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第一章 江戸城にて
第七話 人肌の恋しさ
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三園様より文が届いたのは、帰り着いて三日目の夕であったか。
私宛ての文には、まるで客が遊女へ送るような、おぞましい言葉がいくつも綴られており、握りつぶしたくなる衝動に駆られた。
そう、怒りを感じたのだ。
これまでの私であれば、いや我が妻と出逢うより以前の私であれば、湧きもしなかった己の感情であった。
この体は、我が妻と、すみれと愛し合うためにあるのだと、幸福な時間の中で識ったのだ。
欲深き者らに蹂躙されるためにあるのではないと、識る事が出来たのだ。
すみれの愛によって。
お断りをと、思いつつ。しかし院主としての立場にも縛られた。
三園様はかねてよりこの聖雅院へ出資くださる、無下にはできぬお相手だ。
その上、幕府の要職を務められており、顔も利く。
私が断ったとて、ご縁を切ることはできぬが、そうなれば他の僧へと手を出されることは容易と想像がつく。
権力と立場を持ってして、年若き僧を毒牙に掛けられるであろうことは、分かり切っているのだ。
お断りをするは、我が身可愛さに他の僧を差し出すも同じ。
それは松浦様が行っていたのと、同等の行為にあたる。
であれば、この身を差し出すか。
すみれを愛するためにあるこの身を、差し出さねばならぬのか。
そのように愚考しつつも、面には出さず粛々と院主としての務めを果たす日々。
日が出ている内は良い、人目があるうちは院主としての姿を保っておれる故、良いのだ。
心が重くなるは、夜。独りで布団に入る折だ。
無意識に隣を向くも、そこには誰もおらず、深いため息が漏れてしまう。
まだ分かれたばかりだというに、愛おしい妻の温もりが酷く酷く恋しく感じられた。
------
めちゃくちゃ強引に引き留められてしまったから、こうなったら吉家様が嫌がる事でもして嫌われようかと本気で考えていたんだけど。
予想に反して、彼は本当にお喋りをしたかっただけ、らしかった。
夕方になり、お風呂に入らせてもらい、そのあと案内された吉家様の私室で、彼はくつろいだ様子で座っていた。
彼の前には二人分の膳が用意されていて、少し近いけど、でもちゃんと向かい合わせに用意をされていた。
当然のように人払いはされてしまったけれど、膳を挟んでいれば逃げようがあるか。なんて思ってしまったのは、だいぶ彼への警戒心が薄れてしまったからだろう。
ご馳走に釣られたからでも、お酒に釣られたからでもなくて、子どもができるまでは優翔君とよくサシ飲みしてたなぁって思ったから。だという事にしておこう。
私の席に用意されていたのは、吉家様のよりは品目が少ないけれどそれでも目が飛び出そうなご馳走で。お皿どころか膳自体も明らかに高級品な、贅沢晩ご飯だった。
お城の人には私についてどう説明してこのご馳走を用意したのかは謎だけど、藪蛇になりそうだから聞かないで置いた方が良さそうだ。
吉家様は、満足そうなお顔でずっとこちらを見ていた。
私の一挙手一投足をずっと見ていて、そのせいでずっと心臓はドキドキしていた。
ドキドキを気取られないようにすまし顔で席に着いたけど、何もおっしゃられないので勝手に「いただきます」をしてご飯を食べ始めることにした。
すると彼の手が、お猪口をこちらに向けてきた。
「酌をしてくれるか?」
「・・・はい」
お銚子からお酒を注いで差し上げると、嬉しそうに微笑まれて、そして私に視線をとどめたまま一息に呷る。
呷った後のはぁというため息は、私に届く前に掻き消えた。
届かないくらいの、きちんと他人の距離を保っていたから。
「そなたも一献どうだ?」
「お断りします」
「この吉家からの酒を断るのか?」
そうか、アルハラってこの時代もあるのか。
時代に伴って価値観が違うから、こういうところは優翔君と違うんだなぁ。
「以前その手口で痛い目を見せられたので」
「あぁ、そうであったな」
笑いながらお銚子を下げた吉家様は、お箸を手に取った。
その様子を見て、私も食事を始めることにした。
「江戸へは船で参ったのであろう?」
「はい」
「鹿谷からであれば長旅であったであろう」
「そこそこ長かったですね」
「であるのに、とんぼ返りをするつもりであったのか?」
「遊びで来たわけじゃないので」
「遊びでなくとも、わざわざ江戸へ参ったのじゃ、市中見物でもすれば良かろうに」
「そう、ですけど・・・」
「あぁ、そうか。長く開けると人肌が恋しくなるのか」
急に痛いところを付かれて、吹き出しそうになったお味噌汁をむせながら飲み込んだ。
普通の普通に喋っていたから油断していた。普通に親しいだけの人とご飯を食べる感覚になってしまっていた。
失礼を承知で吉家様へジト目を送る。
彼がこの後なんて言うか、分かってしまったから。
だというのに、それすら面白そうに笑いながら、私の非難すら受け止めてくれちゃうのだこの人は。
私宛ての文には、まるで客が遊女へ送るような、おぞましい言葉がいくつも綴られており、握りつぶしたくなる衝動に駆られた。
そう、怒りを感じたのだ。
これまでの私であれば、いや我が妻と出逢うより以前の私であれば、湧きもしなかった己の感情であった。
この体は、我が妻と、すみれと愛し合うためにあるのだと、幸福な時間の中で識ったのだ。
欲深き者らに蹂躙されるためにあるのではないと、識る事が出来たのだ。
すみれの愛によって。
お断りをと、思いつつ。しかし院主としての立場にも縛られた。
三園様はかねてよりこの聖雅院へ出資くださる、無下にはできぬお相手だ。
その上、幕府の要職を務められており、顔も利く。
私が断ったとて、ご縁を切ることはできぬが、そうなれば他の僧へと手を出されることは容易と想像がつく。
権力と立場を持ってして、年若き僧を毒牙に掛けられるであろうことは、分かり切っているのだ。
お断りをするは、我が身可愛さに他の僧を差し出すも同じ。
それは松浦様が行っていたのと、同等の行為にあたる。
であれば、この身を差し出すか。
すみれを愛するためにあるこの身を、差し出さねばならぬのか。
そのように愚考しつつも、面には出さず粛々と院主としての務めを果たす日々。
日が出ている内は良い、人目があるうちは院主としての姿を保っておれる故、良いのだ。
心が重くなるは、夜。独りで布団に入る折だ。
無意識に隣を向くも、そこには誰もおらず、深いため息が漏れてしまう。
まだ分かれたばかりだというに、愛おしい妻の温もりが酷く酷く恋しく感じられた。
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めちゃくちゃ強引に引き留められてしまったから、こうなったら吉家様が嫌がる事でもして嫌われようかと本気で考えていたんだけど。
予想に反して、彼は本当にお喋りをしたかっただけ、らしかった。
夕方になり、お風呂に入らせてもらい、そのあと案内された吉家様の私室で、彼はくつろいだ様子で座っていた。
彼の前には二人分の膳が用意されていて、少し近いけど、でもちゃんと向かい合わせに用意をされていた。
当然のように人払いはされてしまったけれど、膳を挟んでいれば逃げようがあるか。なんて思ってしまったのは、だいぶ彼への警戒心が薄れてしまったからだろう。
ご馳走に釣られたからでも、お酒に釣られたからでもなくて、子どもができるまでは優翔君とよくサシ飲みしてたなぁって思ったから。だという事にしておこう。
私の席に用意されていたのは、吉家様のよりは品目が少ないけれどそれでも目が飛び出そうなご馳走で。お皿どころか膳自体も明らかに高級品な、贅沢晩ご飯だった。
お城の人には私についてどう説明してこのご馳走を用意したのかは謎だけど、藪蛇になりそうだから聞かないで置いた方が良さそうだ。
吉家様は、満足そうなお顔でずっとこちらを見ていた。
私の一挙手一投足をずっと見ていて、そのせいでずっと心臓はドキドキしていた。
ドキドキを気取られないようにすまし顔で席に着いたけど、何もおっしゃられないので勝手に「いただきます」をしてご飯を食べ始めることにした。
すると彼の手が、お猪口をこちらに向けてきた。
「酌をしてくれるか?」
「・・・はい」
お銚子からお酒を注いで差し上げると、嬉しそうに微笑まれて、そして私に視線をとどめたまま一息に呷る。
呷った後のはぁというため息は、私に届く前に掻き消えた。
届かないくらいの、きちんと他人の距離を保っていたから。
「そなたも一献どうだ?」
「お断りします」
「この吉家からの酒を断るのか?」
そうか、アルハラってこの時代もあるのか。
時代に伴って価値観が違うから、こういうところは優翔君と違うんだなぁ。
「以前その手口で痛い目を見せられたので」
「あぁ、そうであったな」
笑いながらお銚子を下げた吉家様は、お箸を手に取った。
その様子を見て、私も食事を始めることにした。
「江戸へは船で参ったのであろう?」
「はい」
「鹿谷からであれば長旅であったであろう」
「そこそこ長かったですね」
「であるのに、とんぼ返りをするつもりであったのか?」
「遊びで来たわけじゃないので」
「遊びでなくとも、わざわざ江戸へ参ったのじゃ、市中見物でもすれば良かろうに」
「そう、ですけど・・・」
「あぁ、そうか。長く開けると人肌が恋しくなるのか」
急に痛いところを付かれて、吹き出しそうになったお味噌汁をむせながら飲み込んだ。
普通の普通に喋っていたから油断していた。普通に親しいだけの人とご飯を食べる感覚になってしまっていた。
失礼を承知で吉家様へジト目を送る。
彼がこの後なんて言うか、分かってしまったから。
だというのに、それすら面白そうに笑いながら、私の非難すら受け止めてくれちゃうのだこの人は。
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