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発展編
さくら色の故郷 11
「瑞樹、あなたもお風呂入っていらっしゃい」
「あっはい」
観覧車での話を思い出していた。
本当に『二人の母』と呼んでもいいのだろうか。宗吾さんのお母さんと母が居間で寛いでいる光景は、まるで夢のようだ。
僕は産みの母と10歳で別れてしまったが、人生とは分からないものだ。この歳になって、母と呼んでもいい人が更に出来るなんて……しかも同性を愛す僕を受け入れてくれる人だなんて。
「はぁ……今日は盛り沢山だったな」
湯船に浸かり、ほっと一息ついた。
湯の中に揺らぐ胸元に散らされた痕を見て、やっぱり銭湯はやめておいてよかったとつくづく思った。
だが、これを……許したのは僕だ。
あっそうだ……胸元だけじゃない。確か首筋も吸われた。鏡でそっと確かめると、かなり際どい部分に一つ深い痕が残されていた。パジャマだと見えてしまわないか心配だ。っていうか日中、シャツから見えていなかったか。
そこで思い出したのが、観覧車で僕が下を覗き込んだ時の広樹兄さんの反応。
まっまさか──
少し頬を赤くして目を逸らされたよな……
ううっ……
恥かしくてブクブクと湯船に沈んでしまう。
駄目だ、もう逆上せてしまうよ。
****
男同士ならいいでしょうと銭湯に送り出したのに、瑞樹だけ戻ってきてしまったのね。
恥かしそうに俯いたままの瑞樹を、お風呂に勧めてあげた。
まぁあなたの事情とやらは、何となく事情は察するのよね。野暮なことは聞かないけれども。
瑞樹がお風呂に入っている間、先にあがった滝沢さんと、そのまま居間でお喋りをすることにした。
「何か飲まれます?」
「あ、もうお茶で」
「分かりました。あの、これ一緒に見ません?」
「まぁ、これは」
私が滝沢さんに見せたのは、瑞樹の赤ちゃんの時からの写真を収めたアルバムだった。
「まぁ、この子は瑞樹くんですか」
「……えぇ、ご存じかと思いますが、瑞樹は私の親戚のお姉さんの大切な子供でした」
「10歳の時に交通事故で一度にご両親と弟さんを……と宗吾から聞いていました」
今でも思い出す、あの日の惨劇。
「惨かったです。たった10歳で目の前で家族と永遠に離れ離れになるなんて」
「想像できないわ。ご両親も……さぞかし無念だったでしょうね」
「瑞樹だけ生き残って、引き取り手がなく、ぽつんとお葬式の日に木陰に佇んでいた姿が今でも忘れられないのです。私は次男の潤が生まれてすぐ主人と死別していたので、本来ならば引き取れるような余裕も立場でもなかったのです。もっと瑞樹が苦労しない環境をと思ったけれども、広樹の強い希望もあって……」
「そうだったのですね」
こうやって当時の事を思い出すのは、久しぶりだった。そしてこうやって改めて話すことで、私の後悔も、振り返ることが出来る。
「これは瑞樹の赤ちゃんの時の写真から10歳までの写真を収めたアルバムなんです。これをあの子に渡そうとようやく決心がついて」
「じゃあ今まで見せていなかったのですか」
このアルバムは、私が作ったものではない。瑞樹の産みの母が瑞樹の10歳のお祝い……学校で行われる1/2成人式のためにまとめたものだった。遺品整理で見つけたの。
産まれたばかりの沐浴する瑞樹。初めての寝返り、お座り、ハイハイ、たっち、前歯が生えたこと……初めての子供の成長過程が……明るい光と愛情と共に綺麗にまとめられていた。
「……滝沢さん、私の後悔を聞いていただけます? 私も意固地になっていたのかしらね。あの子には産みの母を思い出させるものを一切渡さなかったの……酷いでしょう。せっかく引き取ったのだから、私の子供として広樹や潤の兄弟として、分け隔てなく扱いたかったのかしら。そんなの全部私のエゴだったのに……」
広樹にも瑞樹にも潤にも話せない、血のつながらない母としての複雑な想いを、同じ母である滝沢さんには素直に話せた。
「あぁ……そうだったのですね。でも……そのお気持ち分かります」
恥かしい話だけれども、あの子の大切な恋人の母にはきちんと伝えておきたい。もう二度と同じ過ちを犯したくないから。
「あの子は、だから……どんどん私たちに遠慮するようになってしまって、ひとりで必死に生きていました。正直18歳で上京することを突然あの子が決めて来た時、あぁツケが回ったのねと思ったものです。うっ……」
「あぁ、泣かないで」
肩に優しく手を置かれ、自分が涙ぐんでいることに気づいた。
「欲張ってしまったのが、私……」
「そんなことなわい。あなたは女手ひとつで3人の息子さんを立派に育てあげたのよ。瑞樹くんはとてもいい子に育っています。10歳からあなたが受け継いだ子育てが功を奏したのよ」
「うっ……でも、あの子の産みの母の記憶を消そうとしました」
「そんなことないわ。今からでも遅くないわ。あなたは二人目、私は三人目の母としてやっていきましょうよ」
「三人目?」
そんな発想があるなんて……驚いて、涙がひっこんでしまうわ。
「実はね、瑞樹くんに、観覧車の上で立候補しちゃったの」
「まぁ!」
「彼には……こう話したのよ。『楽しい思い出って……別に塗り替えなくていいのよね。別々に存在していいの。あなたの産みのお母さん思い出も、今のお母さんとの思い出も大事にしたらいいのよ。そして3人目の母との思い出もね』」
「そうだったのね。私も最初から……そうすればよかった」
「これから一緒にやっていきませんか」
「間に合うかしら」
その時……扉が開いて、突然、瑞樹が飛び込んで来た。
私の胸の中に、思いっきり。
目には涙を溜めて……肩を震わせて……
そして私にこう告げてくれたの。
「お母さん……僕もずっと意固地になって……ごめんなさい。お母さんにもっと甘えたかったのに、今からでも間に合いますか」
「あっはい」
観覧車での話を思い出していた。
本当に『二人の母』と呼んでもいいのだろうか。宗吾さんのお母さんと母が居間で寛いでいる光景は、まるで夢のようだ。
僕は産みの母と10歳で別れてしまったが、人生とは分からないものだ。この歳になって、母と呼んでもいい人が更に出来るなんて……しかも同性を愛す僕を受け入れてくれる人だなんて。
「はぁ……今日は盛り沢山だったな」
湯船に浸かり、ほっと一息ついた。
湯の中に揺らぐ胸元に散らされた痕を見て、やっぱり銭湯はやめておいてよかったとつくづく思った。
だが、これを……許したのは僕だ。
あっそうだ……胸元だけじゃない。確か首筋も吸われた。鏡でそっと確かめると、かなり際どい部分に一つ深い痕が残されていた。パジャマだと見えてしまわないか心配だ。っていうか日中、シャツから見えていなかったか。
そこで思い出したのが、観覧車で僕が下を覗き込んだ時の広樹兄さんの反応。
まっまさか──
少し頬を赤くして目を逸らされたよな……
ううっ……
恥かしくてブクブクと湯船に沈んでしまう。
駄目だ、もう逆上せてしまうよ。
****
男同士ならいいでしょうと銭湯に送り出したのに、瑞樹だけ戻ってきてしまったのね。
恥かしそうに俯いたままの瑞樹を、お風呂に勧めてあげた。
まぁあなたの事情とやらは、何となく事情は察するのよね。野暮なことは聞かないけれども。
瑞樹がお風呂に入っている間、先にあがった滝沢さんと、そのまま居間でお喋りをすることにした。
「何か飲まれます?」
「あ、もうお茶で」
「分かりました。あの、これ一緒に見ません?」
「まぁ、これは」
私が滝沢さんに見せたのは、瑞樹の赤ちゃんの時からの写真を収めたアルバムだった。
「まぁ、この子は瑞樹くんですか」
「……えぇ、ご存じかと思いますが、瑞樹は私の親戚のお姉さんの大切な子供でした」
「10歳の時に交通事故で一度にご両親と弟さんを……と宗吾から聞いていました」
今でも思い出す、あの日の惨劇。
「惨かったです。たった10歳で目の前で家族と永遠に離れ離れになるなんて」
「想像できないわ。ご両親も……さぞかし無念だったでしょうね」
「瑞樹だけ生き残って、引き取り手がなく、ぽつんとお葬式の日に木陰に佇んでいた姿が今でも忘れられないのです。私は次男の潤が生まれてすぐ主人と死別していたので、本来ならば引き取れるような余裕も立場でもなかったのです。もっと瑞樹が苦労しない環境をと思ったけれども、広樹の強い希望もあって……」
「そうだったのですね」
こうやって当時の事を思い出すのは、久しぶりだった。そしてこうやって改めて話すことで、私の後悔も、振り返ることが出来る。
「これは瑞樹の赤ちゃんの時の写真から10歳までの写真を収めたアルバムなんです。これをあの子に渡そうとようやく決心がついて」
「じゃあ今まで見せていなかったのですか」
このアルバムは、私が作ったものではない。瑞樹の産みの母が瑞樹の10歳のお祝い……学校で行われる1/2成人式のためにまとめたものだった。遺品整理で見つけたの。
産まれたばかりの沐浴する瑞樹。初めての寝返り、お座り、ハイハイ、たっち、前歯が生えたこと……初めての子供の成長過程が……明るい光と愛情と共に綺麗にまとめられていた。
「……滝沢さん、私の後悔を聞いていただけます? 私も意固地になっていたのかしらね。あの子には産みの母を思い出させるものを一切渡さなかったの……酷いでしょう。せっかく引き取ったのだから、私の子供として広樹や潤の兄弟として、分け隔てなく扱いたかったのかしら。そんなの全部私のエゴだったのに……」
広樹にも瑞樹にも潤にも話せない、血のつながらない母としての複雑な想いを、同じ母である滝沢さんには素直に話せた。
「あぁ……そうだったのですね。でも……そのお気持ち分かります」
恥かしい話だけれども、あの子の大切な恋人の母にはきちんと伝えておきたい。もう二度と同じ過ちを犯したくないから。
「あの子は、だから……どんどん私たちに遠慮するようになってしまって、ひとりで必死に生きていました。正直18歳で上京することを突然あの子が決めて来た時、あぁツケが回ったのねと思ったものです。うっ……」
「あぁ、泣かないで」
肩に優しく手を置かれ、自分が涙ぐんでいることに気づいた。
「欲張ってしまったのが、私……」
「そんなことなわい。あなたは女手ひとつで3人の息子さんを立派に育てあげたのよ。瑞樹くんはとてもいい子に育っています。10歳からあなたが受け継いだ子育てが功を奏したのよ」
「うっ……でも、あの子の産みの母の記憶を消そうとしました」
「そんなことないわ。今からでも遅くないわ。あなたは二人目、私は三人目の母としてやっていきましょうよ」
「三人目?」
そんな発想があるなんて……驚いて、涙がひっこんでしまうわ。
「実はね、瑞樹くんに、観覧車の上で立候補しちゃったの」
「まぁ!」
「彼には……こう話したのよ。『楽しい思い出って……別に塗り替えなくていいのよね。別々に存在していいの。あなたの産みのお母さん思い出も、今のお母さんとの思い出も大事にしたらいいのよ。そして3人目の母との思い出もね』」
「そうだったのね。私も最初から……そうすればよかった」
「これから一緒にやっていきませんか」
「間に合うかしら」
その時……扉が開いて、突然、瑞樹が飛び込んで来た。
私の胸の中に、思いっきり。
目には涙を溜めて……肩を震わせて……
そして私にこう告げてくれたの。
「お母さん……僕もずっと意固地になって……ごめんなさい。お母さんにもっと甘えたかったのに、今からでも間に合いますか」
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