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小学生編
北国のぬくもり 10
「瑞樹、気をつけて」
「お兄ちゃん、頑張って」
「うん! じゃあ言ってきます」
バックミラーに二人が仲良く手を振る様子が映っているのを、眩しく見つめた。和やかに見送られて、僕はアクセルを踏み込み、葉山生花店の車を発進させた。
なのに……車道に出て加速しようとしたところで突然怖くなり、すぐに路肩で停まってしまった。
「あ……っ」
ハンドルを握る手が、ブルブルと震えている。
「どうしたんだ? 静まれ……!」
必死に手を押さえるが、あの時のように感覚を失っている気がして動転してしまった。
怖い……本当は怖いのだ。
な……何が?
僕を狙ったアイツの本拠地近くを通るのも怖い。
でも……もっと怖いことがある。
心に正直に向き合えば、すぐに分かった。
やっと手に入れた幸せな世界から、僕だけ抜け出して行くのが怖いのだ。
花を納品して戻って来た時に、皆いなくなってしまったら、どうしよう?
あぁ……どうして?
どうして今日に限ってこんなことを考えてしまうのか。
身体を震わせながらハンドルに顔を伏せると、すぐに窓をドンドンと叩かれ、血相を変えた声が聞こえた。
「おいっ、瑞樹! どうした?」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「あ……」
「とにかく、ここを開けろ、顔色が真っ青だぞ」
「す……すみません」
「馬鹿、謝らなくていい! ちゃんと話してくれ! 吐き出してくれ!」
「あ……」
宗吾さんが芽生くんを抱えるように抱きしめ走って来てくれたのだ。
すぐにふたりで助手席に乗り込んでくれた。
宗吾さんと芽生くんのぬくもりを感じ、少し心が落ち着いた。
「ぼ……僕、急に……突然……怖くなってしまって」
「瑞樹……もしかして一人で行くのが怖いんじゃないか」
「あ……っ」
それは図星だった。
「馬鹿だな。無理すんな」
宗吾さんが僕の散り散りばらばらになった心を掴まえて、ギュッと包んでくれた。その大きな手の平で、何度も何度も背中を撫でてくれた。
「宗吾さん……どうしよう。手が……手が……動かないんです!」
感覚を失った右手を……必死に宗吾さんに向けて伸ばした。
「瑞樹……大丈夫だ、これは一時的なものだ」
宗吾さんが僕の手を包み込み、温めてくれる。
芽生くんも、僕の手に必死に触れてくれる。
大好きな人からの、ぬくもりが届く。
ぬくもりを感じる!
「少しは落ち着いたか」
「はぁはぁ……」
冷たい汗を、大量にかいていた。
参ったな……もう大丈夫だと思っていたのに、どうして今更。
自分の身体の、意図せぬ反応が悔しくて泣けてくる。
「くっ」
奥歯を噛みしめると、目の端から涙がつーっと流れた。
「瑞樹、大丈夫。もう……大丈夫だ」
「どうしよう……どうしよう」
納品の時間が迫っているのに、このままでは駄目だ。必死に気持ちを立て直そうとするが、底なしの沼にはまったように、手にも足にも力が入らない。
「分かった。俺が納品してくるよ。住所はここか」
「ですが……まだ向こうで最終的な飾り付けをしないと、僕が行かないと駄目なんです」
「だが……こんな状態の君をひとりでは行かせられない」
僕らの様子を窺っていた芽生くんも、おろおろしている。
「パパ、お店にお客さんがきたらどうするの? おばあちゃん、コシがいたくて、うごけないのに……」
「そうか、店番もいるな」
「ボクひとりでできるよ」
「芽生、それはまだ駄目だ」
「でも……あぁ、こんな時……どうしたら?」
三人で途方に暮れていると、馴染みのある声が降ってきた。
「おーい、こんな時はオレの出番じゃないか」
「じゅ……じゅーん……」
日焼けした潤の顔がフロントガラス越しに見えて、腰が抜けるほど安堵した。
「な、なんで……」
「必死に軽井沢から徹夜で車走らせてさ、朝一番の飛行機に飛び乗ったんだ」
「じゅ……じゅーん、来てくれたのか」
僕は運転席側のドアから降りて、思わず抱きついてしまった。
今の僕には、潤が必要だ。
「に、兄さん……ど、どうした?」
「潤……来てくれてよかった」
「どうした? 何かあったのか。大丈夫か」
「うん、うん……すごくホッとした」
「瑞樹、手を見せてみろ」
「あっ……」
宗吾さんが、僕の右手の状態を確かめてくれた。
「よし! ちゃんと動いているぞ」
「よかったぁ。お兄ちゃん、元気になったんだね」
宗吾さんが事情を手短に話して潤に納品を頼もうとしたら、断られた。
「いや、納品は兄さんと宗吾さんでお願いします。兄さん、こういう時は幸せな花にたっぷり触れた方がいい」
「でも……潤は?」
「オレは芽生坊と花屋さんをするよ!」
ニカッと笑う潤の笑顔は、もうかつてのひねくれたものではなく、どこまでも澄んで爽やかだった。
「潤くん、格好良くなったな! じゃあ芽生のこと頼むよ。俺は瑞樹と行ってくる」
「宗吾さん、よろしくお願いします。兄さんの役に立って嬉しいよ」
「潤……ありがとう。本当にありがとう」
軽井沢と白馬でこの冬一緒に過ごしたおかげで、潤と僕の絆はますます深まっていた。
分かり合える、助け合えることの喜びを知る。
「瑞樹、運転は俺がするから、君は助手席に座れ」
「あ、はい……」
「大丈夫。君の幸せは絶対に逃げない。俺たちは君を置いてどこにも行かないから安心しろ!」
「お兄ちゃん、頑張って」
「うん! じゃあ言ってきます」
バックミラーに二人が仲良く手を振る様子が映っているのを、眩しく見つめた。和やかに見送られて、僕はアクセルを踏み込み、葉山生花店の車を発進させた。
なのに……車道に出て加速しようとしたところで突然怖くなり、すぐに路肩で停まってしまった。
「あ……っ」
ハンドルを握る手が、ブルブルと震えている。
「どうしたんだ? 静まれ……!」
必死に手を押さえるが、あの時のように感覚を失っている気がして動転してしまった。
怖い……本当は怖いのだ。
な……何が?
僕を狙ったアイツの本拠地近くを通るのも怖い。
でも……もっと怖いことがある。
心に正直に向き合えば、すぐに分かった。
やっと手に入れた幸せな世界から、僕だけ抜け出して行くのが怖いのだ。
花を納品して戻って来た時に、皆いなくなってしまったら、どうしよう?
あぁ……どうして?
どうして今日に限ってこんなことを考えてしまうのか。
身体を震わせながらハンドルに顔を伏せると、すぐに窓をドンドンと叩かれ、血相を変えた声が聞こえた。
「おいっ、瑞樹! どうした?」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「あ……」
「とにかく、ここを開けろ、顔色が真っ青だぞ」
「す……すみません」
「馬鹿、謝らなくていい! ちゃんと話してくれ! 吐き出してくれ!」
「あ……」
宗吾さんが芽生くんを抱えるように抱きしめ走って来てくれたのだ。
すぐにふたりで助手席に乗り込んでくれた。
宗吾さんと芽生くんのぬくもりを感じ、少し心が落ち着いた。
「ぼ……僕、急に……突然……怖くなってしまって」
「瑞樹……もしかして一人で行くのが怖いんじゃないか」
「あ……っ」
それは図星だった。
「馬鹿だな。無理すんな」
宗吾さんが僕の散り散りばらばらになった心を掴まえて、ギュッと包んでくれた。その大きな手の平で、何度も何度も背中を撫でてくれた。
「宗吾さん……どうしよう。手が……手が……動かないんです!」
感覚を失った右手を……必死に宗吾さんに向けて伸ばした。
「瑞樹……大丈夫だ、これは一時的なものだ」
宗吾さんが僕の手を包み込み、温めてくれる。
芽生くんも、僕の手に必死に触れてくれる。
大好きな人からの、ぬくもりが届く。
ぬくもりを感じる!
「少しは落ち着いたか」
「はぁはぁ……」
冷たい汗を、大量にかいていた。
参ったな……もう大丈夫だと思っていたのに、どうして今更。
自分の身体の、意図せぬ反応が悔しくて泣けてくる。
「くっ」
奥歯を噛みしめると、目の端から涙がつーっと流れた。
「瑞樹、大丈夫。もう……大丈夫だ」
「どうしよう……どうしよう」
納品の時間が迫っているのに、このままでは駄目だ。必死に気持ちを立て直そうとするが、底なしの沼にはまったように、手にも足にも力が入らない。
「分かった。俺が納品してくるよ。住所はここか」
「ですが……まだ向こうで最終的な飾り付けをしないと、僕が行かないと駄目なんです」
「だが……こんな状態の君をひとりでは行かせられない」
僕らの様子を窺っていた芽生くんも、おろおろしている。
「パパ、お店にお客さんがきたらどうするの? おばあちゃん、コシがいたくて、うごけないのに……」
「そうか、店番もいるな」
「ボクひとりでできるよ」
「芽生、それはまだ駄目だ」
「でも……あぁ、こんな時……どうしたら?」
三人で途方に暮れていると、馴染みのある声が降ってきた。
「おーい、こんな時はオレの出番じゃないか」
「じゅ……じゅーん……」
日焼けした潤の顔がフロントガラス越しに見えて、腰が抜けるほど安堵した。
「な、なんで……」
「必死に軽井沢から徹夜で車走らせてさ、朝一番の飛行機に飛び乗ったんだ」
「じゅ……じゅーん、来てくれたのか」
僕は運転席側のドアから降りて、思わず抱きついてしまった。
今の僕には、潤が必要だ。
「に、兄さん……ど、どうした?」
「潤……来てくれてよかった」
「どうした? 何かあったのか。大丈夫か」
「うん、うん……すごくホッとした」
「瑞樹、手を見せてみろ」
「あっ……」
宗吾さんが、僕の右手の状態を確かめてくれた。
「よし! ちゃんと動いているぞ」
「よかったぁ。お兄ちゃん、元気になったんだね」
宗吾さんが事情を手短に話して潤に納品を頼もうとしたら、断られた。
「いや、納品は兄さんと宗吾さんでお願いします。兄さん、こういう時は幸せな花にたっぷり触れた方がいい」
「でも……潤は?」
「オレは芽生坊と花屋さんをするよ!」
ニカッと笑う潤の笑顔は、もうかつてのひねくれたものではなく、どこまでも澄んで爽やかだった。
「潤くん、格好良くなったな! じゃあ芽生のこと頼むよ。俺は瑞樹と行ってくる」
「宗吾さん、よろしくお願いします。兄さんの役に立って嬉しいよ」
「潤……ありがとう。本当にありがとう」
軽井沢と白馬でこの冬一緒に過ごしたおかげで、潤と僕の絆はますます深まっていた。
分かり合える、助け合えることの喜びを知る。
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