聖女の私にできること第五巻

藤ノ千里

文字の大きさ
10 / 62
第一章 江戸城にて

第九話 屈強なお供を連れて

しおりを挟む
------
 お喋りが終わったらちゃんと部屋に返してくれたし、ちゃんと一人きりの部屋で、ちゃんと何事もなく朝を迎えることができた。
 以前あんな事をされたせいで多少身構えていたから、ちょっとだけ拍子抜け。
 でも優翔君も、付き合う前までは紳士だった。
 毎週末サシ飲みしても一軒だけだったし、部屋まで送り届けてくれたし。
 時代もあるかもだけどセクハラのセの字もないくらいの紳士対応で、下心があるなんて微塵も知らなかったくらいで。
 だから彼から告白された時、頭が真っ白になるくらい驚いたんだ。
 初めて握られた手が熱かったのを、今でも覚えている。
 いやでも違うよ。吉家様は確かに優翔君にそっくりだけど、優翔君じゃないもん。
 別人、なんだ。
 だって吉家様にはたくさん奥さんがいるんだから。
 不服にも、原因不明のモヤモヤを抱えながら優雅な朝ご飯を食べた。
 朝ご飯はなぜかお粥で、柔らかく煮込まれた出汁のしみたお野菜がゴロゴロで、さすがの江戸城はお粥まで豪華なのかと思いつつ、楚々そそとした庭を眺めながら食べた。
 ご飯の後は、何やら高価そうな服を勧められたけど、断って自分の服を着た。
 道明様の香りが付いているやつだ。知らないお香の匂いがする服なんて着る必要ないのだ。
 その後、侍女の人に「街に出たい」と言ったら、すぐに外出の用意をしてくれた。
 おそらく吉家様によって手配済みだったんだろう。お供という名の屈強なお侍様二人によって脇を固められ、まるで「逃がさない」と言われているような圧を感じつつだけど、江戸城のお堀からも出ることはできた。
 出て、江戸の街を見渡すと、道行く人が何事かとこちらを見ているのに気付く。
 これじゃあ、見張り付きの罪人みたいだ。
 こんなガタイの良い強面こわもて二人じゃなくて、もうちょっと優しそうな顔の人寄越してくれればまだ違ったのに・・・。
 心の中だけで愚痴りつつ、民家が立ち並ぶ通りの方へと足を向ける。
 碁盤の目とまではいかなくても、そこそこ整備されているのであろう道は分かりやすくて、迷子になる心配はなさそうだ。
 江戸城からちょっと離れると、民家も雰囲気が変わって来る。
 長屋ではあっても一つ一つの部屋が小さく、道にも色んなものが転がっていて、ちょっとよろしくない匂いも入り交じり始めた。
 そんな中で聞こえてきたのは、軽快な笑い声。
「あはは!良いねそれ!」
「だろ?描けたらまず俺んとこ持って来いよな!」
 聞こえてきた声を辿ると、軒先に置かれた木のベンチに知らないおじちゃんと玄さんが座って談笑中だった。
 おじちゃんの手には、何枚かの紙が握られているのが見えた。
「任せといて!明後日には仕上げるから!」
「楽しみにしとくぜぃ!」
「うん、じゃあね!」
 言いつつ、立ち上がった玄さんがこちらを向く。その笑顔がなぜか固まったようにも見えた。
「おはようございます」
「お、はよ!こんな早くから来てくれるなんて思わなかったよもう!」
 てっきり、お供の圧に驚いたのかと思ったけど、そちらの方は気にしてない感じ?
 気にしてるのは、さっきのおじさんの方・・・?
 気になって観察してみると、玄さんがチラッと見たのはおじさんの手元だった。
 あの紙、何か描かれているな・・・。
「何か描いたんですか?」
 以前玄さんが絵描きを自称していたのは覚えていたけど、彼が描いた絵を見たことはなくて。
 好奇心が抑えきれずに、玄さんの横をすり抜けておじさんの手元にある紙を・・・。
「あ!待って待って!それはまずいって!」
 すり抜けようとした玄さんの体が、目の前に立ち塞がる。通せんぼとばかりに腕を広げて、彼は苦笑いを浮かべていた。
「あれって玄さんが描いた絵じゃないんですか?」
「それはそうなんだけどさ、あれだよ人に見せるもんじゃない出来というかさ」
 まごつく玄さんの向こうで、おじさんは上機嫌で紙を見ているから多分今のは嘘だ。
 隠し事のひとつだろうか?紙が透けて、どうやら人が描かれた絵っぽい事は分かったけど。
「とにかく!場所移すよほら!智久さんとこ行くんだろ!」
「あ、そうでした。智久さんの宿って分かります?」
「あたしに任せといてよ。もう半分江戸っ子みたいなもんだからね」


 玄さんの案内で訪れたそこそこの宿屋の部屋。
 護衛任務を取り上げられたせいか、智久さんは少し「面目ない」という顔をしていた。
「内緒話をするかもなので一階で待っててくれません?」
 智久さんの部屋は二階にあったから、見張りなら一階で階段でも見ててくれれば事足りるだろうと、ダメ元で提案してみた。
 けどお供二人ともに首を横に振られてしまって、あえなく撃沈。
 これあれか、逃げないようにだけじゃなくて、変な事を話さないようにの見張りでもあるのか。
 仕方なく、部屋の中央辺りに腰を下ろす。
 お供達は、襖を閉めた上で出入りを塞ぐように座った。
「さっきも思ったけどずいぶんけったいな護衛だねぇ」
「そうなんですよね・・・」
 思わずため息が漏れそうになり、慌てて取り繕った。迂闊に不満を口にしてしまうと後が怖い。
 このお供の報告を聞くのは吉家様だけではないのだろうから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

処理中です...