聖女の私にできること第五巻

藤ノ千里

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第六章 恋と愛の違い

第四十話 一松の悩み

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 道明様との初めての二人旅は、大変さや不便さすら楽しくて、まるでハネムーンみたいだった。
 安全な道を選んだからか暴漢に会うこともなく、途中にあった村々で宿を借りたりご飯を分けてもらったりして。ゆっくり歩きながら、彼と色んな話をした。
 聖雅院を辞めれたのがよっぽど嬉しかったのか、道明様は今まで話してくれなかった事も話してくれた。
 子どもの頃に東山城で殿と悪巧みした事。お坊様になる為の修行の日々について。聖雅院のクソ野郎共についてはぼかされてたけど、相当嫌いだったのか丁寧な言葉の中にも不穏な単語が混ざっていた。
 だって「前院主様が病を得られたのが幸いして」とか、「お倒れになられた後もその地位にしがみついておられたおかげで」とか、明らかに嫌いな人への悪口じゃん。
 爽やかに笑いながら「廃した」とか言ってたけど、あれって人に対して使う言葉じゃないよね、絶対。
 そんな風に、彼が沢山話しをしてくれたのと同じくらい、私も彼に色んな話をした。
 主に前世の事だ。
 優翔君との思い出は、あまり話さなかった。
 代わりに私の事を、私の、前世での家庭事情とか恩師の話とか、アルバイト先の話とか。
 会社の話をした時に、「そこが、そなたの以前の夫殿がおる場所か?」なんて聞かれてちょっと後ろめたい気持ちが湧いたけど、別に隠す必要も無いので正直に話した。
 後は、道中で食べたご当地グルメについてとか、変なおまじないとかについても盛り上がったし、秘境な感じの露天温泉にも入ることが出来た。
 楽しかった。本当に楽しかった。
 だからほんのちょっとだけ湧いてしまった悪い予感は、気のせいだと言うことにしておいた。


「では、光来寺を出た後は八ツ笠に移るのでしょうか?」
 道明様からこれまでに起こった事を聞いても、一松は驚かなかった。
 ただどうしたらいいのか分からないようで、困ったような顔をしていた。
「いいや、私は小瑠璃と旅に出たいと考えている」
「私と晴彦は?」
「この光来寺に残るか、八ツ笠の寺に移るかであろうな。希望はあるか?」
「・・・分かりませぬ」
「時間はある。よく考え、心が決まれば教えてくれ」
 いつもはお行儀良く返事をする一松だったけど、この時はすぐに返事をしなくて。
 代わりに少し俯いて、道明様を伺うように見上げた。
「一つ、悩みが、あるのです」
「聞こう」
 道明様の返事に、一松は言いづらそうにチラッと私を見た。だから、退席した方が良いかな?と思ったんだけど、そういう訳じゃなかったのか彼は俯いていた顔を真っ直ぐにした。
「己の心という物は、如何様いかようにすれば分かりますでしょうか?」
「己の心が分からぬのか?」
「しばしば分からぬことがあるのです。己が何故そのような想いを抱いたのか、見極められぬ時が」
「そうか・・・」
 一松の相談相手は道明様だから大人しくしてたけど、内心はもう一松を甘やかしたくてうずうずしてた。
 だって、自分の気持ちが分からないのって、それを今まで表現してこれなかったからなるやつでしょう?
 もうそれだけで、この子がそこそこ辛い人生を送ってきたって分かっちゃうもん。
 痛いくらいに、分かっちゃうもん。
「どのような折に分からぬようになるのだ?」
「それが、それも分からぬのです」
 愛弟子の相談事だ。てっきり僧正様として完璧な感じの答えを提示するんだと思っていた。
 でも道明様は答えなかった。
 答えずに、私を見た。
「小瑠璃、そなたはどのように考える?」
「私?」
「あぁ」
 そうだった。
 道明様には大学で心理学を勉強していた事まで話したんだった。
 でも勉強しただけで実技なんてした事ないのに・・・。使えるものは妻でも使う気だなこの魔王。
 絶対道明様の方が適役なのに。
 でもまぁ、ご指名受けたなら頑張りますけれども。
「ええっと、まず、人って生まれた時って快不快くらいしか分からないんだけど、成長する中で色んな感情を獲得していくのね」
 今年に入ってから、急に前世の知識を使う機会がめちゃくちゃ増えたんだよなぁ。
 前世の記憶、覚えてて良かった。
「ただ、自分だけじゃ感情って上手く認識できなくて、他者と、理想であれば親兄弟との関わりの中で自分自身を知っていくものなのね」
 一松が真剣な顔で聞いてくれるのがくすぐったい。息子に道徳の授業をしてるみたいだ。
「なので、自分を知るのって自分ひとりじゃどうにもできないし、すぐに変えられるものでなくて、人との関わり合いの中で学んでいくしかないんだよ。具体的に言うと、親しくて心を許せる人と沢山会話して、その時自分の意見を包み隠さずにぶつけること、かな」
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