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第2章
霧の都 5
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突然腕を引っ張られたので大きくバランスを崩し、濡れた芝生に転んでしまった。
しかも助けてくれた青年もつられて転倒したので、僕の上に跨がるかたちになってしまった。端から見たら男女が睦みあっているような際どい姿勢に激しく動揺した。でも不快ではなく、心臓がドクンと跳ねた。
えっ、もしかして、彼の手のひらが、ちょうど僕の胸元にぴたりとあたっている?
「あ、あの……っ!」
「君。女の子かと思ったら、男の子なのか」
「何を言って? どこをどう見ても僕はれっきとした男だ!」
確かに女顔かもしれないが、僕はれっきとした男だ。
「だよな。胸も平らだし……おっと失礼。しかし見てみろよ。あと一歩で湖にポチャンだったぞ。あそこは結構深いから気をつけろよ」
霧が晴れ視界が開くと、どんどん僕のいる世界がクリアになっていく。
前方を見て、ぞくっとした。
彼の言う通りだ。白い霧の中をやみくもに走った僕は、恐ろしい事に湖に向かって直進していたようだ。冷たい湖面に落ちたら大変なことになる。彼に引き留めてもらえて良かった。とにかく助けてもらったお礼を言わないと。
「あの……ありがとう」
「ふぅん、英語が上手なんだね」
「そうかな?」
彼にじっと顔をのぞき込まれて、無性に恥ずかしくなった。転入したハイスクールではクラスメイトと話す時も行き帰りも、まるで僕を守るように海里が傍にいてくれたから、こんな風に一対一で、外国人と話すのは初めてだ。
僕の英語、ちゃんと聞き取れて良かった。通じて良かった。
この分なら日常会話なら、何とかなりそうだ。
海里ともなるべく英語で会話してもらい、必死に努力した結果が出ていることにホッとした。
「君は……どこから来たの?」
「あ……日本から」
「日本か……だから黒髪なのか」
彼は不思議そうな顔をした。
典型的な英国人の顔つきの青年は、吸い込まれそうな碧い瞳をしている。
「日本人って若く見えるのに、君はぐっと大人っぽいね」
「えっ」
大人っぽく見えるのは……
きっと早くに母を亡くし、甘えられる機会が少なかったせいだ。
子供のままでいられなかったのだ。
少しだけ……やるせない気持ちになった。
「……そうかな」
「あっ何か失礼な事を言った? ごめんな」
「いや、大丈夫だ」
「ところで、ここで何を?」
「……散歩を。薔薇がきれいかと思って」
「くくっ、可愛い事を。君はまだ高校生だろ? 今から休日に散歩だなんて老成してんな。もしかしてロンドンに不慣れなのか」
「……それは、まだ……渡英して間もないから」
「なるほど。よかったら俺が案内してやるよ。何しろ生粋のロンドンっ子だからさ」
「え、そんな」
突然の申し出に、たじろいでしまった。
「信用ない? まずは俺たち『友達』になろうよ! 来週、同じ時間に、ここでまた会おうぜ!」
「え、あの、ちょっと待って!」
「I can't wait to see you! 」
彼はすっと立ち上がり、ズボンについた芝生を手で払って勢いよく走り去ってしまった。
背中に大きなリュックを背負っている。
どこかに行く途中だったのかな。
それにしても驚いた。
ロンドンを案内してくれるって?
異国の君が、異国から来た僕を……
『友達になろう』
『また会おう』
そんな風にさりげなく、それでいて強引に誘われたのは、初めてだ。
僕を助けてくれてありがとう
心の中で、つぶやいた。
日本にいた頃、いつも深く冷たい世界に興味を持っていた。
生きている意味を見いだせなくて――
でも今は違う。限られた時間かもしれないが、僕は僕らしく人間らしく生きてみたいと願っている。
それに……ロンドンで解き放たれた生活を始め、海里と夜な夜な話すうちに、僕も年相応に『恋』というものに憧れを抱き、興味が湧いてきた。だから海里の質問には素直に答えた。
『劇的な恋がしたい……』
どうしてこのタイミングで、そのことを思い出すのか。
しかも助けてくれた青年もつられて転倒したので、僕の上に跨がるかたちになってしまった。端から見たら男女が睦みあっているような際どい姿勢に激しく動揺した。でも不快ではなく、心臓がドクンと跳ねた。
えっ、もしかして、彼の手のひらが、ちょうど僕の胸元にぴたりとあたっている?
「あ、あの……っ!」
「君。女の子かと思ったら、男の子なのか」
「何を言って? どこをどう見ても僕はれっきとした男だ!」
確かに女顔かもしれないが、僕はれっきとした男だ。
「だよな。胸も平らだし……おっと失礼。しかし見てみろよ。あと一歩で湖にポチャンだったぞ。あそこは結構深いから気をつけろよ」
霧が晴れ視界が開くと、どんどん僕のいる世界がクリアになっていく。
前方を見て、ぞくっとした。
彼の言う通りだ。白い霧の中をやみくもに走った僕は、恐ろしい事に湖に向かって直進していたようだ。冷たい湖面に落ちたら大変なことになる。彼に引き留めてもらえて良かった。とにかく助けてもらったお礼を言わないと。
「あの……ありがとう」
「ふぅん、英語が上手なんだね」
「そうかな?」
彼にじっと顔をのぞき込まれて、無性に恥ずかしくなった。転入したハイスクールではクラスメイトと話す時も行き帰りも、まるで僕を守るように海里が傍にいてくれたから、こんな風に一対一で、外国人と話すのは初めてだ。
僕の英語、ちゃんと聞き取れて良かった。通じて良かった。
この分なら日常会話なら、何とかなりそうだ。
海里ともなるべく英語で会話してもらい、必死に努力した結果が出ていることにホッとした。
「君は……どこから来たの?」
「あ……日本から」
「日本か……だから黒髪なのか」
彼は不思議そうな顔をした。
典型的な英国人の顔つきの青年は、吸い込まれそうな碧い瞳をしている。
「日本人って若く見えるのに、君はぐっと大人っぽいね」
「えっ」
大人っぽく見えるのは……
きっと早くに母を亡くし、甘えられる機会が少なかったせいだ。
子供のままでいられなかったのだ。
少しだけ……やるせない気持ちになった。
「……そうかな」
「あっ何か失礼な事を言った? ごめんな」
「いや、大丈夫だ」
「ところで、ここで何を?」
「……散歩を。薔薇がきれいかと思って」
「くくっ、可愛い事を。君はまだ高校生だろ? 今から休日に散歩だなんて老成してんな。もしかしてロンドンに不慣れなのか」
「……それは、まだ……渡英して間もないから」
「なるほど。よかったら俺が案内してやるよ。何しろ生粋のロンドンっ子だからさ」
「え、そんな」
突然の申し出に、たじろいでしまった。
「信用ない? まずは俺たち『友達』になろうよ! 来週、同じ時間に、ここでまた会おうぜ!」
「え、あの、ちょっと待って!」
「I can't wait to see you! 」
彼はすっと立ち上がり、ズボンについた芝生を手で払って勢いよく走り去ってしまった。
背中に大きなリュックを背負っている。
どこかに行く途中だったのかな。
それにしても驚いた。
ロンドンを案内してくれるって?
異国の君が、異国から来た僕を……
『友達になろう』
『また会おう』
そんな風にさりげなく、それでいて強引に誘われたのは、初めてだ。
僕を助けてくれてありがとう
心の中で、つぶやいた。
日本にいた頃、いつも深く冷たい世界に興味を持っていた。
生きている意味を見いだせなくて――
でも今は違う。限られた時間かもしれないが、僕は僕らしく人間らしく生きてみたいと願っている。
それに……ロンドンで解き放たれた生活を始め、海里と夜な夜な話すうちに、僕も年相応に『恋』というものに憧れを抱き、興味が湧いてきた。だから海里の質問には素直に答えた。
『劇的な恋がしたい……』
どうしてこのタイミングで、そのことを思い出すのか。
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