聖女の私にできること第五巻

藤ノ千里

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第一章 江戸城にて

第六話 ざわつく心

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「あぁ、護衛はここには置けぬ故、城下に宿を用意させよう。そなたも、私がおらぬ間は供を付ければ城下へ赴いても良いぞ」
 勝手に決めて押し付けて来て。
 それで喧嘩したことも、何回かあったっけ?
 そのせいで、こうやって色々考えてくれるのが私への愛なんだという事も、知ってしまっているんだ。
 すごくすごく厄介な事に。
「良いな?」
「良くないです」
 ここまで一切彼の提案を肯定していないのに、なのに吉家様はフッと幸せそうに笑って。
 笑いながら、立ち上がる。
 まるで優翔君みたいに。優翔君が私の天邪鬼を聞き流す時のように。
「抱かれたくば抱いてやる故、申せよ」
 捨て台詞のようにそう言って、吉家様は部屋を出て行かれた。
 安心するような寂しいような、一人きりの空間。
 私だけ取り残されたような、酷く不安定な心。
 さっきまでどんな顔をして彼と喋っていたかも、分からなくて。自分を誤魔化すように小さく呟く事しかできなかった。
「そうならないので大丈夫です」

------
 我が妻と港にて分かれ、三日も歩けば見えて来るは、我が物となった聖雅院セイガイン
 見慣れた豪奢な門扉に今更ながら嫌悪感が湧くは、しばらくの間離れていたからであろうか?
 晴彦ハルヒコが駆けて行った直後、参拝者の列がざわめき立ち、何十もの視線がこちらを向いた。
 微笑みを浮かべつつ伺ったが、特に挨拶せねばならぬ方はいらっしゃらなんだ。
 門扉が近づいて来ると、僧兵が出迎えに現れる。それを見留めてすぐ楠木クスノキが私から離れた。
「また後ほど」
「あぁ」
 例え僧兵相手とて、私と楠木の仲違いは見せつけておかねばならぬ。
「道明僧正様、お帰りなさいませ」
「今戻った。長く留守にしてすまぬな」
「いいえ、ご無事のお帰り心待ちにしておりました。お疲れでしょうし、お部屋へ戻られますか?」
「先ずは皆に挨拶をしたい。空来クウライ何処いずこにおる?」
「空来様はこちらでございます」
 門扉を潜り、境内を歩く。
 広々としていても手入れが行き届き、霧巻キリマキ一とも称される大庭園は、相も変わらず見物人が多い。
 あぁ、あれは、商家の御一家であられるな。
 年頃の娘御は熱心な仏教徒であられたが、今しばらくいらっしゃられるのであらばご挨拶に伺うか。
 藩主様へは明日みょうにちご挨拶に伺うとして、庄屋しょうや様へはこちらから出向かずともおとないがあるであろうし、であれば平素よりご寄付いただいている方々への文が優先か。
 そこまで一息に思考し、目をやった先。
 この醜悪な寺にそぐわぬ清廉としたお姿に、幼い頃の記憶が思い起こされた。
「お久しぶりでございますな」
徳栄トクエイ様、長くご挨拶に伺わずにいた失礼をお許しくださいませ」
 八ツ笠ヤツガサ東山ヒガシヤマ城にて、献身を持って志野原シノハラ家を支える家臣、里中サトナカ家。
 当代の里中家当主の弟に当たる徳栄様は、八ツ笠に臨した霧巻の寺にて和尚を務められているお方だ。
 その徳栄様が聖雅院にいらっしゃるのには、訳があった。
 訳とは言うが、その実それほどまでに仰々しいものではなく、言わば楠木が不在の間の聖雅院の見張りだ。
 長年、聖雅院より逃げ出した年少の僧や、晴彦の弟妹を匿って下さっていたお方だ。
 昨今の聖雅院であらば、見張りとするには十分過ぎるお方であられた。
 私が不在の間に、楠の手によって行われたのは大きく三つ。
 徳栄様がいらっしゃられた事は前述したが、残りは秀仲ヒデナカへの対処と、光来寺コウライジから送った者らへの処罰。
 秀仲については文でも聞いていたが、実際に我が目にすると苦い笑みが漏れた。
 この者は、楠木が「良し」とする写経ができるまで、延々と写経を続けておったのだと言うことだ。
 一心に写経する様は僧としては正しかろうが、あの獣のようにギラついた目はいただけぬな。
 ここまでの姿となるまでに、楠木に散々と扱われたのであろう。楠木が秀仲を嫌悪していると知りつつ任せた私が元凶であるが。
 残りの、光来寺からの僧については、前院主である松浦マツウラ様の隠れいおりを活用したようだ。
 人目に触れぬ庵にて、修行僧の格好をさせ、修行僧のような日々を過ごさせていると。
 それも一年ひととせ、更には改心ができねばひと月ずつ増やすのだそうだ。
 「あれらは畜生ですので、問題ございますまい」などと申す楠木の様は、やはり私の想定よりも苛烈であった。
 しかし、この楠木と対等に会話していたと思うと、我が妻は殊の外並外れておるのであろうな。
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