幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
669 / 1,871
成就編

幸せな復讐 23


「うぇっ、うえっ……」

 眠っていると、春斗の泣き声が聞こえて来た。

「春斗……? 泣いてるのか」
「大丈夫よ」
 
 隣で眠っていた妻はもうとっくに起きており、春斗におっぱいを与えていた。しばらくするとスッと泣き止み、安心した顔を妻の胸元で浮かべ出したので安堵した。

「おはよう。春斗、腹が空いていたのか」
「うーん、それもあるけど、甘えているのかも。おっぱい卒業はもう少しかかりそう」
「あぁ、ちゃんとご飯も食べているから問題ないんだろう? 春斗はまだ2歳にもなっていないんだ。もう少し自然に任せてもいいよ」
「ありがとう。カズくんは本当に子育てに理解があるよね」
「こちらこそ。先に起きてくれて、ありがとう」

 春斗を見ていると、俺も大切にされている気分になる。

 本当に妻には感謝している。バタバタと東京でお見合い結婚し、新婚旅行に行く暇もなく大分に戻り、宿を継いで、若女将になって……それからすぐに妊娠し、身重の最中に父が亡くなって、今に至る。

 宿を継いで2年目。ようやく夫婦の愛を交わす時間も、朝のこんな語らいの時間も設けられるようになってきた。
 
「そして、昨日は風呂場で……ありがとうな」
「やだ、お礼なんて。私もうれしかった。っと、カズくん、もうこんな時間よ」
「まずいな。ちょっと行ってくるよ」
「うん。まだ朝早いけど6時から露天風呂を使う人もいるから」
「あぁ!」

 丘の上に設置した露天風呂は最高の景観で、『樹木の湯』と呼ばれ宿の名物だ。

 ただ源泉の温度は高いので加水して調整し、湯かき棒で丁寧にかき混ぜて、温度調節するのが俺の仕事だ。

 俺は手早く顔を洗い、作務衣に着替えて丘を駆け上った。

 脱衣場の籠に旅館の浴衣が入っているのを横目で確認して、慌てて飛び込んだ。

 すると前方の白い蒸気の中に、肌色の人影があり、 よくよく見ると瑞樹の相手とその息子さんだった。

 瑞樹も傍にいるのかと、目を泳がせてしまった。

 湯をかき混ぜていくと、動揺した心が凪いでいった。

 熱くて入れない時も、湯を馴染ますといい。心もそうだ。少し落ち着かせると、すべきことが見えてくる。

 俺なんかが言う資格もないのは分かっていたが、それでもどうしても伝えたい言葉があった。ずっと心の奥底に籠もっていた。

「あ、はい。あの……本当にありがとうございます。もう……大丈夫でしょうか」

 伝われ! 

 願いを込めて真摯に頭を下げた。
 すると、彼がしっかりした口調で、想いに答えてくれた。

「あぁ、もう……(瑞樹は)大丈夫だ」
「良かったです。では後は……どうか……(アイツのこと)よろしくお願いします」

 言えた! ちゃんと言えた。

 俺の7年間を繋げたのだ。
 
「で、では失礼します」

 もう一度お辞儀をして、露天風呂を出た。

 鼓動が早い――

 俯いたまま、黙々と歩き続けた。

 顔を上げないと――

 もう思い残すことはないはずだ。

 丘を降りる時しっかり立ち止まり、正面の由布岳を見つめて深呼吸をした。

 あぁ、驚いた。まさか彼らとばったり出くわすなんて。あの場に瑞樹がいなくて良かった。居たら冷静でいられなかったかもしれない。

 彼には、ちゃんと伝わった。

 俺の心残りを全部受け止めてもらえたのだ。

 そう思うと、心がすっきりした。

 瑞樹の相手と直接話す機会なんてないと思っていたのに、絶好の機会に恵まれた。

 そうか……

 瑞樹と俺は、最後まで縁があったのだな。

 そう思うと、あの7年間も無駄ではなかった。

 瑞樹が今、幸せで……本当に良かった!

 俺は今、俺を彩ってくれる世界を大切に、生きていこう!

「ふぅ……」

 額に浮かんだ汗を拭おうとしたら、目が沁みた。

 手の甲で拭うと、それは涙だった。

 いつの間に……いつから……泣いていたのだろうか。

 若い頃には分からなかったことが、歳を重ね、責任が増えてくるにつれ見えてくる。

 生きているとさ、ままならないこともある、どうしようもないことも。

 人生はいつも輝いて……希望で満ちあふれているわけではない。

 挫折も後悔もつきものだ。

 そこから、どう生きるか。

 全部、自分次第だ。


 
 ****

「パパ、いいお湯になったねぇ」
「あぁ、本当にいい湯加減だ」
「あのオジサンの棒は、魔法なのかな。ボクも欲しいな」
「ははっ、あれは魔法じゃないよ」
「じゃあ何?」

 芽生に聞かれて、少し考えてしまった。
 
 瑞樹が付き合った男は、真心を持っていた。

 瑞樹を一方的にふって、置いていった奴だ。瑞樹をあの日あの公園であんなに泣かせた男だと、正直恨んだこともあったさ。

 まぁ……俺は世俗的で、聖人君子ではないからな。

 ただ俺も……歳を重ねるにつれ、人生にはままならないこともあり、別れを選ばないと行けないときあることを学んだ。

 真っ直ぐにゴールまで道を走っていけたらいいが……ハプニングで泣く泣く途中で棄権しないといけない時もある。病気、事故、いろいろなことが人生には突然やってくるだろう。

 彼は、彼なりに……真心を尽くしてくれた。

 この若木旅館という歴史を背負った彼の重そうな背中を見送った時、ふとそう思った。
 

「そうだな。彼の真心だったんだ」
「まごころ?」
「偽りや飾りのない、相手を大切に想い、尽くす心のことかな」
「むずかしいね。でもタイセツにしたいっていうのはわかるよ」
「そうか」
「お兄ちゃんのこと、パパ、ボクたち、ずっと大切にしようね」
「参ったな、芽生が先に言うのか。あぁ、俺たちふたりで大切にしていこう」

 風呂場で芽生を抱っこしてやった。

 愛しい息子。

 俺の人生の応援者だ。

「芽生のことも大切にさせてくれ。瑞樹と一緒に芽生の成長を見守るのが、パパの楽しみだよ」
「うん。ボク、大きくなるよ! だって、もうすぐ小学生だもん!」

 
 
感想 88

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。