幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

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小学生編

湘南ハーモニー 40



  昨夜は崩れ落ちるように眠りについたせいか、随分早く目覚めてしまった。

「ん……宗吾さん?」
 
 宗吾さんと芽生くんは、重なるように畳の上で眠っていた。酷い寝相で雑魚寝に近い状態だ。部屋の空気を換気するために障子と窓を開けると、風鈴の音がちりんと涼を運んでくれた。

 今日も暑い一日になりそうだ。

 あっ、ここからは寺の中庭が一望出来るんだな。
 
  すると濃紺の作務衣に長髪を無造作に束ねた流さんの姿が、竹林から現れた。

 流さんも僕の視線に気付き、こちらを見上げたので、朝の挨拶をした。

「おはよう!」
「あ……おはようございます」
「もう、皆、起きたのか」
「いえ、まだぐっすりです」
「そうか。なぁちょっと降りてこないか」
「?」

 急いで顔を洗って庭に降りると、流さんに笑われた。

「瑞樹くん、寝癖がすごいな」
「え?」
「猫っ毛なんだな」
「そうかもしれません」
「こっち、こっち」

 案内された場所は、寺の奥庭だった。

 そこには夏の花が満開になっており、思わず息を呑んでしまった。

「これは、すごいですね!」

 紫の桔梗に白やピンクのダリア、白いトルコギキョウなど見事に咲いていた。

「瑞樹くんって、生花デザイナーだよな?」
「はい、そうですが」
「実はやってみたいことがあって」
「なんでしょう?」

 流さんは、一枚の写真を見せてくれた。

 それは紫陽花を手水鉢に浮かべたもので、美しく癒やされるものだった。

「これは花手水《はなちょうず》といって、最近、寺でやるところが増えているそうだ」
「耳にしたことがあります。わぁ……とても素敵ですよね」

  花手水とは、神社やお寺にある手水舎《ちょうずや》の手水鉢に色鮮やかな花を浮かべることで、見た目の華やかさからフォトジェニックな空間として、最近注目されている。

「瑞樹くんにも出来るか」
「え? 僕がですか」
「そうだ」

 未経験だし……仏門に縁がない僕が手を出してもいいのだろうか。

「あの、流さんに手解きしながらなら」
「おぉ! そうか、俺でも出来るのか」
「はい! 花を想う心があれば、誰でも花に触れていいのです」
「いい言葉だ」

 二人で色鮮やかな花を摘み、水を張った手水鉢にそっと浮かべていった。

「おぉ! 瑞樹くんは流石だな」
「流さんもセンスがいいです」
「そうか」

 僕たちは意気投合して、花手水を一気に完成させた。

「これは翠が喜びそうだな」
「あの……流さんと……翠さんって」
「ん?」

 しまった! つい野暮なことを口に出してしまった。

 昨夜の宗吾さんの言葉を思い出し、反省した。

『みーずき、いろんな恋があっていいんじゃないか。この月影寺はそれぞれの愛で満ち溢れているから』

「いえ……その、二人はお似合いですね」

 そう告げると、流さんは向日葵のような明るい笑顔になった。

「……そうか、そう見えるか。ありがとうな。嬉しいよ」
「このお寺は愛で満ちています。だから僕も大好きです」
「いつでも来るといい」
「はい、ありがとうございます」

 ペコッと挨拶すると、窓から声がした。

「瑞樹、何をしている?」
「宗吾さん、おはようございます!」
「お兄ちゃん、おはよー」
「あ、芽生くんも起きたんだね」
「そっちにいってもいい?」
「おいで!」

 程なく、まだパジャマ姿の芽生くんが元気よく走ってきた。

 宗吾さんはまだ眠そうで、頭もボサボサでゆっくり歩いて来る。

 くすっ、僕は飾らない宗吾さんが好きだ。

「おにーちゃん、おはようー」

 手を広げてしゃがむと、ポスッと胸の中に収まってくれた。

「ふふっ、よく眠れたかな?」
「うん! あのね。何していたの?」
「見てご覧」

 抱っこして花手水を見せてやると、芽生くんが目を輝かせた。

「わぁぁ! お花畑が出来ている!」
「これね、お水にお花を浮かべているんだよ」
「きれい!」
「へぇ『花手水』か……いいな」
「宗吾さんはご存じでしたか」
「CMで使ったことがあるが、月影寺の花手水は最高だな。流石瑞樹だな」

 宗吾さんが顎に手を当ててしげしげと眺めているので、照れ臭くなった。

「何をしているんだい?」
 
 住職姿の翠さんも、ヒョイと竹藪から顔を覗かせた。

「兄さん、これを見て下さいよ」
「へぇ、綺麗だね。瑞樹くんが作ってくれたのかい?」
「俺が頼んで、俺も一緒に」
「いいね。寺を訪れる人の癒やしになるね」

 翠さんに気に入ってもらえ、流さんはますます上機嫌だ。

「お兄ちゃんは、お花さんのことが大切なんだね。いいお友だちなんだね」
「え?」
「なかよしだから、こんなにきれいにかざってあげられるんだね」
「あ……ありがとう」

 相手を大切に思う。それは人でもモノでも同じだ。

「素晴らしいね。芽生くんは大切なことを知っているんだね。この人を幸せにしたいという気持ちは、とても大切なんだよ。僕も相手が自分と一緒にいることで寛いでくれ、愛される喜びを感じてくれたら嬉しいと思うよ」

 翠さんの話し方は穏やかで核心を突いているので、聞き入ってしまう。

「目の前にいる人を見てご覧。きっと彼はここまで来るのに色々な経験をしてきたはずだ。それは良いことばかりではなく、悲しく悔しく切なく傷つくことだったかもしれない。相手をあるがまま受け止め抱きしめられたら、二人の絆はどんどん深まっていくだろうね」

 僕は宗吾さんを見つめ、宗吾さんは僕を見つめた。

 目の前にいる大切な人だ。

 いつの間にか丈さんと洋くん、そして学ラン姿の薙くんもやってきた。

 僕らは瑞々しい花手水を囲んで、翠さんの説法に耳を傾けた。

 それは、深い深い愛の話だった。

「人間ってね……相手を愛せば愛すほど、相手の幸せが自分の幸せだと感じられるようになる生き物で、そこまで誰かを愛せた時には自分の中にも本当に幸せな温もりが充満し、心からの幸せを感じられるようになると、仏様も仰っているんだよ」
 
 翠さんの深い言葉から、ふと『ハーモニー』という言葉が頭に浮かんだ。

 オーケストラの人たちが常にお互いの音を聴いてお互いの心に耳を澄ましているのと同様に、人も自分の心に耳を澄ますだけでなく、相手の心にも耳を澄ませば、その関係はきっと上手くいく。
 
 つまり言い換えれば……沢山の人同士の関係が上手くいっていることを『ハーモニー』と言うのかもしれない。 

 ならば……今ここに集う人たちもハーモニーだね。

「瑞樹、ここに来て良かったな」
「はい。大切なことを教えてもらえました」
「俺たち、いいハーモニーを奏でていこう」
「あの……僕も同じことを考えていました」
「ふっ、それもハーモニーさ」
「あ……はい!」

 気付けば花手水を囲んで、優しい思いが繋がり、大きな縁が出来ていた。

 僕らは『湘南ハーモニー』

 この出会い、この想いを大切に生きていく。

 風に身を任せて、また飛び立てる。

 花手水にさしこむ朝日のように、爽やかな朝だった。








あとがき(不要な方は、飛ばしてください)







****

40話にて『重なる月』とのクロスオーバー『湘南ハーモニー』が終わりました。『重なる月』未読の方には分かりにくい部分もあったかもしれません。
40話に渡りお付き合い下さいまして、本当にありがとうございます。

更新の度に、沢山のスタンプやスターで応援していただけて、励みになっていました。私が毎日更新していけるのは、待って下さる方がいらっしゃるから。更新を追って読んで下さる方がいらっしゃるから。一緒に私の妄想ワールドを楽しんで下さる読者さまに感謝しています。

一馬と会うところで完結させた『幸せな存在』、芽生の小学生編としてここまでほぼ毎日書いてきました。実はもう殆ど書きたかったことは書いてしまい、今後はどうしようかなと迷い中なので、もしかしたら暫くお休みいただくかもしれません。

管野くんとこもりんの話を番外編として書くのもありなのかしら?
読んでみたいシーンなどリクエストも募集中ですので、お気軽に……♡
読者さまと作り上げていくスタイルなので、お待ちしています。
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