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発展編

さくら色の故郷 26

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 ペンションからほど近い寺の墓地に、僕の両親と弟は眠っている。

「ここです……ここがそうです」
「ここが瑞樹の家族が眠る場所か」
「はい」

 小さなお寺の小さなお墓。
 ここに3人が仲良く寄り添っている。

「ここに来るのは何度目だ?」
「正確には4回目ですが……」

 僕の中にはっきりと記憶に残っているのは、今年の3月と今日だけだ。本当は10歳の時……葬式と四十九日で来ているはずだか、僕の記憶には、ほとんぞ残っていない。

 あの頃の僕はまだたった10歳で、しかも目の前で肉親の死に直面し、精神状態がボロボロだった。

 あの時の僕の心は……いつだって一つのことだけを求めていた。

 どうして僕だけが残されたの?
 どうして置いて逝ったの?
 どうしてひとりぼっちにしたの?

 どうして……

「なぁ……瑞樹、どうして君だけ生き残ったのか知りたいか」
「宗吾さん?」

 いつの間にか寄り添うように横に立っていた宗吾さんに、優しく肩を抱かれた。

「はい……知りたいです」
「俺に出逢うためだ……って言ったらキザかな」
「宗吾さんっ」

 真剣な声だった。
 真剣な表情だった。

 だから僕も……今、ここに、このメンバーで立っている意味を知る。

「そうです。宗吾さんと出逢うためです……今なら……自然にそう思えます。宗吾さんは僕の大切な人で、僕にまた弟のような可愛い子と……お母さんのように優しい人を授けてくれた人です」

「……瑞樹のお父さん、お母さん、そして弟の夏樹くん……俺がこの人と生きていくことをお許しください」

 宗吾さんが墓前で、はっきりと声高らかに宣言した。

 心の中で祈るのではなく、皆に聞こえるようにはっきりと。

 あぁ……まるで目前にあの世に逝ってしまった3人がいるようだ。

 もしあの時死なずに生きていたら……

 『人生に if はない』

 だが、今日位いいだろう。

 霞む視界の中で、僕も両親と対話したい。

「お父さんお母さん、夏樹、僕はこの人と生きていきます。だからどうか見守ってください」

 今……きっと、僕の傍にいる。

 今近くに降りて来ている。

 そんな気配を感じる優しい五月の夕暮れ。

 淡いオレンジシャーベットのような色合いの夕暮れに染まる空から……

 父の厳かな愛。
 母の柔らかな愛。
 弟の親しみのある愛。

 愛はやわらかな光の束となり、僕たちを包み込む。

 抱かれている。

 北の大地に──人の愛に──


****

 まぁ驚いた。

 息子の、宗吾の、こんなにも真剣な表情は初めて見たわ。

 夫が生きていた頃は、宗吾が同性を愛すことが理解できなくて……夫と一緒になって反対してしまった過去の自分が情けない。

 人生には『もしもはない』のよね。
 過ぎてしまった過去を変える事はできない。
 変えられる事が出来るのは「今」と「この先」よ。

 だから私は選ぶわ。

 全面的にあなたたちを応援することを……

 もう私だけの心に従って残りの人生を過ごしたいから、あなた達を見守る母として……芽生の祖母として。

「おばあちゃん、なんだか『けっこんしき』みたいだね。パパとおにいちゃんって『けっこん』したのかな」

「んふふ……そうね。今日はね、その前に瑞樹くんのご家族に報告しに来たのようなものよ。そうだわ。東京に戻ったらレストランでお祝い会でもしましょうか。貸し切りに出来るいいレストランをおばあちゃん知っているのよ」

 日本で同性同士で法的にそんなこと出来ないのは知っているけれども、私の心の中ではもう二人は結婚したようなものだった。内輪で心で思う分にはいいでしょう。

「本当? したいな。あのね……おばあちゃん、聞いて」

「なあに?」

「ボクね……おにいちゃんのことが大好きなんだ。パパともママとも違うんだけど、ずっといっしょにいてほしい人なんだ」

「そうね。瑞樹くんは……あなたにとってはお兄さんと言った方がいいのかしら。芽生、今日のこの光景と今のその気持ちを忘れないで……瑞樹くんを純粋に慕う気持ちを大切にね」

 芽生の小さな手をギュッと握りしめた。

 そして私も口に出して、墓前に挨拶した。

「宗吾の母です。息子と瑞樹くんのこと、私が生きている限り見守っていきますから安心してくださいね。そして宗吾の息子の芽生も、ずっと見守っていきます」

「芽生……おばあちゃんと芽生でリレーしましょうね。瑞樹くんを見守ること。約束できる?」

「うん! でも、おばあちゃんも長生きしてよ」

 ブンブンと大きく手を振られて、笑ってしまった。

「そうね、あなたの成長もみたいし、がんばらないとね」
「うん!」

 やがて二人が墓前に真っ赤なカーネーションを供えた。

「お母さん、長く待たせてごめんなさい。僕を引き取って育ててくれた二人目のお母さんが作ってくれたブーケです」

 瑞樹くんはポケットから私が以前贈った数珠を取り出して、手を合わせた。

「それから、今日は宗吾さんのお母さんと息子の芽生くんも一緒です。僕……3人を失ってしまったけれども……3人の新しい家族と過ごしていきます。函館にもお母さん、広樹兄さん、潤の3人がいます。どちらも僕を加えると4人になります。4は幸せの「し」って知っていましたか。四つ葉の四もそうですよね。そして4と4が合わさると……『しあわせ』が生まれます」

「瑞樹……」

「宗吾さん、僕と『しあわせ』を目指してくれますか」

「あぁ、そうだ。前向きに生きて行こう」



 お互いに向かい合った宗吾が瑞樹くんの額にそっと口づけを落とす。

 柔らかな夕暮れが、ベールのように彼らを包み込み……

 どこまでも清らかで美しい光景だった。




 あなた、見ている?

 私達の息子は、今……こんなにも幸せそうよ。

 幸せの尺度は人によって、基準が違うものなのね。

 私たちが押し付けるよりも、自分たちで見つけるものなのね……



 
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