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発展編
任せる勇気 2
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人手不足なのは承知していた。
本当は作業の助手が欲しかったが、四宮先生が急遽抜けたため人員の配置がままならぬ状況なのは理解していた。だからそんなことはとても言い出せなかった。
そもそもつい先日まで僕がアシスタントだったのだから、そんな要求を出来る立場でないのも理解していた。
とにかくアシスタントなしで切り抜けるしかない。せめて効率よく出来るようにと前日の段階で準備出来る所まではしておいた。でもいざホテルの披露宴会場を飾りつけ出すと、その広さとやるべき作業の多さに茫然としてしまった。
アシスタントをしていた時は何も考えずに先生の指示通り動くだけだったが、広い会場の装飾をひとりで仕切ることに恐怖を覚えてしまい、ガチガチに躰も頭も強張ってしまった。
「瑞樹、肩の力もっと抜けよ、お前が楽しまなくちゃ良いものが出来ないぞ」
兄さんの力強い声が背後から届いた。
そうだ、僕には兄さんがいる。サポートしてもらえる。
「瑞樹は肩を痛めているから上方の飾りは俺がやる。お前は的確に指示を出せ」
「そんな、僕が兄さんに指示なんて……」
いつだって兄さんは僕の前を歩く人だったから、兄さんに指示なんて出したことない。兄さんがそう言ってくれても、上手く口に出せないで戸惑ってしまった。
「馬鹿だな瑞樹。これは仕事だろ?歳の差とか兄弟とかは関係ない。お前は今この会場を飾り付けるフラワーデザイナーで、俺はそのアシスタント。そう割り切れ。俺を信じて任せろ」
「兄さん……」
兄さんがビシッと言い切ってくれるのに後押しされ、やっと躰も動き指示する声も出せた。
こういう所、兄さんは少し滝沢さんに似てるな。
いや……滝沢さんが兄さんに似てるのか。
いやいや、こんなこと今考えている場合じゃない。
滝沢さんも先日の仕事の続きでこのホテルの中にいる。あとで仕上がりを見にきてくれるそうだ。だからこそ僕の今出せる力を振り絞ってベストを尽くしたい。
それからは僕の頭の中のイメージと図案をフル活用し、どんどん理想を現実に、形にしていった。
どれくらいの時間……夢中になっていただろう。
「葉山さん!」
突然女性の声がしたので振り返れば、今日の主役の花嫁さんが立っていた。
「会場が一面のスズランで感動しちゃった。ねぇマー君、彼が担当のフラワーデザイナーさんの葉山さんよ。彼すごくいいでしょう?」
隣には新郎が立っていた。こちらは初対面だ。
都会的なスマートな青年だが、穏やかな目をしていた。
「葉山さんですか。コイツがお世話になっています。あれこれ注文が煩かったでしょう」
「とんでもないです。僕のテイストが自然に寄り添う内容でやりやすかったです」
彼は会場内をグルっと見渡して目を細めた。
「スズランか……いいね。可憐な感じで」
「はい。お二人にお似合いです」
「ありがとう。あと少しで仕上がりそうだね。感謝しているよ」
「葉山さん、すごくすごく素敵!!私の頭の中で描いた世界が現実になっていて驚いちゃった」
「ありがとうございます」
二人からの率直な感謝の言葉が嬉しくて、ペコっと頭を下げた。
「あなたに頼んで良かった」
更に、とても嬉しい言葉をもらった。
ひたむきに向き合うことが報われる瞬間だ。
「じゃあ私たち準備があるので……本当に今回は希望を叶えてくれてありがとうございます」
「こちらこそ、晴れの日の装飾を担当させて下さってありがとうございます」
未来に向かって歩き出す二人を見送り、最終の仕上げに取り掛かった。
「ふぅ……終わった」
「瑞樹、お疲れさん」
「兄さんありがとう。兄さんが阿吽の呼吸で動いてくれたから最高にやりやすかった。兄さんに任せて良かった」
「瑞樹、その調子だよ。何事もこれからは一人で抱え込まないで、頼れる人がいたら頼れ。その……コイツにもさ」
兄さんの隣には、いつの間にか滝沢さんが立っていた。
「あっ……いつの間に」
「瑞樹はずっと夢中で仕事していたね」
「あっハイ」
なんだか恥ずかしいな。滝沢さんのことに気が付かない程集中していたのか。
「いい装飾だね。草原にスズランが揺らいでいる。とても清らかで明るい雰囲気に仕上がっているな。派手さはないけど心に寄り添う感じで好きだな」
滝沢さんに僕の仕事を客観的に評価してもらうのは気恥ずかしかったが、嬉しくもあった。
自分に恥じない仕事をしたから……そう思えるのだろう。
「おっと、瑞樹、悪いな。俺はそろそろここを出ないと……飛行機に乗り遅れる」
「あっ兄さん帰っちゃうの?」
「あぁ、流石に母さんがひとりで頑張っているからな。瑞樹……お前もえらかったぞ」
小さい時そうしてもらったかのように、頭を優しく撫でてもらった。兄さんはずっと僕の父親代わりのような存在でもあって、今回も沢山甘えてしまった。途端に別れが寂しくなってしまった。大学で東京に出てきてから甘えてなかったから余計に……
「兄さん、兄さん……」
兄さんは無理してない?
僕のこと考えてくれて嬉しいけれども、心配にもなるよ。
「馬鹿!そんな声を出して、また抱っこしたくなるだろ」
明るく朗らかに笑う兄さんは、血は繋がっていなくてもずっと僕のことを肉親の愛情で包んでくれた人。だから小さい頃からよくそうしてもらったように、僕の方から兄さんにふわっと抱きついた。
「兄さん!来てくれてありがとう。僕の初めての仕事のアシスタントもしてくれてありがとう。デビュー作を見てもらえて嬉しかったよ」
「おっおいっ瑞樹っ離れろ。彼氏が妬くだろ」
「でも……」
「いいんだよ、瑞樹がこんなに素直に育ったのはお兄さんの愛情表現のお陰なんだって感謝していますよ」
「ははっ、おい滝沢。瑞樹は俺にとって大事な弟だ。粗末にすんなよ。本当に素直で可愛い子なんだ」
「兄さんってば、僕のこといくつだと思って……」
「分かっています。俺はこの交際に真剣なんです」
「あぁ……まぁそれは昨夜話してちゃんと伝わっているぞ。絶対に悲しませるなよ。泣かすなよ」
まるで花嫁の父のような兄さんの言葉がくすぐったい。
「瑞樹、函館の家のことは心配すんな。お前はこっちで根を張れ、なかなか東京に来ることは出来ないと思うが元気でな」
根を張る……
ここで僕は根を張っていいんだね、兄さん。
ずっと自分に自信がなくて弱弱しい根しか張れなかった僕だけれども……兄さんからの力強い言葉は、最高の土壌と栄養になる。
本当は作業の助手が欲しかったが、四宮先生が急遽抜けたため人員の配置がままならぬ状況なのは理解していた。だからそんなことはとても言い出せなかった。
そもそもつい先日まで僕がアシスタントだったのだから、そんな要求を出来る立場でないのも理解していた。
とにかくアシスタントなしで切り抜けるしかない。せめて効率よく出来るようにと前日の段階で準備出来る所まではしておいた。でもいざホテルの披露宴会場を飾りつけ出すと、その広さとやるべき作業の多さに茫然としてしまった。
アシスタントをしていた時は何も考えずに先生の指示通り動くだけだったが、広い会場の装飾をひとりで仕切ることに恐怖を覚えてしまい、ガチガチに躰も頭も強張ってしまった。
「瑞樹、肩の力もっと抜けよ、お前が楽しまなくちゃ良いものが出来ないぞ」
兄さんの力強い声が背後から届いた。
そうだ、僕には兄さんがいる。サポートしてもらえる。
「瑞樹は肩を痛めているから上方の飾りは俺がやる。お前は的確に指示を出せ」
「そんな、僕が兄さんに指示なんて……」
いつだって兄さんは僕の前を歩く人だったから、兄さんに指示なんて出したことない。兄さんがそう言ってくれても、上手く口に出せないで戸惑ってしまった。
「馬鹿だな瑞樹。これは仕事だろ?歳の差とか兄弟とかは関係ない。お前は今この会場を飾り付けるフラワーデザイナーで、俺はそのアシスタント。そう割り切れ。俺を信じて任せろ」
「兄さん……」
兄さんがビシッと言い切ってくれるのに後押しされ、やっと躰も動き指示する声も出せた。
こういう所、兄さんは少し滝沢さんに似てるな。
いや……滝沢さんが兄さんに似てるのか。
いやいや、こんなこと今考えている場合じゃない。
滝沢さんも先日の仕事の続きでこのホテルの中にいる。あとで仕上がりを見にきてくれるそうだ。だからこそ僕の今出せる力を振り絞ってベストを尽くしたい。
それからは僕の頭の中のイメージと図案をフル活用し、どんどん理想を現実に、形にしていった。
どれくらいの時間……夢中になっていただろう。
「葉山さん!」
突然女性の声がしたので振り返れば、今日の主役の花嫁さんが立っていた。
「会場が一面のスズランで感動しちゃった。ねぇマー君、彼が担当のフラワーデザイナーさんの葉山さんよ。彼すごくいいでしょう?」
隣には新郎が立っていた。こちらは初対面だ。
都会的なスマートな青年だが、穏やかな目をしていた。
「葉山さんですか。コイツがお世話になっています。あれこれ注文が煩かったでしょう」
「とんでもないです。僕のテイストが自然に寄り添う内容でやりやすかったです」
彼は会場内をグルっと見渡して目を細めた。
「スズランか……いいね。可憐な感じで」
「はい。お二人にお似合いです」
「ありがとう。あと少しで仕上がりそうだね。感謝しているよ」
「葉山さん、すごくすごく素敵!!私の頭の中で描いた世界が現実になっていて驚いちゃった」
「ありがとうございます」
二人からの率直な感謝の言葉が嬉しくて、ペコっと頭を下げた。
「あなたに頼んで良かった」
更に、とても嬉しい言葉をもらった。
ひたむきに向き合うことが報われる瞬間だ。
「じゃあ私たち準備があるので……本当に今回は希望を叶えてくれてありがとうございます」
「こちらこそ、晴れの日の装飾を担当させて下さってありがとうございます」
未来に向かって歩き出す二人を見送り、最終の仕上げに取り掛かった。
「ふぅ……終わった」
「瑞樹、お疲れさん」
「兄さんありがとう。兄さんが阿吽の呼吸で動いてくれたから最高にやりやすかった。兄さんに任せて良かった」
「瑞樹、その調子だよ。何事もこれからは一人で抱え込まないで、頼れる人がいたら頼れ。その……コイツにもさ」
兄さんの隣には、いつの間にか滝沢さんが立っていた。
「あっ……いつの間に」
「瑞樹はずっと夢中で仕事していたね」
「あっハイ」
なんだか恥ずかしいな。滝沢さんのことに気が付かない程集中していたのか。
「いい装飾だね。草原にスズランが揺らいでいる。とても清らかで明るい雰囲気に仕上がっているな。派手さはないけど心に寄り添う感じで好きだな」
滝沢さんに僕の仕事を客観的に評価してもらうのは気恥ずかしかったが、嬉しくもあった。
自分に恥じない仕事をしたから……そう思えるのだろう。
「おっと、瑞樹、悪いな。俺はそろそろここを出ないと……飛行機に乗り遅れる」
「あっ兄さん帰っちゃうの?」
「あぁ、流石に母さんがひとりで頑張っているからな。瑞樹……お前もえらかったぞ」
小さい時そうしてもらったかのように、頭を優しく撫でてもらった。兄さんはずっと僕の父親代わりのような存在でもあって、今回も沢山甘えてしまった。途端に別れが寂しくなってしまった。大学で東京に出てきてから甘えてなかったから余計に……
「兄さん、兄さん……」
兄さんは無理してない?
僕のこと考えてくれて嬉しいけれども、心配にもなるよ。
「馬鹿!そんな声を出して、また抱っこしたくなるだろ」
明るく朗らかに笑う兄さんは、血は繋がっていなくてもずっと僕のことを肉親の愛情で包んでくれた人。だから小さい頃からよくそうしてもらったように、僕の方から兄さんにふわっと抱きついた。
「兄さん!来てくれてありがとう。僕の初めての仕事のアシスタントもしてくれてありがとう。デビュー作を見てもらえて嬉しかったよ」
「おっおいっ瑞樹っ離れろ。彼氏が妬くだろ」
「でも……」
「いいんだよ、瑞樹がこんなに素直に育ったのはお兄さんの愛情表現のお陰なんだって感謝していますよ」
「ははっ、おい滝沢。瑞樹は俺にとって大事な弟だ。粗末にすんなよ。本当に素直で可愛い子なんだ」
「兄さんってば、僕のこといくつだと思って……」
「分かっています。俺はこの交際に真剣なんです」
「あぁ……まぁそれは昨夜話してちゃんと伝わっているぞ。絶対に悲しませるなよ。泣かすなよ」
まるで花嫁の父のような兄さんの言葉がくすぐったい。
「瑞樹、函館の家のことは心配すんな。お前はこっちで根を張れ、なかなか東京に来ることは出来ないと思うが元気でな」
根を張る……
ここで僕は根を張っていいんだね、兄さん。
ずっと自分に自信がなくて弱弱しい根しか張れなかった僕だけれども……兄さんからの力強い言葉は、最高の土壌と栄養になる。
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