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発展編

帰郷 7

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 手に触れた硬い紙を取り出すと、それは名刺だった。横着な兄貴がジャケットに入れたままにしたのかと、軽い気持ちで名前を確かめて驚愕してしまった。

『フラワーアーティスト 葉山瑞樹』

 その名刺は瑞樹の物だった。『加々美花壇』と勤めている会社や部署名までしっかり書いてあるじゃねーか。マジかよ。長年欲しかった情報がこんなにも簡単に手に入るなんて、信じられないぜ!

 今すぐにでも東京の中央区という所に飛んで行きたい気持ちになった。暫く封印していた瑞樹への甘酸っぱい想いが、まずいことにどんどん飛び出してくる。

 オレはずっと母親や兄貴から注がれるはずの愛情を奪ったアイツが憎かったはずなのに、どうしてこんなにも瑞樹に会いたいのか。

 瑞樹……ミズキ……みずき……大声でその名を呼びたい! 叫びたい!

 さっき若社長が瑞樹のことを気にかけていたからなのか、瑞樹はオレのモノだという独占欲がふつふつと湧いている。

 アイツが見つける前に、オレが瑞樹を見つけないと。

 あれ? でも待てよ……兄貴が名刺を持っていたということは……兄貴、瑞樹に最近会ったのか。あっもしかしてこの前東京に研修で行った時なのか。くそっ! 

 オレには一言も教えてくれなかったという訳か。またかよ!

 結局いつだってそうだ。兄貴も母さんも瑞樹のことが大事で庇ってばかりでムカつく!

 さっきまで瑞樹に会いたいと願う甘酸っぱい思慕は急激に影を潜め、再び瑞樹を虐めたい、昔と同じ厄介な気持ちが舞い戻ってきてしまった。

 よしっオレが出し抜けに瑞樹に会いに行ってやる。それであいつが嫌がることを沢山してやろう。と意気込んだのはいいが……東京なんて行ったことがないし、急な休みも取れない。金もない。それでも26歳になった瑞樹を見たい気持ちが先走ってしまう。

「おい潤、何をぼんやりしている? そろそろ次の講習が始まるぞ」

 結局、講習の最中も上の空だった。どうやったら今すぐ瑞樹を探しに行けるのか。そればかり考えていた。すると講義の最後にさっきの若社長が登場したので、突如閃いた。

 あいつ……瑞樹とどういう関係だったか分からないが、こんな高級な鞄を貢ぐ位だから相当入れ込んでいたに違いない。金も持っていそうだし。

 当時まだ中学生だったオレでも瑞樹が同性の男に狙われやすい性質なのは知っていた。高校時代には変なストーカーに付きまとわれ警察沙汰になり、兄貴が送り迎えしていた時期もあったからな。

 もしかしたら……あの若社長なら瑞樹を餌にすれば、オレを東京に出すことなんて簡単かもな。悪だくみは、ますます膨らんでしまう。

「あんたさ、本気で瑞樹にまた会いたいと思ってるのか」
「もちろんだ。彼とは大学に入ってから連絡が途絶えてしまったからね」
「じゃあオレが東京に行って調べてやろうか。実は有力な手がかりが見つかってさ」
「何だって? ぜひ頼むよ! 逢いたいんだ!」
「ふぅん……あんた瑞樹のこと、そんなに好きだったのか」
「あっそれはその……」
「くくっ大丈夫だぜ。オレはそういうのに理解があるからさ。あっその代わりオレの頼みを一つ聞いてくれないか」
「もちろんだ。頼みとは何だ? 」
「オレを東京に出張に行かせてくれよ。瑞樹のことを調べに行きたいからさ」
「お安い御用だ。ちょうど東京の現場があるから、そこに暫く行けばいい」
「いいな! それ! 」

****

 若社長は俺との取引にいとも簡単に乗った。瑞樹を売り買いしているようで罪悪感が芽生えたが、すぐに振り払った。

 そんな訳で俺は今、瑞樹の会社の前で張り込んでいる。

 会社に直接乗り込むのは少々気が引けたので、ガードレールにもたれ会社の正面玄関から出てくる人を念入りにチェックした。

 へぇ……随分立派な会社に勤めていたんだな。

 さっきから出てくる奴は皆、高そうなスーツに身を包み上品で都会的な奴ばかりだ。いつも清楚で上品だった瑞樹にはよく似合う世界だ。もともと瑞樹はこっち側の人間だったのかと次第に憎たらしくなってくる。それに自分のラフなジーンズ姿が酷く場違いに思え、イライラしてくる。

 それにしても、まだかよ。結構遅いな。

 瑞樹……一体どんな大人になった? 
 すぐ見て分かるか、ガラッと変わってしまったのか。

 5時の終業時間から待つこと1時間ちょっと、とうとう瑞樹が現れた。

 すぐに分かった。高校生の時よりも大人びていたが、それでいて綺麗な顔立ち、すべすべの肌、シュッとした顎のライン。清楚な印象は歳を重ねても、少しも衰えていなかった。

 瑞樹のスーツ姿は初めて見た。濃紺のノーブルなスーツに白いワイシャツ、キュッと結んだネクタイが禁欲的だ。

 ゾクッとする程、綺麗過ぎて、すぐに近寄って話しかけられなかった。
 オレが触れたら汚れてしまいそうでさ。

 だから……そっと後を付けた。

 瑞樹は少し歩くと立ち止まり、店の軒下でスマホをいじり出した。誰かとメールをやり取りしているようで、口元が優しく綻んでいた。

 そんな表情……オレの前ではしたことがないクセに。

 その後、相手から電話がかかってきたようで、喋りながら更に幸せそうに可愛く微笑んだ。

 瑞樹は今とても幸せな状況にいる。

 そのことだけは嫌でも伝わってきた。


 
 


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