356 / 1,865
発展編
紫陽花の咲く道 9
しおりを挟む
「そっ宗吾さん、何でっ――」
座っていた椅子から転げ落ちる程、驚いてしまった。
「おいっ瑞樹、落ち着けって」
「で、ですがっ……っ」
突然現れた宗吾さんの姿に、呆気に取られてしまった。
心臓が止まるとかと思った。
宗吾さんは、本当に神出鬼没だ。
「あの、お客様のお連れ様でいらっしゃいますか」
女性店員ににっこり微笑みながら聞かれたが、僕はどう答えたらいいのか分からなくて、宗吾さんを縋るような眼で見上げてしまった。
一方、宗吾さんは、どこまでも堂々としていた。
「えぇ俺は彼のパートナーです。隣に座っても?」
「もちろんでございます」
あっ……今……僕のことを『パートナー』と言ってくれた?
なんだか公の場で、そんな風に紹介されるのは初めてで、驚いたし不安にもなったが……心の奥底では、とても嬉しかった。
「お客様、もう一度、パンフレットをご覧になりますか」
「いや、さっき彼が希望した指輪を見せてくれ」
「畏まりました」
動揺したせいで膝の上に置いた手が小刻みに震え出してしまった。
隣に座った宗吾さんがすぐに察知してくれ、僕の手を机の下でそっと握ってくれた。彼の手が重なると、その温もりに一気に心が落ち着いた。
「瑞樹……震えなくていい。この店は一流だ。この意味、分かるだろう」
「は、はい」
確かに、ここは銀座の一流店だ。店員さんも皆、一流の教育を受けている。
つまり男同士で結婚指輪を買いに来たからといって、異端児のように見られることはない。現に僕の担当の女性も、何一つ態度を変えず、顔色も変えずに接客してくれている。
有難いな。
僕たちの左手薬指のサイズを測って、指輪を目の前に並べてくれた。
「へぇ……現物は更にいいな。瑞樹、これでいいか」
「はい。あの……宗吾さんはどうして、このデザインが気に入ったのですか」
「あぁ、小指に向かって流れるカーブが美しいよな。まるで流れる水のように潤いのあるデザインが気に入った。俺たちらしいと思ったのさ」
驚いた! まるで僕の心の内側が見えているような言葉だ。
目を丸くしていると、宗吾さんが快活に笑った。
「また以心伝心だったか」
「はい」
照れくさいが、二人で試しに左手の薬指に付けてみた。
ここが個別ブースで本当に良かった。
「お客様、サイズは大丈夫でしょうか。フィット感はいかがですか」
水の流れのような曲線デザインが、指に馴染んで付け心地もよかった。
「しっくりしますね」
「あぁフィット感がいいな。もし何かに流されそうになっても、俺たちはこの指輪同士で繋がっているからお互いの元に戻って来られるという印象を受けるな。それに水をイメージさせる流動的なデザインもいい……俺にとっての潤いは瑞樹自身だ、君のイメージと合っているよ」
これも以心伝心だ。
でも猛烈に面映ゆい……!
「そっ宗吾さん、もうそれ以上は今、ここでは言わないで下さい……すごく恥ずかしいくなります」
ここはまだ店の中で、目の前に女性店員さんが座っている事を忘れてしまったように、宗吾さんが愛を熱心に語り出すから焦ってしまった。
チラッと様子を伺うと、目の前に座る女性の店員の頬まで、赤く染まっていた。
「なっなんだか小説のワンシーンのようで、ドラマチックでうっとりしちゃいました。このお店をモデルに書かれたシーンがあって。あっすみません。余計なことを」
「ふぅん、それって、例の流行りの小説?」
「そっ宗吾さん!」
耳まで赤くして俯いてしまった店員さんが、気の毒だ。
「すまなかった。でも、そんな風に言ってもらえて嬉しいよ。瑞樹この続きはロマンチックな場所で多いに語ってやるからな。そうだな……北鎌倉がいいな」
「はっ、はい……」
****
宝飾店の白い手提げ袋には、小さな箱が入っている。
宝石箱に仲良く並ぶのは、二つの指輪。
それは僕と宗吾さんの結婚指輪。
ふたりで選んで、ふたりで購入した。
帰り道、朝から降り続く雨はまだ激しかったけれども、僕の心はまるで雲の上を歩いているように、ふわふわとしていた。
「あの……どうして僕の居場所が分かったのですか。あのタイミングは流石に不思議です」
「あぁそれはだな……紫陽花が道案内してくれた」
「どういう意味ですか」
「これさ」
「あっ!」
さっきエレベーターで指摘された紫陽花のガク……
もしかして道にも?
でもそんな『まるでおとぎ話』のような出来事が、現実に起こるなんて信じられない。
「そう言う事もあるのさ。たまにはいいじゃないか。人生において今日は大切な日だったし」
スーツ姿の宗吾さんは、本当に素敵だ。
長身でしっかりした体つき、男らしく精悍な顔。
大人の街……銀座にあまりに似合うので、惚れ惚れしてしまった。
この人が僕のパートナーだなんて、嬉しくて堪らない。
僕はこの先も繰り返すだろう。
何度も何度も、宗吾さんに恋して好きになる。
「嬉しいよ。瑞樹」
「何がですか」
「こうやって一つ一つ、君と向かい合って、繋がっていく部分が増えるのが」
「あっ、はい」
「さっきも言ったが、指輪の交換は北鎌倉でしよう。きっと向こうは紫陽花が綺麗だろう。自然豊かな場所で、花が咲く場所で……君の指に贈りたい」
次の週末、僕たちは北鎌倉の月影寺に一泊する約束をしていた。
だからそれは本当にもう間もなくの、確かな現実だった。
「まだ……なんだか夢を見ているようです」
「おいおい、夢じゃないよ。これは現実だ」
「はい。幸せな現実です」
「そうだよ。瑞樹」
ちょうど帰宅ラッシュの時間だった。
最近、宗吾さんと帰りの時間が合うことがなかったので、下りの電車に一緒に乗るのは新鮮だ。
「おいで」
「はい」
車中で人混みに揉みくちゃにされながら、僕は宗吾さんの胸元に収まった。
家に辿り着く前に、一足先に彼に抱かれている心地になり、胸が高鳴った。
ラッシュは嫌いだが、宗吾さんと一緒ならいいかも……
「おい、瑞樹、あんまりくっつくなよ」
「あっ、すみません」
そう言いながらも、駅に着くたびに人が乗って来て密着が深まるばかり。
宗吾さんだから、安心できる。
(あーもう、瑞樹は可愛すぎる……)
誰にも聞こえない声が届いた。
以心伝心なのかな。これも……
文字や言葉を使わなくても、お互いの心で通じ合っている。
宗吾さんと僕は今──
(宗吾さんこそ、カッコ良過ぎます……)
座っていた椅子から転げ落ちる程、驚いてしまった。
「おいっ瑞樹、落ち着けって」
「で、ですがっ……っ」
突然現れた宗吾さんの姿に、呆気に取られてしまった。
心臓が止まるとかと思った。
宗吾さんは、本当に神出鬼没だ。
「あの、お客様のお連れ様でいらっしゃいますか」
女性店員ににっこり微笑みながら聞かれたが、僕はどう答えたらいいのか分からなくて、宗吾さんを縋るような眼で見上げてしまった。
一方、宗吾さんは、どこまでも堂々としていた。
「えぇ俺は彼のパートナーです。隣に座っても?」
「もちろんでございます」
あっ……今……僕のことを『パートナー』と言ってくれた?
なんだか公の場で、そんな風に紹介されるのは初めてで、驚いたし不安にもなったが……心の奥底では、とても嬉しかった。
「お客様、もう一度、パンフレットをご覧になりますか」
「いや、さっき彼が希望した指輪を見せてくれ」
「畏まりました」
動揺したせいで膝の上に置いた手が小刻みに震え出してしまった。
隣に座った宗吾さんがすぐに察知してくれ、僕の手を机の下でそっと握ってくれた。彼の手が重なると、その温もりに一気に心が落ち着いた。
「瑞樹……震えなくていい。この店は一流だ。この意味、分かるだろう」
「は、はい」
確かに、ここは銀座の一流店だ。店員さんも皆、一流の教育を受けている。
つまり男同士で結婚指輪を買いに来たからといって、異端児のように見られることはない。現に僕の担当の女性も、何一つ態度を変えず、顔色も変えずに接客してくれている。
有難いな。
僕たちの左手薬指のサイズを測って、指輪を目の前に並べてくれた。
「へぇ……現物は更にいいな。瑞樹、これでいいか」
「はい。あの……宗吾さんはどうして、このデザインが気に入ったのですか」
「あぁ、小指に向かって流れるカーブが美しいよな。まるで流れる水のように潤いのあるデザインが気に入った。俺たちらしいと思ったのさ」
驚いた! まるで僕の心の内側が見えているような言葉だ。
目を丸くしていると、宗吾さんが快活に笑った。
「また以心伝心だったか」
「はい」
照れくさいが、二人で試しに左手の薬指に付けてみた。
ここが個別ブースで本当に良かった。
「お客様、サイズは大丈夫でしょうか。フィット感はいかがですか」
水の流れのような曲線デザインが、指に馴染んで付け心地もよかった。
「しっくりしますね」
「あぁフィット感がいいな。もし何かに流されそうになっても、俺たちはこの指輪同士で繋がっているからお互いの元に戻って来られるという印象を受けるな。それに水をイメージさせる流動的なデザインもいい……俺にとっての潤いは瑞樹自身だ、君のイメージと合っているよ」
これも以心伝心だ。
でも猛烈に面映ゆい……!
「そっ宗吾さん、もうそれ以上は今、ここでは言わないで下さい……すごく恥ずかしいくなります」
ここはまだ店の中で、目の前に女性店員さんが座っている事を忘れてしまったように、宗吾さんが愛を熱心に語り出すから焦ってしまった。
チラッと様子を伺うと、目の前に座る女性の店員の頬まで、赤く染まっていた。
「なっなんだか小説のワンシーンのようで、ドラマチックでうっとりしちゃいました。このお店をモデルに書かれたシーンがあって。あっすみません。余計なことを」
「ふぅん、それって、例の流行りの小説?」
「そっ宗吾さん!」
耳まで赤くして俯いてしまった店員さんが、気の毒だ。
「すまなかった。でも、そんな風に言ってもらえて嬉しいよ。瑞樹この続きはロマンチックな場所で多いに語ってやるからな。そうだな……北鎌倉がいいな」
「はっ、はい……」
****
宝飾店の白い手提げ袋には、小さな箱が入っている。
宝石箱に仲良く並ぶのは、二つの指輪。
それは僕と宗吾さんの結婚指輪。
ふたりで選んで、ふたりで購入した。
帰り道、朝から降り続く雨はまだ激しかったけれども、僕の心はまるで雲の上を歩いているように、ふわふわとしていた。
「あの……どうして僕の居場所が分かったのですか。あのタイミングは流石に不思議です」
「あぁそれはだな……紫陽花が道案内してくれた」
「どういう意味ですか」
「これさ」
「あっ!」
さっきエレベーターで指摘された紫陽花のガク……
もしかして道にも?
でもそんな『まるでおとぎ話』のような出来事が、現実に起こるなんて信じられない。
「そう言う事もあるのさ。たまにはいいじゃないか。人生において今日は大切な日だったし」
スーツ姿の宗吾さんは、本当に素敵だ。
長身でしっかりした体つき、男らしく精悍な顔。
大人の街……銀座にあまりに似合うので、惚れ惚れしてしまった。
この人が僕のパートナーだなんて、嬉しくて堪らない。
僕はこの先も繰り返すだろう。
何度も何度も、宗吾さんに恋して好きになる。
「嬉しいよ。瑞樹」
「何がですか」
「こうやって一つ一つ、君と向かい合って、繋がっていく部分が増えるのが」
「あっ、はい」
「さっきも言ったが、指輪の交換は北鎌倉でしよう。きっと向こうは紫陽花が綺麗だろう。自然豊かな場所で、花が咲く場所で……君の指に贈りたい」
次の週末、僕たちは北鎌倉の月影寺に一泊する約束をしていた。
だからそれは本当にもう間もなくの、確かな現実だった。
「まだ……なんだか夢を見ているようです」
「おいおい、夢じゃないよ。これは現実だ」
「はい。幸せな現実です」
「そうだよ。瑞樹」
ちょうど帰宅ラッシュの時間だった。
最近、宗吾さんと帰りの時間が合うことがなかったので、下りの電車に一緒に乗るのは新鮮だ。
「おいで」
「はい」
車中で人混みに揉みくちゃにされながら、僕は宗吾さんの胸元に収まった。
家に辿り着く前に、一足先に彼に抱かれている心地になり、胸が高鳴った。
ラッシュは嫌いだが、宗吾さんと一緒ならいいかも……
「おい、瑞樹、あんまりくっつくなよ」
「あっ、すみません」
そう言いながらも、駅に着くたびに人が乗って来て密着が深まるばかり。
宗吾さんだから、安心できる。
(あーもう、瑞樹は可愛すぎる……)
誰にも聞こえない声が届いた。
以心伝心なのかな。これも……
文字や言葉を使わなくても、お互いの心で通じ合っている。
宗吾さんと僕は今──
(宗吾さんこそ、カッコ良過ぎます……)
11
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
インフルエンサー
うた
BL
イケメン同級生の大衡は、なぜか俺にだけ異様なほど塩対応をする。修学旅行でも大衡と同じ班になってしまって憂鬱な俺だったが、大衡の正体がSNSフォロワー5万人超えの憧れのインフルエンサーだと気づいてしまい……。
※pixivにも投稿しています
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる