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第一章 江戸城にて
第六話 ざわつく心
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「あぁ、護衛はここには置けぬ故、城下に宿を用意させよう。そなたも、私がおらぬ間は供を付ければ城下へ赴いても良いぞ」
勝手に決めて押し付けて来て。
それで喧嘩したことも、何回かあったっけ?
そのせいで、こうやって色々考えてくれるのが私への愛なんだという事も、知ってしまっているんだ。
すごくすごく厄介な事に。
「良いな?」
「良くないです」
ここまで一切彼の提案を肯定していないのに、なのに吉家様はフッと幸せそうに笑って。
笑いながら、立ち上がる。
まるで優翔君みたいに。優翔君が私の天邪鬼を聞き流す時のように。
「抱かれたくば抱いてやる故、申せよ」
捨て台詞のようにそう言って、吉家様は部屋を出て行かれた。
安心するような寂しいような、一人きりの空間。
私だけ取り残されたような、酷く不安定な心。
さっきまでどんな顔をして彼と喋っていたかも、分からなくて。自分を誤魔化すように小さく呟く事しかできなかった。
「そうならないので大丈夫です」
------
我が妻と港にて分かれ、三日も歩けば見えて来るは、我が物となった聖雅院。
見慣れた豪奢な門扉に今更ながら嫌悪感が湧くは、しばらくの間離れていたからであろうか?
晴彦が駆けて行った直後、参拝者の列がざわめき立ち、何十もの視線がこちらを向いた。
微笑みを浮かべつつ伺ったが、特に挨拶せねばならぬ方はいらっしゃらなんだ。
門扉が近づいて来ると、僧兵が出迎えに現れる。それを見留めてすぐ楠木が私から離れた。
「また後ほど」
「あぁ」
例え僧兵相手とて、私と楠木の仲違いは見せつけておかねばならぬ。
「道明僧正様、お帰りなさいませ」
「今戻った。長く留守にしてすまぬな」
「いいえ、ご無事のお帰り心待ちにしておりました。お疲れでしょうし、お部屋へ戻られますか?」
「先ずは皆に挨拶をしたい。空来は何処におる?」
「空来様はこちらでございます」
門扉を潜り、境内を歩く。
広々としていても手入れが行き届き、霧巻一とも称される大庭園は、相も変わらず見物人が多い。
あぁ、あれは、商家の御一家であられるな。
年頃の娘御は熱心な仏教徒であられたが、今しばらくいらっしゃられるのであらばご挨拶に伺うか。
藩主様へは明日ご挨拶に伺うとして、庄屋様へはこちらから出向かずとも訪いがあるであろうし、であれば平素よりご寄付いただいている方々への文が優先か。
そこまで一息に思考し、目をやった先。
この醜悪な寺にそぐわぬ清廉としたお姿に、幼い頃の記憶が思い起こされた。
「お久しぶりでございますな」
「徳栄様、長くご挨拶に伺わずにいた失礼をお許しくださいませ」
八ツ笠が東山城にて、献身を持って志野原家を支える家臣、里中家。
当代の里中家当主の弟に当たる徳栄様は、八ツ笠に臨した霧巻の寺にて和尚を務められているお方だ。
その徳栄様が聖雅院にいらっしゃるのには、訳があった。
訳とは言うが、その実それほどまでに仰々しいものではなく、言わば楠木が不在の間の聖雅院の見張りだ。
長年、聖雅院より逃げ出した年少の僧や、晴彦の弟妹を匿って下さっていたお方だ。
昨今の聖雅院であらば、見張りとするには十分過ぎるお方であられた。
私が不在の間に、楠の手によって行われたのは大きく三つ。
徳栄様がいらっしゃられた事は前述したが、残りは秀仲への対処と、光来寺から送った者らへの処罰。
秀仲については文でも聞いていたが、実際に我が目にすると苦い笑みが漏れた。
この者は、楠木が「良し」とする写経ができるまで、延々と写経を続けておったのだと言うことだ。
一心に写経する様は僧としては正しかろうが、あの獣のようにギラついた目はいただけぬな。
ここまでの姿となるまでに、楠木に散々と扱われたのであろう。楠木が秀仲を嫌悪していると知りつつ任せた私が元凶であるが。
残りの、光来寺からの僧については、前院主である松浦様の隠れ庵を活用したようだ。
人目に触れぬ庵にて、修行僧の格好をさせ、修行僧のような日々を過ごさせていると。
それも一年、更には改心ができねばひと月ずつ増やすのだそうだ。
「あれらは畜生ですので、問題ございますまい」などと申す楠木の様は、やはり私の想定よりも苛烈であった。
しかし、この楠木と対等に会話していたと思うと、我が妻は殊の外並外れておるのであろうな。
勝手に決めて押し付けて来て。
それで喧嘩したことも、何回かあったっけ?
そのせいで、こうやって色々考えてくれるのが私への愛なんだという事も、知ってしまっているんだ。
すごくすごく厄介な事に。
「良いな?」
「良くないです」
ここまで一切彼の提案を肯定していないのに、なのに吉家様はフッと幸せそうに笑って。
笑いながら、立ち上がる。
まるで優翔君みたいに。優翔君が私の天邪鬼を聞き流す時のように。
「抱かれたくば抱いてやる故、申せよ」
捨て台詞のようにそう言って、吉家様は部屋を出て行かれた。
安心するような寂しいような、一人きりの空間。
私だけ取り残されたような、酷く不安定な心。
さっきまでどんな顔をして彼と喋っていたかも、分からなくて。自分を誤魔化すように小さく呟く事しかできなかった。
「そうならないので大丈夫です」
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我が妻と港にて分かれ、三日も歩けば見えて来るは、我が物となった聖雅院。
見慣れた豪奢な門扉に今更ながら嫌悪感が湧くは、しばらくの間離れていたからであろうか?
晴彦が駆けて行った直後、参拝者の列がざわめき立ち、何十もの視線がこちらを向いた。
微笑みを浮かべつつ伺ったが、特に挨拶せねばならぬ方はいらっしゃらなんだ。
門扉が近づいて来ると、僧兵が出迎えに現れる。それを見留めてすぐ楠木が私から離れた。
「また後ほど」
「あぁ」
例え僧兵相手とて、私と楠木の仲違いは見せつけておかねばならぬ。
「道明僧正様、お帰りなさいませ」
「今戻った。長く留守にしてすまぬな」
「いいえ、ご無事のお帰り心待ちにしておりました。お疲れでしょうし、お部屋へ戻られますか?」
「先ずは皆に挨拶をしたい。空来は何処におる?」
「空来様はこちらでございます」
門扉を潜り、境内を歩く。
広々としていても手入れが行き届き、霧巻一とも称される大庭園は、相も変わらず見物人が多い。
あぁ、あれは、商家の御一家であられるな。
年頃の娘御は熱心な仏教徒であられたが、今しばらくいらっしゃられるのであらばご挨拶に伺うか。
藩主様へは明日ご挨拶に伺うとして、庄屋様へはこちらから出向かずとも訪いがあるであろうし、であれば平素よりご寄付いただいている方々への文が優先か。
そこまで一息に思考し、目をやった先。
この醜悪な寺にそぐわぬ清廉としたお姿に、幼い頃の記憶が思い起こされた。
「お久しぶりでございますな」
「徳栄様、長くご挨拶に伺わずにいた失礼をお許しくださいませ」
八ツ笠が東山城にて、献身を持って志野原家を支える家臣、里中家。
当代の里中家当主の弟に当たる徳栄様は、八ツ笠に臨した霧巻の寺にて和尚を務められているお方だ。
その徳栄様が聖雅院にいらっしゃるのには、訳があった。
訳とは言うが、その実それほどまでに仰々しいものではなく、言わば楠木が不在の間の聖雅院の見張りだ。
長年、聖雅院より逃げ出した年少の僧や、晴彦の弟妹を匿って下さっていたお方だ。
昨今の聖雅院であらば、見張りとするには十分過ぎるお方であられた。
私が不在の間に、楠の手によって行われたのは大きく三つ。
徳栄様がいらっしゃられた事は前述したが、残りは秀仲への対処と、光来寺から送った者らへの処罰。
秀仲については文でも聞いていたが、実際に我が目にすると苦い笑みが漏れた。
この者は、楠木が「良し」とする写経ができるまで、延々と写経を続けておったのだと言うことだ。
一心に写経する様は僧としては正しかろうが、あの獣のようにギラついた目はいただけぬな。
ここまでの姿となるまでに、楠木に散々と扱われたのであろう。楠木が秀仲を嫌悪していると知りつつ任せた私が元凶であるが。
残りの、光来寺からの僧については、前院主である松浦様の隠れ庵を活用したようだ。
人目に触れぬ庵にて、修行僧の格好をさせ、修行僧のような日々を過ごさせていると。
それも一年、更には改心ができねばひと月ずつ増やすのだそうだ。
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