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第1章
紐解いて 5
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使用人の食堂で朝食を食べていると、雄一郎さんに呼ばれた。
「瑠衣、今日、久しぶりに集まることになったから、来い」
「……分かりました」
最近は大学卒業に向けて学業が忙しいようで、デッサン会は久しく開かれていなかった。だからいつになく平穏な日々を過ごしていたので油断していた。
あぁ……僕はまた皆の前で裸にならないといけないのか。
寒いし恥ずかしいし、何より視線が不快なんだ。
部屋の電気は煌々と明るく、真っ白なシーツの上で言われたポーズを取らされ、じっと我慢し続ける。僕の大っ嫌いな白い世界に追い詰められ……時々、自分の息が止まってしまうのではと思うほどの耐えがたい時間だ。
(苦しい……嫌だ。やりたくない)
喉元まで出かかったが、それは僕には絶対に許されない言葉だった。
放課後の事を考えると、暗いため息しか漏れてこない。
「瑠衣、今の話はなんだ? 雄一郎さまと何を話していた? まさか彼の部屋に行っているのか」
「あっ、いえ……その……雄一郎さまの気晴らしに……話し相手をしているだけです」
「話し相手だと?」
「はい……」
ヌードモデルをしていることは、雄一郎さんから固く口止めされていたので絶対に言えない。
「瑠衣……困った事があったら、私には話してほしい」
「大丈夫です。ありがとうございます」
最近、海里の他にもう一人、僕を気にかけてくれる人が出来た。
海里の面倒を主にみている執事の田村さんで、ご当主さまより年上の立派で頼もしい男性だ。その人がなぜか時折、僕を息子のように気にかけてくれている。
彼は母の上司だったので、時折母の思い出話をしてくれるのが、密かに嬉しかった。
母の写真は一枚もない。
母の素性も分からない。
僕の中には、母の記憶は6歳の時までしかない。
だからこそ田村さんが語ってくれる母の面影は貴重だった。
東北からやってきた母の名は、霧島結衣。雪のような色白の肌に黒髪が似合う美しい人で……泣くと目が充血して真っ赤になって困っていたそうだ。この特性は僕にも受け継がれている。泣くと目が赤くなるので『兎の目みたいね』と、かあさんによく言われた記憶がある。
そしてかあさんが残してくれた「どんなに辛くても生きていればきっと……」という言葉が、僕の生きる糧だ。
だから僕は人前で泣かない。
歯を食いしばってでも、泣かない。
どんなに蔑まれつらくても……泣くものか。
「そろそろ学校の時間だろう。ここはいいから行きなさい」
「田村さん、ありがとうございます」
ご当主さまは、約束通り、僕を小学校から高校まで、きちんと通わせてくれた。海里が通う私学ではないが、充分だった。このまま日陰暮らしで屋敷の使用人として一生を終えるにしても、勉強をしてみたかったので嬉しかった。
そんな僕も、もう高校2年生だ。
同級生は大学進学や就職の話をするが、僕はどうしたらいいのか見当もつかない。
お屋敷の使用人として、このまま生涯を全うするのが妥当だろう。
夢も希望も抱けない日常に、自分を埋没させていけばいい。
そんな暗いことしか、思いつかない。
「おい、瑠衣、また泣きそうな顔しているぞ」
「えっ、そんなことない」
「何かあったのか」
「何も……」
登校するため一緒に家を出た海里に言われて、気が引き締まった。
泣かない僕を泣かそうとするのは、いつだって僕の異母兄弟の海里だ。
「最近は兄さんの部屋に行っていないようで、安心したよ」
「……うん」
「何か困った事があったら、俺を頼れ。お前は俺の前でなら泣けるだろう」
「……ありがとう」
海里、君はいつも優しいね。
君にだけは、迷惑をかけたくない。
だから何が起きようとも、ひとりで耐える覚悟だ。
「瑠衣、今日、久しぶりに集まることになったから、来い」
「……分かりました」
最近は大学卒業に向けて学業が忙しいようで、デッサン会は久しく開かれていなかった。だからいつになく平穏な日々を過ごしていたので油断していた。
あぁ……僕はまた皆の前で裸にならないといけないのか。
寒いし恥ずかしいし、何より視線が不快なんだ。
部屋の電気は煌々と明るく、真っ白なシーツの上で言われたポーズを取らされ、じっと我慢し続ける。僕の大っ嫌いな白い世界に追い詰められ……時々、自分の息が止まってしまうのではと思うほどの耐えがたい時間だ。
(苦しい……嫌だ。やりたくない)
喉元まで出かかったが、それは僕には絶対に許されない言葉だった。
放課後の事を考えると、暗いため息しか漏れてこない。
「瑠衣、今の話はなんだ? 雄一郎さまと何を話していた? まさか彼の部屋に行っているのか」
「あっ、いえ……その……雄一郎さまの気晴らしに……話し相手をしているだけです」
「話し相手だと?」
「はい……」
ヌードモデルをしていることは、雄一郎さんから固く口止めされていたので絶対に言えない。
「瑠衣……困った事があったら、私には話してほしい」
「大丈夫です。ありがとうございます」
最近、海里の他にもう一人、僕を気にかけてくれる人が出来た。
海里の面倒を主にみている執事の田村さんで、ご当主さまより年上の立派で頼もしい男性だ。その人がなぜか時折、僕を息子のように気にかけてくれている。
彼は母の上司だったので、時折母の思い出話をしてくれるのが、密かに嬉しかった。
母の写真は一枚もない。
母の素性も分からない。
僕の中には、母の記憶は6歳の時までしかない。
だからこそ田村さんが語ってくれる母の面影は貴重だった。
東北からやってきた母の名は、霧島結衣。雪のような色白の肌に黒髪が似合う美しい人で……泣くと目が充血して真っ赤になって困っていたそうだ。この特性は僕にも受け継がれている。泣くと目が赤くなるので『兎の目みたいね』と、かあさんによく言われた記憶がある。
そしてかあさんが残してくれた「どんなに辛くても生きていればきっと……」という言葉が、僕の生きる糧だ。
だから僕は人前で泣かない。
歯を食いしばってでも、泣かない。
どんなに蔑まれつらくても……泣くものか。
「そろそろ学校の時間だろう。ここはいいから行きなさい」
「田村さん、ありがとうございます」
ご当主さまは、約束通り、僕を小学校から高校まで、きちんと通わせてくれた。海里が通う私学ではないが、充分だった。このまま日陰暮らしで屋敷の使用人として一生を終えるにしても、勉強をしてみたかったので嬉しかった。
そんな僕も、もう高校2年生だ。
同級生は大学進学や就職の話をするが、僕はどうしたらいいのか見当もつかない。
お屋敷の使用人として、このまま生涯を全うするのが妥当だろう。
夢も希望も抱けない日常に、自分を埋没させていけばいい。
そんな暗いことしか、思いつかない。
「おい、瑠衣、また泣きそうな顔しているぞ」
「えっ、そんなことない」
「何かあったのか」
「何も……」
登校するため一緒に家を出た海里に言われて、気が引き締まった。
泣かない僕を泣かそうとするのは、いつだって僕の異母兄弟の海里だ。
「最近は兄さんの部屋に行っていないようで、安心したよ」
「……うん」
「何か困った事があったら、俺を頼れ。お前は俺の前でなら泣けるだろう」
「……ありがとう」
海里、君はいつも優しいね。
君にだけは、迷惑をかけたくない。
だから何が起きようとも、ひとりで耐える覚悟だ。
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