ランドマーク ~そこに君がいてくれるから~

志生帆 海

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第2章

霧の都 4

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 空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな生憎の天気だった。
「雨が降りそうだな……やはり公園はやめておこうかな」
 だが午後になっても曇天のままだったので、出かけることにした。
 ひとりで外国の街を歩くのは初めてなので、緊張する。
 でもここは海里と何度か来たことがある場所だ。
 ロンドン市民の憩いの場なので和やかな空気で包まれており、都会の中とは思えない緑溢れる広大な公園だ。サギや水鳥の繁殖地で、夏にはボート遊びもできる大きな湖や、子供たちのための遊び場などが点在している。

 そうだ、そろそろ薔薇が咲きだしているかも。
 公園内には3万本以上のバラが咲く庭園があると、海里が教えてくれた。

 見てみたい。行ってみようか。
 ロンドンでは、僕の行動に制約はない。僕は行きたい所に足を運び、見たいものを見ることが出来る。
 それが嬉しくて──

 まるで宮殿の庭のように端正な英国式庭園English Gardenに、母が読んでくれた、おとぎの世界に迷い込んだような錯覚に陥る。
「あら、霧が出て来るわ」
「この時期に珍しいわね」
「見えなくなる前に帰りましょう」

 辺りからそんな声が聞こえてくるが、構わない。
 だが残念ながら、薔薇はまだ固い蕾だった。
「少し早かったみたいだ。見頃はいつだろう?」
 背丈ほどある大きな薔薇の株は、まるで迷路のよう。そこに白い霧が迷い込んで来るので、歩いているうちに出口が分からなくなってしまった。
「あれ? またここだ。どうしよう……迷ったかも」
 最初はのんびり構えていたのだが、次第に不安になってきた。四方八方が白い世界で、急に怖くなった。

 白い世界に憧れていた僕は、同時に白い世界が怖い。
 それを忘れていた。
 母が亡くなった時、見上げた白い天井、あの日の悲しみ。
 白いシーツに押し倒された、あの日の屈辱。

「うっ……」
 急に、あの日のことを思い出してしまった。
 もう記憶の奥底に沈めたはずなのに!
 誰にも見られない白い世界で、僕は人知れず涙を流した。
「うっ……うう」
 泣くに泣けなかった僕……
 湿った芝生に膝をついて、嗚咽した。
 やっぱり僕はひとりだ。
 こんなに悲しく苦しくても、誰も傍にいない。
 白い霧が真綿のように僕を追い詰めてくる。
「いやだっ──」
 発作的に、闇雲に走り出していた。
 誰に追われているわけでもない。
 追われているとしたら、僕の苦しく悲しい過去の記憶に!

 すると……突然
「君、危ない!」
「えっ!」
 腕を引っ張られてバランスを崩して、芝生にゴロゴロと転がってしまった。
 僕以外の誰かと一緒に……
「ふぅ、危なかったな。この先は湖だぜ」
「えっ……湖?」
 相手の顔は、濃い霧に隠れていて見えない。
 誰……?
 僕を引き留めて、助けてくれたのは……

 やがて風の流れが急に変わり、さっと目の前の視界が開けた。

 至近距離に、アッシュブロンドに碧眼の青年の顔があり、驚いた。
 
 相手も僕を見て、ギョッと目を見開いている。

 
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