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小学生編
しあわせ図鑑 30
午後のプログラム、「模擬裁判」が始まった。
弁護士さんたちが壇上に立ち、模擬裁判の劇を披露してくれる。
「赤ずきんちゃんに出てきた悪いオオカミが改心していい子になったのに、森で友達の狐と大喧嘩をして転ばせてしまった」という童話仕立ての内容なので、頭に入りやすかった。
そこからの議題は「小学校のお昼休みに、けんかで友達を押してしまった場合、どう行動すべきか」で、傍聴席に座った子どもたち一人ひとりに意見を求められる。
どうしよう、もうすぐボクの番だ。
さっきまで楽しかったのに、急に胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
周りの目が冷たく感じるのはなぜだろう?
もしかして、さっきの法律クイズで僕ばかり手を挙げちゃったから?
6年生を差し置いて、出しゃばりすぎだと思われたかもしれない。
弱気になると、膝の上の手がカタカタと震えだす。
俯いていると、隣の男の子が小さな声で話しかけてくれた。
「ひるむことないよ」
「えっ?」
「さっきのクイズのことだけど、君の知識は君が努力して吸収したものだよね。それを黙ってる方が、教えてくれた人に悪いよ。もし悔しいと思うなら、自分で努力すればいいだけさ」
まっすぐな瞳に、胸の奥がじんと熱くなる。
そうだ、ぜんぶ憲吾おじさんに教えてもらったんだ。
おじさんと歩きながら交わした会話を思い出す。
「芽生、もしここにお金が落ちていたらどうする?」
「芽生、もしも道に人が倒れていたらどうする?」
おじさんの質問に、自分で答えを出してきたんだよ。
けっして誰かを見下したくて答えたわけじゃない。
おじさんが教えてくれたことを、大切にしたかっただけなんだ。
思い切って顔を上げると、少し離れた場所で憲吾おじさんが心配そうに見守ってくれていた。目が合った瞬間、ほっとしたように微笑んでくれたので、胸のもやもやがすっと晴れた。
「では、次は滝沢くん、前に出て下さい。君の意見を聞かせてもらえますか?」
深呼吸して、歩き出す。
「僕は……もしも悪いことをしてしまったときは、逃げずにちゃんと対処することが大事だと思います。まずその場で謝って……けがをさせてしまったら保健室に連れていく。そして困ったら信頼できる大人に相談する……そうすることで、少しでも被害を減らせるし、被害にあった人の心もケアできると思います」
言葉を言い終えると、会場の後ろから小さな拍手が聞こえ、やがてそれが会場全体に広がった。
振り返ると、いつの間にか親御さんたちが静かに見守ってくれていた。その中に、父さんとお兄ちゃんの姿もあった。
さっきまで感じていた冷たい視線はもうなくなっていた。
隣の男の子に小さく「ありがとう」と言うと、「かっこよかったよ」と微笑んでくれた。
****
弁護士会館に到着すると、宗吾さんが腕時計を見ながら立っていた。
「お、瑞樹! 間に合ったな」
「はい! なんとか」
「行くぞ、模擬裁判、親も見学できるってさ」
「そうなんですね」
会場は既に大勢の親御さんで席が埋まっていたので、僕たちは壁際で立ち見をすることにした。
「芽生くんは?」
「あそこだ」
「……様子が少し変ですね」
「そうだな、かなり緊張しているようだな」
うつむく芽生くんを見て、胸がぎゅっと切なくなる。
芽生くん、君は君らしくでいいんだよ。
心の中で静かにエールを送っていると、芽生くんの発言の番になった。
芽生くんらしい正義感あふれる意見に感動して、思わず拍手してしまう。
僕の拍手は会場全体に広がり、芽生くんの笑顔につながった。
同時に芽生くんの言葉によって、今まで思い出さないようにしていたあのストーカー事件の加害者のことが、ふと頭をよぎった。
僕が窓から飛び降りて逃げたから、状況は少し違う。事件後、僕はしばらく入院していたので、直接あの男と顔を合わせることはなかった。実刑判決を受けたのは知っているが、その後の足取りは分からない。
あの男に情をかけるつもりはない。
ただ、どこかでまっとうに生きていてくれたら……と思う。
してしまったことは消えないが、どうか反省し、心を改めて生きてほしい。
この世に生まれ、今を生きているのだから、どうか、そうであってほしい。
「瑞樹、どうした?」
「あ……いや、今まで考えたこともない方向に……心が向いてしまって」
「……そうか……あまり心配かけんなよ」
「はい、ただ……守りたい人がいるので、優しく強くありたいなと」
宗吾さんと芽生くんがくれたのは、心を広げる余裕と勇気。
僕はもう、何があっても羽を折られることはない。
高く、高く飛べるようになったのだから。
芽生くんがほっとした表情で席に戻り、僕に向かって微笑んでくれる。
その笑顔に、僕の胸はポカポカと温かくなる。
「芽生くんの意見、とても良かったですね」
「あぁ、芽生の行動力と優しさは、俺たちのいいとこどりだな」
「僕たちの……いい言葉ですね」
「当たり前だろう。二人で育てているんだから」
芽生くんの成長は、僕の心の成長にも直結しているようだ。
僕も少しずつ、心を広げて生きていこう。
子どもが成長するように、一歩一歩丁寧に、確実に。
弁護士さんたちが壇上に立ち、模擬裁判の劇を披露してくれる。
「赤ずきんちゃんに出てきた悪いオオカミが改心していい子になったのに、森で友達の狐と大喧嘩をして転ばせてしまった」という童話仕立ての内容なので、頭に入りやすかった。
そこからの議題は「小学校のお昼休みに、けんかで友達を押してしまった場合、どう行動すべきか」で、傍聴席に座った子どもたち一人ひとりに意見を求められる。
どうしよう、もうすぐボクの番だ。
さっきまで楽しかったのに、急に胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
周りの目が冷たく感じるのはなぜだろう?
もしかして、さっきの法律クイズで僕ばかり手を挙げちゃったから?
6年生を差し置いて、出しゃばりすぎだと思われたかもしれない。
弱気になると、膝の上の手がカタカタと震えだす。
俯いていると、隣の男の子が小さな声で話しかけてくれた。
「ひるむことないよ」
「えっ?」
「さっきのクイズのことだけど、君の知識は君が努力して吸収したものだよね。それを黙ってる方が、教えてくれた人に悪いよ。もし悔しいと思うなら、自分で努力すればいいだけさ」
まっすぐな瞳に、胸の奥がじんと熱くなる。
そうだ、ぜんぶ憲吾おじさんに教えてもらったんだ。
おじさんと歩きながら交わした会話を思い出す。
「芽生、もしここにお金が落ちていたらどうする?」
「芽生、もしも道に人が倒れていたらどうする?」
おじさんの質問に、自分で答えを出してきたんだよ。
けっして誰かを見下したくて答えたわけじゃない。
おじさんが教えてくれたことを、大切にしたかっただけなんだ。
思い切って顔を上げると、少し離れた場所で憲吾おじさんが心配そうに見守ってくれていた。目が合った瞬間、ほっとしたように微笑んでくれたので、胸のもやもやがすっと晴れた。
「では、次は滝沢くん、前に出て下さい。君の意見を聞かせてもらえますか?」
深呼吸して、歩き出す。
「僕は……もしも悪いことをしてしまったときは、逃げずにちゃんと対処することが大事だと思います。まずその場で謝って……けがをさせてしまったら保健室に連れていく。そして困ったら信頼できる大人に相談する……そうすることで、少しでも被害を減らせるし、被害にあった人の心もケアできると思います」
言葉を言い終えると、会場の後ろから小さな拍手が聞こえ、やがてそれが会場全体に広がった。
振り返ると、いつの間にか親御さんたちが静かに見守ってくれていた。その中に、父さんとお兄ちゃんの姿もあった。
さっきまで感じていた冷たい視線はもうなくなっていた。
隣の男の子に小さく「ありがとう」と言うと、「かっこよかったよ」と微笑んでくれた。
****
弁護士会館に到着すると、宗吾さんが腕時計を見ながら立っていた。
「お、瑞樹! 間に合ったな」
「はい! なんとか」
「行くぞ、模擬裁判、親も見学できるってさ」
「そうなんですね」
会場は既に大勢の親御さんで席が埋まっていたので、僕たちは壁際で立ち見をすることにした。
「芽生くんは?」
「あそこだ」
「……様子が少し変ですね」
「そうだな、かなり緊張しているようだな」
うつむく芽生くんを見て、胸がぎゅっと切なくなる。
芽生くん、君は君らしくでいいんだよ。
心の中で静かにエールを送っていると、芽生くんの発言の番になった。
芽生くんらしい正義感あふれる意見に感動して、思わず拍手してしまう。
僕の拍手は会場全体に広がり、芽生くんの笑顔につながった。
同時に芽生くんの言葉によって、今まで思い出さないようにしていたあのストーカー事件の加害者のことが、ふと頭をよぎった。
僕が窓から飛び降りて逃げたから、状況は少し違う。事件後、僕はしばらく入院していたので、直接あの男と顔を合わせることはなかった。実刑判決を受けたのは知っているが、その後の足取りは分からない。
あの男に情をかけるつもりはない。
ただ、どこかでまっとうに生きていてくれたら……と思う。
してしまったことは消えないが、どうか反省し、心を改めて生きてほしい。
この世に生まれ、今を生きているのだから、どうか、そうであってほしい。
「瑞樹、どうした?」
「あ……いや、今まで考えたこともない方向に……心が向いてしまって」
「……そうか……あまり心配かけんなよ」
「はい、ただ……守りたい人がいるので、優しく強くありたいなと」
宗吾さんと芽生くんがくれたのは、心を広げる余裕と勇気。
僕はもう、何があっても羽を折られることはない。
高く、高く飛べるようになったのだから。
芽生くんがほっとした表情で席に戻り、僕に向かって微笑んでくれる。
その笑顔に、僕の胸はポカポカと温かくなる。
「芽生くんの意見、とても良かったですね」
「あぁ、芽生の行動力と優しさは、俺たちのいいとこどりだな」
「僕たちの……いい言葉ですね」
「当たり前だろう。二人で育てているんだから」
芽生くんの成長は、僕の心の成長にも直結しているようだ。
僕も少しずつ、心を広げて生きていこう。
子どもが成長するように、一歩一歩丁寧に、確実に。
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