった。
だって、可愛い妻を置いていく気だなんて有り得ないでしょ!
ムスッとしつつジト目を送ると、道明様は急に目を閉じて。
ハァと疲れたようなため息をついてから、また目を開ける。
悲しみのような諦めのような、複雑な慈しみが混ざった目で、私を愛でてくれる。
「降りても良いか?」
「良いですよ」
「共に来てくれるか?」
「当たり前じゃないですか」
その時の道明様の笑顔と言ったら、ハチャメチャに可愛くて、可愛過ぎて。
もう誰にも話したくないほどに可愛い過ぎたので、私の心の黒板に深く深く刻み付けておくだけにした。
道明様が院主を務めてらっしゃるけど、その実、聖雅院の仕事は各部門の長に任せきりらしく、彼は監査役のような事をするのがメインらしい。
あ、もちろんマスコット的立ち位置で、お客様方に愛想を振りまいたり、常連とお話をしたりもするから忙しくしようと思えば忙しいようだ。
忙しくしなければ、忙しくは無い。
なので院主の座を譲るのも、難しくはない。
「急に呼び立ててすまぬな」
晴彦に呼んできてもらった楠木は、お小姓さんを連れていた。
道明様との公開イチャイチャを窘めてくれた、あの冷たい声の男の子だった。
「いいえ、滅相もございませぬ」
「僭越ながら、急ぎの用向きであられたとて、楠木様を易々とお呼びつけになるのはお控えいただきたく」
楠木は道明様の事好きみたいなのに、お小姓さんは嫌いらしい。
ツンとした人嫌いの猫みたいな顔で辛辣な事を言うお小姓さんで少し驚き。けど、主である楠木には弱いようで。
楠木が「雲善」と名前を呼ぶと大袈裟に口を閉じ合わせた。めちゃくちゃ不服そうな顔のままで。
「何用にございましょう?」
そう言う楠木は私の方を見ようともしない。それにひと言も「おかえり」という趣旨の労いを私に向けてない事に気づいたけど・・・許してやろう。
どうせこの後腰を抜かすんだし。
「私をこの聖雅院より追放しなさい」
「お断りいたします」
まるで分かっていましたとばかりに、楠木は平然と答えた。
逆に「追放」なんて過激な単語を使われて私の方が驚いちゃった。
だというのに、楠木の答えが分かっていたとばかりに、道明様も平然と続ける。
「はい」
「降りても良いと思うか?」
「んー、まずなんでそうしたいかを聞きたいです」
極力いつも通りの態度を保ちつつ、内心は、相談してくれた事に驚いていた。
だって、あの道明様が、あのいつも決定事項か事後報告の道明様が、私に事前に相談してくれたのだ。
しかも、彼の進退という大事な事を、だ。
どうやら長話になるようで、道明様はその場に腰を下ろした。
そして私に「おいで」とばかりに手を差し伸べてくれる。めちゃくちゃ好き。
その手を取って、彼の隣に座る。
体をピッタリとくっつけて腕を絡めると、フッと笑う声が聞こえてきた。
「すみれ」
「はい」
「そなたが知る私の所業は一端でしかない」
「はい」
「それ故、私はどこかで身を改めねばならぬと考えていた」
「はい」
「しかし、いくらこの身を改めたとしても、それを知るは己のみ。他所からは変わらぬものとして見られ、そのように扱われる。であらば・・・」
少しの沈黙。
でもそれだけで、彼がこの答えに辿り着くのにどれほど苦悩したかが分かった。
痛いほどに、苦しいほどに分かったんだ。
「私は、これよりの聖雅院に相応しい存在ではないのだ」
卑下をしているようにも聞こえるけど、きっと違う。
冷静に考えて、考え抜いた上で辿り着いたんだろう。
彼の運命に抗う為の選択肢に。
「次の院主は誰か決めてるんですか?」
「楠木を。あれは僧位こそ僧都ではあるが、院主となるに相応しき心根があり、家柄も相応しい」
「家柄?」
「楠木は・・・そうだな、高名な武家の出であると言えば分かるか?」
「え、あの人元武士なんですか?!」
「楠木の家名は知らぬ者の方が少なかろうな」
反射で驚いたけど、確かに彼、体裁とか体面とかお作法とかに口煩かった。
薙刀が強いのも元武士だから?
あの人がちょんまげ姿になるのは想像できないけど、偉そうに高座に座ってるのは想像できるから不思議だ。
いや、話逸れちゃったじゃん。楠木のせいで!
「いつ降りるんですか?」
「なるたけ早い方が良かろうな」
「降りた後は?」
「鹿谷での責は果たす」
「その後は?」
また、少しの沈黙。
まぁ、突然「仕事辞めます」って言っているのと変わらないから、簡単に答えられても困るけどね。
「ひと所に留まらず、各地を渡り歩こうかと考えていた」
「各地を?」
「あぁ」
八ツ笠に帰るとか、そもそもお坊様辞めるとか、それくらいなら想像できたのに。
根無し草生活って事?ずっと旅行し続ける感じって事?
道明様と二人で、あちこち行って、ある程度お金は持っててもその日暮らしみたいな生活を送るのか。
・・・意外と楽しいかもな。
「冬は南の方にしてくださいね。北はめちゃくちゃ雪降って埋もれちゃいますから」
「そなた共に来てくれるのか?」
「え、ひとりで行く気だったんですか??」
道明様の反応が心外過ぎて、不満顔で抗議してやった。
だって、可愛い妻を置いていく気だなんて有り得ないでしょ!
ムスッとしつつジト目を送ると、道明様は急に目を閉じて。
ハァと疲れたようなため息をついてから、また目を開ける。
悲しみのような諦めのような、複雑な慈しみが混ざった目で、私を愛でてくれる。
「降りても良いか?」
「良いですよ」
「共に来てくれるか?」
「当たり前じゃないですか」
その時の道明様の笑顔と言ったら、ハチャメチャに可愛くて、可愛過ぎて。
もう誰にも話したくないほどに可愛い過ぎたので、私の心の黒板に深く深く刻み付けておくだけにした。
道明様が院主を務めてらっしゃるけど、その実、聖雅院の仕事は各部門の長に任せきりらしく、彼は監査役のような事をするのがメインらしい。
あ、もちろんマスコット的立ち位置で、お客様方に愛想を振りまいたり、常連とお話をしたりもするから忙しくしようと思えば忙しいようだ。
忙しくしなければ、忙しくは無い。
なので院主の座を譲るのも、難しくはない。
「急に呼び立ててすまぬな」
晴彦に呼んできてもらった楠木は、お小姓さんを連れていた。
道明様との公開イチャイチャを窘めてくれた、あの冷たい声の男の子だった。
「いいえ、滅相もございませぬ」
「僭越ながら、急ぎの用向きであられたとて、楠木様を易々とお呼びつけになるのはお控えいただきたく」
楠木は道明様の事好きみたいなのに、お小姓さんは嫌いらしい。
ツンとした人嫌いの猫みたいな顔で辛辣な事を言うお小姓さんで少し驚き。けど、主である楠木には弱いようで。
楠木が「雲善」と名前を呼ぶと大袈裟に口を閉じ合わせた。めちゃくちゃ不服そうな顔のままで。
「何用にございましょう?」
そう言う楠木は私の方を見ようともしない。それにひと言も「おかえり」という趣旨の労いを私に向けてない事に気づいたけど・・・許してやろう。
どうせこの後腰を抜かすんだし。
「私をこの聖雅院より追放しなさい」
「お断りいたします」
まるで分かっていましたとばかりに、楠木は平然と答えた。
逆に「追放」なんて過激な単語を使われて私の方が驚いちゃった。
だというのに、楠木の答えが分かっていたとばかりに、道明様も平然と続ける。
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