聖女の私にできること第五巻

藤ノ千里

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第六章 恋と愛の違い

第四十二話 スパルタ僧正様

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「あまり、話しかけぬ方が良いです」
何故なにゆえですか?」
 私がもし、私のこれまでの行いを話したとして、一部だけでも話したとして、さすればお美代様はどのようなお顔をされるであろうか。
 軽蔑や侮蔑を?
 それとも憐れみを?
 いずれにしたところで、私がお美代様とこのようにして話ができるような者でない事には気づかれてしまう。
 ・・・待てよ。私はお美代様と話がしたいと思っておるのか?
 話をする度に酷く思い悩むことになるというのに?
「一松様?」
 知れず俯いていたようで、お声掛けくださったお美代様が私の顔をのぞき込まれるまで気づきもせなんだ。
 平素より近い距離にお美代様の案ずるお顔があり、先ほど私の名を呼んだ桃色の唇が、ほんのすぐそこにあり・・・。
 女人特有の、可憐に色づくあの唇は、やはり柔いのであろうか?
 あの唇を吸えば、お美代様はどのような反応を示されるであろうか?
「もしや具合でも・・・?」
 あぁ駄目だ。やはり己が理解しがたい。
 このような、汚らわしいけだものの様な衝動が私の内にあるなどと、受け入れることができるはずもないではないか。

------
 一松が私たちの部屋を訪ねてきたのは、なんと就寝時間になってからだった。
 と言っても、一松と晴彦は部屋が隣だから訪ねて来たというのは大げさ過ぎかもだけど。
「夜分に申し訳ございませぬ」
 なんて殊勝な様を見せる一松は、晴彦の方を気にしているようだけど、彼はもう寝た感じかな?
「入りなさい」
 なんて道明様が言うので、私も一松へ体を向けた。
 今日はまだ普通にお話してただけだから、何の問題もないのだ。
 まぁ、一松の事だからそれを確認した上でこうやって相談しに来たんだろうけどね。
「失礼いたしまする」
 とは言え、礼儀は弁えているようで一松は私からは顔を逸らしていた。
「相談事でもあったか?」
「はい・・・」
 道明様の前に、静かに腰を下ろした一松。でもすぐにはその相談事を口にはしなくて、ここへ来てもどう切り出せばいいか悩んでいるようだった。
 この感じ、昼間に話していた悩みと関係してそうだけど・・・やっぱり難しかったかな?
 しっかりしているように見えてまだ中学生くらいだもんね。
「わ、私は・・・」
 もだもだしながらも懸命に喋ろうとする一松に、心の中でエールを送る。
 がんばれ一松!間違えても大丈夫だよ!
「今一度、修行を行った方が良いのやもしれませぬ・・・!」
何故なにゆえだ?」
「己の、欲に、心が乱されてしまうのです」
「どのような欲だ?」
「それは・・・」
 一松がチラッと私に視線をよこして、すぐまた道明様を見て、俯いた。
 それだけだったけど、そんな些細な行動だけで愛弟子の考えを読めてしまうのが、私の夫であるこの人なのだ。
「色欲か」
 道明様の言葉に、一松はグッと身を固くする。
 私はちょっとだけ驚いた。
 だって一松、私が以前抱き枕にしてた時には、全然子どもな反応だったのに。
 いつの間に思春期に入ってしまったのか。
 え、背が伸びてたのもそのせいってこと・・・?
「色欲が堪えられぬと?」
 一松は返事の代わりにコクリと頷いた。
 相談してきたのは彼だから仕方ないけど、思春期男子にする質問にしてはちょっと可哀想にも思える。
「どのような折にだ」
 黙り込んでいるにも関わらず、道明様の追求の手は緩まない。
 この人って、とにかく対話が大切だと思ってる節あるよね。
 あと実はお節介なとこあるよね。そこも好きなんだけどさ。
 完全に沈黙してしまった一松。
 そして、やっぱり追求を止めない道明様。
「小瑠璃、一松の心を読みなさい」
「えっ?」
「お、お待ちくださいませ!そればかりは・・・!」
 なんという事でしょう。
 この僧正様は、愛弟子の色欲に悩むという心を読めというのです。
 しかも、彼の妻であるこの私に。
 流石に非難の目を送ったけど、彼はいたって真面目なようで私の非難を真っ向から受け止めた。
 そしてこう言ったのだ。
「一松自身が分からず口にも出来ぬのであらばそなたが直に見てやれば解決しよう」
「でも流石に可愛そうですよそれ」
「何も出来ず思い悩むままよりは良い」
 そっかこの人スパルタだったわと、今になって思い出す。
 多分自分にストイックだから他人にもそうなんだろうけどさ。それにしてもこのやり方はないんじゃない?
「それに、例え一松が私と同じ事をしていようと、そなたは否を唱えぬであろう?」
 目をスッと細めると、彼の長いまつ毛が意味ありげな影を目元に作る。
 この「こちらが正論ですよ」とばかりの詰め方は、この人の常套句なのだろう。知ってたけど。
 一松がそういう事をしてたであろう事も、知ってたけど。
 一松を見ると、怯えたような目をされてしまった。
 やっぱり可愛そう過ぎるよなぁ・・・。
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