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第一章 江戸城にて
第五話 運命の相手
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少し荒い呼吸は、急いで来たからだろうか。
急にゆっくりになった足音と、それから私の正面に座る音。
その後その隣に座った人は、克信様なんだと思う。
頭を下げていても、あの眼差しがこちらを見ているのが分かった。
私を、熱い眼差しで見つめているのが分かった。
「玄徳、大義であった」
心臓がバクバクで煩いのに、その声だけはよく聞こえて。
しかも、その酷く懐かしい響きは、記憶にあるものとそっくりだったのだ。
記憶にある、大切な人のものと。
ここまで来るともう確認なんてしなくても分かるというのに、無性に顔を上げたくなってしまって、我慢するのが精いっぱいで・・・。
誰かが何かを喋っているのも、耳に入っては来なかった。
ただ、あの声の、重厚感のあるような喋り方は前世では聞いたことのないもので、彼とは違う生き方をしてきた人である事が、少しだけ寂しくて。
この方も、彼と同じ生き辛さを抱えてるのかな?とか、プライベートな時間はやっぱりだらしないのかな?とか。
ぽつぽつと浮かんできてしまう、親愛の情。
違う人だと分かっていても、感じてしまう罪悪感。
十年以上一緒にいた記憶が、私を澄恋にしてしまう。立場なんて関係なく、彼と二人でまた穏やかな時を過ごしたいと、思ってしまう。
「・・・小瑠璃?どうしたんだい?具合でも悪いのかい?」
玄さんに肩を揺すられて、ハッと息を呑んだ。
考え込み過ぎてボーっとしていたようで、いつの間にか会話がひと段落していたらしい。
「大丈夫」
全然大丈夫じゃなかったけど、声だけ何とか取り繕った。
頭を下げたままで良かったと、こんな顔を晒す事にならなくて良かったと、思いながら静かに息を吐く。
「そうかい?・・・上様、無礼で申し訳ねぇんだけど、ちょっと小瑠璃を休ませてきても」
「その必要はない」
「え?」
「その娘と二人で話がしたい。みな下がれ」
顔が、熱くなる。
まだ私の事を諦めてらっしゃらないというのが分かってしまって、胸が苦しい。
私をずっと待っていてくださったのだと思うと、嬉しく、なってしまう。
駄目、なのに。
「え、でもちょっと待ってよ」
「上様が下がれと仰っておるのだ。別の部屋に案内させる故護衛を連れて下がれ」
「克信、お前も下がるのじゃ」
「上様、さすがにそれは聞けませぬ」
女性とはいえ、身元も確かじゃない人間だ。
この国にお一人しかいない将軍様と二人きりなんて、普通じゃありえないんだろうけど、こういう時この方が強引に話を通すのを知っている。
「この吉家の命が聞けぬと申すのか?」
「・・・承知いたしました」
あぁ、やっぱりそうだ。
この強引さは変わらないんだなぁ。
三人分の足音が出ていくのを聞きながら、次に彼が何を言うのかも分かって、そんな風に分かってしまうのが切なかった。
「小瑠璃」
「はい」
「近う寄れ」
「お断りします」
「夫に愛想を尽かしたのではないのか?」
「違います」
きっと彼も、吉家様も分かってはいたんだろう。
だからこれは彼なりの冗談で、冗談を言いながら暗に私への想いを伝えているんだ。
恋人になる前の優翔君がそうしていたように。
「この後は江戸見物でもして行くのか?」
「いえ、すぐに帰ります」
「夫の元へか?」
「はい」
「私がそれを許すと思っておるのか?」
突然の熱が籠った言葉に、心臓がギュっと掴まれた。
一刻も早く帰りたいと思う気持ちともっと彼とお喋りをしたいという気持ちが、全く同じ重さで胸の中にあって。
だから、何も答えられなくて。
「面を上げよ」
なんて上様として言われたのは耐えることができたのに。
「顔を見せてはくれぬのか?」
なんて、寂しそうに言われると、拒否することはできなかったんだ。
たぶん変な顔をしていたと思う。
でも私が顔を上げて、上げると同時に見えてきた吉家様はとても嬉しそうに微笑まれていた。
「小瑠璃」
見慣れない、髭を蓄えた口が、静かに私の今の名前を呼ぶ。
二人の時の優翔君が、私に甘える時の声で、私を呼ぶ。
「会いたかった」
眼鏡をかけていない目元が私を見つめて、でも困ったように顰められた眉毛の形は少し違っていて。
だと言うのに、私の心臓はしきりに「運命なのだ」と叫んでいた。
「私は、会いたくなかったです」
半分嘘で半分本当の、言葉。
物凄く不敬なのに、吉家様はやはり嬉しそうに「そうか」と仰った。
「部屋を用意させる。数日この江戸城に留まれ」
「嫌です」
「心配せずとも無理には抱かぬ。話し相手としてそなたの知恵を借りたいのだ」
この強引な感じ。そして、私がギリギリ許せるラインをごり押ししてくる感じ。
「褒美は取らせる。帰りの船も用意しよう。他に望みがあれば何でも申すが良い」
この、返事もしてないのに無理やり話を通そうとしてくる、自信家なところ。
彼に似ていると分かると、全てが愛おしく感じてしまうのがすごくすごく厄介だ。
急にゆっくりになった足音と、それから私の正面に座る音。
その後その隣に座った人は、克信様なんだと思う。
頭を下げていても、あの眼差しがこちらを見ているのが分かった。
私を、熱い眼差しで見つめているのが分かった。
「玄徳、大義であった」
心臓がバクバクで煩いのに、その声だけはよく聞こえて。
しかも、その酷く懐かしい響きは、記憶にあるものとそっくりだったのだ。
記憶にある、大切な人のものと。
ここまで来るともう確認なんてしなくても分かるというのに、無性に顔を上げたくなってしまって、我慢するのが精いっぱいで・・・。
誰かが何かを喋っているのも、耳に入っては来なかった。
ただ、あの声の、重厚感のあるような喋り方は前世では聞いたことのないもので、彼とは違う生き方をしてきた人である事が、少しだけ寂しくて。
この方も、彼と同じ生き辛さを抱えてるのかな?とか、プライベートな時間はやっぱりだらしないのかな?とか。
ぽつぽつと浮かんできてしまう、親愛の情。
違う人だと分かっていても、感じてしまう罪悪感。
十年以上一緒にいた記憶が、私を澄恋にしてしまう。立場なんて関係なく、彼と二人でまた穏やかな時を過ごしたいと、思ってしまう。
「・・・小瑠璃?どうしたんだい?具合でも悪いのかい?」
玄さんに肩を揺すられて、ハッと息を呑んだ。
考え込み過ぎてボーっとしていたようで、いつの間にか会話がひと段落していたらしい。
「大丈夫」
全然大丈夫じゃなかったけど、声だけ何とか取り繕った。
頭を下げたままで良かったと、こんな顔を晒す事にならなくて良かったと、思いながら静かに息を吐く。
「そうかい?・・・上様、無礼で申し訳ねぇんだけど、ちょっと小瑠璃を休ませてきても」
「その必要はない」
「え?」
「その娘と二人で話がしたい。みな下がれ」
顔が、熱くなる。
まだ私の事を諦めてらっしゃらないというのが分かってしまって、胸が苦しい。
私をずっと待っていてくださったのだと思うと、嬉しく、なってしまう。
駄目、なのに。
「え、でもちょっと待ってよ」
「上様が下がれと仰っておるのだ。別の部屋に案内させる故護衛を連れて下がれ」
「克信、お前も下がるのじゃ」
「上様、さすがにそれは聞けませぬ」
女性とはいえ、身元も確かじゃない人間だ。
この国にお一人しかいない将軍様と二人きりなんて、普通じゃありえないんだろうけど、こういう時この方が強引に話を通すのを知っている。
「この吉家の命が聞けぬと申すのか?」
「・・・承知いたしました」
あぁ、やっぱりそうだ。
この強引さは変わらないんだなぁ。
三人分の足音が出ていくのを聞きながら、次に彼が何を言うのかも分かって、そんな風に分かってしまうのが切なかった。
「小瑠璃」
「はい」
「近う寄れ」
「お断りします」
「夫に愛想を尽かしたのではないのか?」
「違います」
きっと彼も、吉家様も分かってはいたんだろう。
だからこれは彼なりの冗談で、冗談を言いながら暗に私への想いを伝えているんだ。
恋人になる前の優翔君がそうしていたように。
「この後は江戸見物でもして行くのか?」
「いえ、すぐに帰ります」
「夫の元へか?」
「はい」
「私がそれを許すと思っておるのか?」
突然の熱が籠った言葉に、心臓がギュっと掴まれた。
一刻も早く帰りたいと思う気持ちともっと彼とお喋りをしたいという気持ちが、全く同じ重さで胸の中にあって。
だから、何も答えられなくて。
「面を上げよ」
なんて上様として言われたのは耐えることができたのに。
「顔を見せてはくれぬのか?」
なんて、寂しそうに言われると、拒否することはできなかったんだ。
たぶん変な顔をしていたと思う。
でも私が顔を上げて、上げると同時に見えてきた吉家様はとても嬉しそうに微笑まれていた。
「小瑠璃」
見慣れない、髭を蓄えた口が、静かに私の今の名前を呼ぶ。
二人の時の優翔君が、私に甘える時の声で、私を呼ぶ。
「会いたかった」
眼鏡をかけていない目元が私を見つめて、でも困ったように顰められた眉毛の形は少し違っていて。
だと言うのに、私の心臓はしきりに「運命なのだ」と叫んでいた。
「私は、会いたくなかったです」
半分嘘で半分本当の、言葉。
物凄く不敬なのに、吉家様はやはり嬉しそうに「そうか」と仰った。
「部屋を用意させる。数日この江戸城に留まれ」
「嫌です」
「心配せずとも無理には抱かぬ。話し相手としてそなたの知恵を借りたいのだ」
この強引な感じ。そして、私がギリギリ許せるラインをごり押ししてくる感じ。
「褒美は取らせる。帰りの船も用意しよう。他に望みがあれば何でも申すが良い」
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彼に似ていると分かると、全てが愛おしく感じてしまうのがすごくすごく厄介だ。
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