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成就編

白銀の世界に飛び立とう 25

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「パパ、あれって、お兄ちゃんじゃない?」
「ん? どこだー」
「ほら、あのリフトの……あれ、ぜったいに、お兄ちゃんだよ」

 芽生が指さす方向を見ると、確かにダークグレーのスノボウェアにヘルメットをした潤と、全身白いスキーウェアの瑞樹の後ろ姿が見えた。

 何故か彼らの隣には、淡いピンクとショッキングピンクのウェアの女性ふたりが座っていた。

「んっ、なんだ?」

 どういうことだ? まじまじと4人乗りのリフトを見つめてしまった。しかも女性が寄り添うように身体を傾けて、瑞樹に話し掛けているじゃないか。

 ななな、なんなんだー! 俺の瑞樹に手を出すなっと、思わず叫びそうになった。

 くそっ、学生時代に一度の失敗でスキーを諦めないで、頑張ればよかったと後悔するほど、瑞樹の横に座っているのが俺でないのを悔やんだ。

「パパ、だいじょうぶだよ。おにいーちゃんはパパのことが、だーいすきだからね」
「そうかな?」
「そうだよー! チョコだってとけちゃうほどのアチチだもん」
「はは! そうだったな」
 
 芽生は優しいな。こんな時に、さっと励ましてくれて。顔は俺の小さな頃に似ているが、瑞樹に育ててもらうようになってから、ますます優しくなった。

 芽生の一言のおかげで荒ぶった心が凪いで、和んでいった。

 まぁ、俺も大人げなかった。瑞樹たち兄弟の親密さも羨ましかったのもあるな。

 贅沢な悩みだ。そんな瑞樹が全てを明け渡してくれる相手は、俺しかいないのに……身体の中への侵入を許してくれるのも、全部……俺だけだ。

 瑞樹は傍目から見ても、本当に『かっこ可愛い男』だ。だから、当然女性にもよくモテる。スキー場で真っ白なスキーウェアに身を包んだ彼は、白馬の王子様のように爽やだったから、女の子が狙うのも無理もない。

 うーむ、やっぱり次は俺もあのリフトに一緒に乗るぞ! と、心の中で強く強く誓った。

 瑞樹はさらに上のリフトに乗り継いで山頂に行くと言っていたから、ここまで戻って来るのは、まだ先か。

 早く戻って来いよ、俺の元に。俺の胸に。

 心の中で、やっぱり独占欲の固まりだなと、苦笑してしまった。

「あ、さっきお兄ちゃんたちとリフトにのったお姉さんたちがすべってきたよ」
「よく分かるな」
「だって……ボクもいっしょにのりたかったんだもん。ほんとうは……」
「そうか。芽生もスキーの練習をパパみたいに頑張れば、リフトに乗れるぞ」
「ほんとう? お兄ちゃんがもどってきたら、とっくんしてもらう!」
 
  芽生は凜々しい顔で、遠くを見つめた。息子が何か新しいことに挑戦する顔っていいな。パパは応援しているからな。

 芽生と一緒に腕組みして、スキーコースを眺めていると、突然声を掛けられた。

「あのぉ~写真を撮ってもらえませんかぁ♡」
「……いいですよ」

 ん? 君たちって、先ほど俺の瑞樹とリフトにちゃっかり同乗した女の子では?

「……撮りますよ」

 大人対応すると、話し掛けられた。

「あの~もしかしてお一人ですか。スキーお上手そう。そのウェア、決まっていますね。私達、初心者なんですよ~、よかったら教えていただけませんか」

 なんと! 俺の息子が目に入らないのか。それにこの俺が上級者に見えるのか。

「いえ、俺は超初心者ですし、息子と一緒ですから」
「えー、なんだぁぁぁ~見かけ倒しか」

 おいおい、その言い草はなんだ? 口が悪いぞ!
 オヤジみたいに説教したくなったが、あっという間に視界から消えていた。

 まぁ……これでいいか。

 余計なものは、さっさとシャットアウトだ!
 

 ****

「わぁ!」
「潤……っ」
 
 出だしのコブで、いきなり潤が転倒したので、驚いた。

 すぐに潤の所に駆け寄った。

「大丈夫か。潤?」
「くっそ」
「潤、どこか打ったのか」
「平気だって!」
 
 心配で潤の背中に手をやるとパンっと跳ね飛ばされたので驚き、遠い昔の寂しい記憶が蘇りそうになった。

「ご、ごめん。僕……また何かした?」
「ち、違うんだ! そうじゃない! 心配かけて悪い。兄さんにオレのカッコイイところ見せようと力が入り過ぎた、あぁーこんなの情けねぇな!」

 ヘルメットを乱暴に取った潤が、天を仰ぎながら大声で叫んだ。

 そんなことを思っていたのか、潤……

 僕も一旦スキー板を外して、潤の隣に座り、それから思い切って、雪の上に寝そべってみた。
 
 降りたてのきれいな雪の上にバタッと倒れる……

 こんな風に、雪の上に埋もれるは、いつぶりだろうか。こんな時間、久しく持ったことがない。

「潤……両手を上下にバタバタと動かしてみて」
「ん? なんだ」
「……スノーエンジェルを作る遊び」

 驚いたことに……もう絶対にやらないと思っていた遊びを、僕の方からしていた。

「天使か……兄さんも……あの時……天国に逝きたかったのか」
「えっ……」
「ひとりぼっちになって……家族と一緒に逝きたかったと思ったことはなかったのか」

 潤と、こんな話をするのは、初めてだ。きっと潤なりにずっと気になって考えてきたことなのだろう。

「……あったよ。何回も……」

 僕は、正直に答えた。
 隠さない。もう何も隠さない――

「そっか……逝かないでいてくれて、ありがとう。オレたちと生きて……過ごしてくれてありがとう。許してくれて、笑ってくれて……今、一緒に横にいてくれて、こうやって地上から空を見上げてくれて……ありがとう」

 潤の目は涙で溢れ……嗚咽していた。

 そんな潤を横目で見ながら、僕も一緒に泣いていた。

「うん。逝かなくて良かった……潤……僕は……今……とても幸せだよ」
 
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