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第四章 囚われていたもの
第三十三話 諸行は無常
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「私が去るのが最善であると理解しておろう」
「道明僧正様が責めを負わずとも、秀仲様をやり玉にあげ見せしめとすれば解決いたしましょう」
「あれは性根を入れ替えておるさ中であろう」
「であっても、畜生は所詮畜生でございます」
「一度畜生に堕ちれば易々と人には戻れぬと?」
「当然にございます」
喋る速度はそんなに早くないけれど、テンポよく交わされる会話をただぼんやりと聞いていた。
なので、彼らの会話に不穏な内容が含まれていたのは気のせいという事にしておこう。
「御仏に仕える身でありながら己の欲の為に他を害した者など、畜生と称する事すら慈悲でございます」
「ならば私も畜生であろう」
「道明僧正様の行いは己の為にはございますまい」
「いいや、己の為だ。他の手立てがあると知りながら己の目的の為に他を害したのだ」
楠木の嘘くさいニコニコが、突然消えた。
現れたのは初めて見る彼の素顔。少し目元に力が入り、周りを威圧しそうなほどのキリリとした顔だった。
「畜生を害したとて何の咎めがありましょう」
「お主が畜生と称する者の他にもおるぞ」
「その者らに非がございましたのでしょう」
「仮に非があったとて、年若き者を教え導くは年嵩の者の務めだ」
「では、あなた様が年若き時分に与えられた屈辱は?お許しになられると?」
「許しを与えるは御仏の教えだ」
怒っているようにも見える楠木に対して、道明様はずっと穏やかだった。
穏やかなまま、色々と衝撃的な事を口にしていた。
「畜生に許しが与えられるのであれば、あなた様にも許しは与えられましょう」
「許しはすでに我が妻より与えられておる」
楠木の、一切着飾らない嫉妬100%の視線が私の方に向けられた。
いたずら心が湧いて、彼に見せつけるように道明様の膝に手を乗せてみたけど・・・無反応だな。
無反応のまま、その視線が私から晴彦、晴彦から雲善へと移り、また道明様へと戻る。
道明様の方を見る時には、楠木は少しだけ寂しそうにも見えた。
「許しがあるのであれば良いではないですか」
「楠木、私自身がこの聖雅院より去りたいのだ」
道明様の手が、私の手に添えられて、彼の温もりで包んでくれる。
それだけで嬉しくて。彼も同じ気持ちだったら幸せだなぁなんて思って。優しい気持ちが、溢れ出してくるんだ。
「何処へ」
「何処へでも」
よく見ると、いつの間にかへの字に曲がった楠木の口元。
反抗期の子どもみたいに聞き分けなく、彼はその後もずっと道明様に文句を言い続けて、道明様はずっと優しく答え続けた。
めちゃくちゃ時間はかかったけど、最後には道明様が「任せたぞ」と言い、楠木が「承知しました」と答えていたから、解決したようだ。
絶対時間かかり過ぎだったけどね。
そしてその後、道明様は聖雅院内を案内して回ってくれた。
二人きりで、腕を組みながら、ちょっとしたデートみたいに隅から隅までを見て回った。
ここだけの話、道明様の聖雅院内での認識って「色仕掛けで成り上がったお飾りの院主」らしくて、すれ違うお坊さん達はそのほとんどが嫌悪感を隠そうともしていなかった。
けど、ある程度以上の地位の人は「良いのですか?」って感じの心配そうな表情だったから、正しく評価をしてくれている人もいるみたい。
そんなお坊さんたちと参拝者に見せつけるようにして聖雅院内を歩いて回って、見せちゃいけないであろうという所もくまなく見て回って、そうやって最初で最後の聖雅院ツアーは終了したのだ。
それは早朝。
薄着でいちゃつく私たちの元にやって来たのは、何人かのお坊さんだった。
「道明僧正様、お休みのところ失礼いたします!」
声を張りながら先頭を切って襖を開けたのは楠木。
彼は、芝居がかった仕草で道明様の部屋の中、具体的には布団の上の私と道明様と辺りに散らばる衣服を見て、それからわざとらしく顔を顰めた。
「あなた様が規律を乱していらっしゃるとの話があり確認に参りましたが・・・言い逃れの余地もございませぬな」
楠木の後ろには、僧兵が二人。
その後ろには少し年上の偉そうなお坊さんが何人かいるのが見えた。
「釈明をなさいますか?」
「いや、必要ない」
「ではご同行願います」
「あぁ」
ゆっくりと立ち上がった道明様を挟むようにして、僧兵が彼を連れて行く。
そんな茶番を見つつ、諸行無常ってこういう事なのかななんて思っていた。
雲善が「長くはかかりませぬ。服を着てお待ちになっていてください」と言ってくれたけど、もう道明様に聞いていた事だから分かっていた事で。
一応驚いた風を装いつつ「分かりました」なんて答えたけど、うまく演技ができていたかは・・・自信ないなぁ。
「道明僧正様が責めを負わずとも、秀仲様をやり玉にあげ見せしめとすれば解決いたしましょう」
「あれは性根を入れ替えておるさ中であろう」
「であっても、畜生は所詮畜生でございます」
「一度畜生に堕ちれば易々と人には戻れぬと?」
「当然にございます」
喋る速度はそんなに早くないけれど、テンポよく交わされる会話をただぼんやりと聞いていた。
なので、彼らの会話に不穏な内容が含まれていたのは気のせいという事にしておこう。
「御仏に仕える身でありながら己の欲の為に他を害した者など、畜生と称する事すら慈悲でございます」
「ならば私も畜生であろう」
「道明僧正様の行いは己の為にはございますまい」
「いいや、己の為だ。他の手立てがあると知りながら己の目的の為に他を害したのだ」
楠木の嘘くさいニコニコが、突然消えた。
現れたのは初めて見る彼の素顔。少し目元に力が入り、周りを威圧しそうなほどのキリリとした顔だった。
「畜生を害したとて何の咎めがありましょう」
「お主が畜生と称する者の他にもおるぞ」
「その者らに非がございましたのでしょう」
「仮に非があったとて、年若き者を教え導くは年嵩の者の務めだ」
「では、あなた様が年若き時分に与えられた屈辱は?お許しになられると?」
「許しを与えるは御仏の教えだ」
怒っているようにも見える楠木に対して、道明様はずっと穏やかだった。
穏やかなまま、色々と衝撃的な事を口にしていた。
「畜生に許しが与えられるのであれば、あなた様にも許しは与えられましょう」
「許しはすでに我が妻より与えられておる」
楠木の、一切着飾らない嫉妬100%の視線が私の方に向けられた。
いたずら心が湧いて、彼に見せつけるように道明様の膝に手を乗せてみたけど・・・無反応だな。
無反応のまま、その視線が私から晴彦、晴彦から雲善へと移り、また道明様へと戻る。
道明様の方を見る時には、楠木は少しだけ寂しそうにも見えた。
「許しがあるのであれば良いではないですか」
「楠木、私自身がこの聖雅院より去りたいのだ」
道明様の手が、私の手に添えられて、彼の温もりで包んでくれる。
それだけで嬉しくて。彼も同じ気持ちだったら幸せだなぁなんて思って。優しい気持ちが、溢れ出してくるんだ。
「何処へ」
「何処へでも」
よく見ると、いつの間にかへの字に曲がった楠木の口元。
反抗期の子どもみたいに聞き分けなく、彼はその後もずっと道明様に文句を言い続けて、道明様はずっと優しく答え続けた。
めちゃくちゃ時間はかかったけど、最後には道明様が「任せたぞ」と言い、楠木が「承知しました」と答えていたから、解決したようだ。
絶対時間かかり過ぎだったけどね。
そしてその後、道明様は聖雅院内を案内して回ってくれた。
二人きりで、腕を組みながら、ちょっとしたデートみたいに隅から隅までを見て回った。
ここだけの話、道明様の聖雅院内での認識って「色仕掛けで成り上がったお飾りの院主」らしくて、すれ違うお坊さん達はそのほとんどが嫌悪感を隠そうともしていなかった。
けど、ある程度以上の地位の人は「良いのですか?」って感じの心配そうな表情だったから、正しく評価をしてくれている人もいるみたい。
そんなお坊さんたちと参拝者に見せつけるようにして聖雅院内を歩いて回って、見せちゃいけないであろうという所もくまなく見て回って、そうやって最初で最後の聖雅院ツアーは終了したのだ。
それは早朝。
薄着でいちゃつく私たちの元にやって来たのは、何人かのお坊さんだった。
「道明僧正様、お休みのところ失礼いたします!」
声を張りながら先頭を切って襖を開けたのは楠木。
彼は、芝居がかった仕草で道明様の部屋の中、具体的には布団の上の私と道明様と辺りに散らばる衣服を見て、それからわざとらしく顔を顰めた。
「あなた様が規律を乱していらっしゃるとの話があり確認に参りましたが・・・言い逃れの余地もございませぬな」
楠木の後ろには、僧兵が二人。
その後ろには少し年上の偉そうなお坊さんが何人かいるのが見えた。
「釈明をなさいますか?」
「いや、必要ない」
「ではご同行願います」
「あぁ」
ゆっくりと立ち上がった道明様を挟むようにして、僧兵が彼を連れて行く。
そんな茶番を見つつ、諸行無常ってこういう事なのかななんて思っていた。
雲善が「長くはかかりませぬ。服を着てお待ちになっていてください」と言ってくれたけど、もう道明様に聞いていた事だから分かっていた事で。
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