幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
1,846 / 1,871
小学生編

しあわせ図鑑 42

 キッチンカウンターの上に並べたカップを拭き終え、俺はゆっくりと手を止めた。

 頭の中に、瑞樹と宗吾さんと芽生坊が仲良く並んで帰っていく様子が浮かんだ。

 確かに見た光景だ。

 三人の背中は柔らかい空気に包まれ、ゆっくりと遠ざかっていった。

 それにしても……瑞樹はよく笑うようになった。

 いまは宗吾さんと芽生くんを想い、三人で支え合って生きている。

 それだけで胸の奥が熱くなる。

「瑞樹は強くなったな」

 誰に聞かせるでもなく呟いた。

 さっきまで瑞樹がいた場所には、スワッグの花の香りが微かに漂い、灯りを落とした店内に、幸せの余韻だけが残っていた。

 ふと、昔の記憶が胸をよぎる。

 十歳の瑞樹を初めて迎えた日のこと。

 両親と弟を亡くしたばかりで、誰とも目を合わせられず、周囲の様子を伺っては、怖がるように震えていた。

 あの時の瑞樹は、まるで冬の海のようだった。

 凍えるほどに静かで、深く、悲しみを抱えていた。

 特に最初は、感情をほとんど失っていた。

 泣くことも笑うことも忘れてしまったように、呆然としていた。

 だから俺はただただ抱きしめてやった。

 忙しい母さんのかわりになりたかったし、兄として大切な弟を守ってやりたかった。

 温もりがあれば、いつか雪は溶けると信じて。

 ようやく瑞樹が小さな体を震わせて精一杯泣けた時は、この子を絶対に守ると、胸に誓った。

 あの日から長い長い月日が流れた。

 今日の瑞樹の様子を見て、感動した。

 小さな子に笑顔をふりまき、優しく丁寧に教える姿。

 最初は緊張していた子供たちが、瑞樹の優しさに触れ、みんな笑顔になった。

 瑞樹が笑顔を運んでくれたんだ。

 その事実が、何より嬉しかった。

「兄さん、また来るから」

 最後にそう言ってくれた瑞樹の声が、耳の奥に残っている。

 まるで、新緑の季節の陽だまりのようだった。

 耳を澄ますと、隣の部屋から、優美とみっちゃんの寝息が微かに聞こえる。

 優美の熱も下がってきてよかった。

 みっちゃん、優美についていてくれてありがとう。

 二人とも今日はよく頑張った。

 そして俺も頑張った。

 花育イベントが無事に終わり、子どもたちが笑顔で帰っていったのを見届けたあと、瑞樹が来てくれたことが何よりも俺にとってのご褒美だったと思った。

 家の空気がぐっと柔らかくなっていることに気づいた。

 心に花が咲くとは、こういうことなのかもしれない。

 俺はキッチンの電気を消し、愛しい妻と可愛い娘の元に向かった。

 窓の外を見上げると、雲の切れ間から美しい月が覗いていた。

 過去は過去。

 今は今なんだな。

 きっと瑞樹も同じことを思っているような気がする。

 どんなに辛い過去があったとしても、人は心持ち次第でちゃんと前に進める。

 その姿を、瑞樹が教えてくれた。

 瑞樹が笑っている世界が好きだ。

 この先も、優しい夜が続いていきますように。

 俺にとっても、瑞樹にとっても。



****

 ホテルの部屋で、ボクは色鉛筆やノートを広げたよ。

「今日のしあわせ図鑑、書くね」

 ボクのページには、今日のお兄ちゃんのことを書くつもりだよ。お兄ちゃんは、花育イベントの時、みんなにすごく優しくて、まるでお花の妖精みたいに、笑顔を咲かせていた。

 その様子を思い出しながら、丁寧に絵を描いたよ。

 お兄ちゃんのことを想うと、心がぽっとあたたかくなったよ。

 最後に……

『ボクも自分を必要とされているとき、ためらわずに手伝える出番を大切にしたいです』

 と書いたんだ。

 ボクがお兄ちゃんの隣で笑っている絵も描いたよ。

 ぴょんとお花に手を伸ばして、お兄ちゃんのお手伝いをしている姿。

 ページが少しずつカラフルに元気になっていく。

 今日のしあわせは、ずっと忘れない。

 大切な人と過ごす時間っていいな。

 ボクの図鑑に輝く宝物になるよ。
感想 88

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。