幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
890 / 1,865
小学生編

日々うらら 13

しおりを挟む
「瑞樹、悪い。急に連絡があって仕事に呼ばれちまった」
「あ……大丈夫ですよ。僕はこのまま見ていても?」
「もちろんだ、悪いがあとは頼むよ」

 宗吾さんにポンと肩を叩かれた温もりが、心地良かった。

 芽生くんを、僕に任せてもらえる。

 それが嬉しかった。

 一時間目が終わった所で、校門で宗吾さんを見送った。

 そのまま体育館に移動するため歩き出すと、体操着に着替えた芽生くんとすれ違った。

「あっ、お兄ちゃんー つぎはうんどうかいのれんしゅうだよ~ みていてね」
「うん!」
「あれ? パパは?」
「急にお仕事が入ってね」
「そっか~ でもお兄ちゃんがいてくれてよかった」
「ありがとう。ちゃんと見ているからね」
「うん!」

 ニコニコ笑顔の芽生くんが手を振ってくれる。

 体操着姿、とっても可愛いね。
 
 幼稚園の時より背が伸びたから、視線が前より近くなって不思議な感じだ。
 
 宗吾さんは背が高いから、パパの遺伝子が強そうな芽生くんも大きくなりそうだ。

 いつか抜かされてしまう日が来るのかな?

 戸棚の物を取ってもらう日が来てしまうかもと思うと、照れ臭いよ。

 僕もそんなに背が低い方ではないのだけれどもね。

 その日までは一日一日を、いや一瞬一瞬を大切に過ごしたいよ。

 
 校庭に着くと一年生だけでなく、上級生も集まっていた。

「縦割り班の競技の練習だったのね」
「わぁ~ 六年生って大人みたいな子もいるのね」

 保護者の話声を聞いて納得した。どうやら学年ではなく、一年生から六年生までを縦に割った班ごとの競技練習らしい。

「ちょっといいですか」
「ごめんなさいね」
「あ、はい……」
 
 校庭には大勢の父兄が集まっていて、遠慮しているうちにどんどん後ろになってしまった。

 困ったな、父兄観覧ゾーンは決まっているので、これでは芽生くんの様子が見えないよ。

 こんな時宗吾さんがいたらと、ちらりと思ってしまう。

 僕は相変わらずこんな調子だ。

 それでも頑張って人と人の隙間から覗き見た。

「デカパンレースですって、かわいい」
「大きなパンツね」

 なるほど、大きなパンツに上級生と下級生が一緒に入って、駆けっこをするのか。
 
  芽生くんはどこだろう?

「こっちこっち、こっちが見やすいわ」

 またもやドンっと弾き飛ばされてしまった。

 まだ運動会の予行練習なのに……参ったな。この分だと本番はもっと激戦だろう。

 それでもちゃんと見守りたい。宗吾さんと約束したのだから。

 そんなことを繰り返しているうちに、場が妙な雰囲気になった。

 何だろう? 何かあったのか。

 胸がドキドキする。これはとても嫌な予感だ。

「あら、かわいそうに」
「大丈夫かしら?」
「痛そうね」

 そんな声のあと、一年生の担任がこちらに向かって走ってきた。

「すみません! 滝沢芽生くんの保護者の方いらっしゃいますか」

 え!! 今、滝沢……芽生と?
 心臓がバクバクした。
 何事なのか。
 目の前が真っ青になってしまった。

「あ……僕です。め……芽生くんに何か」
「あなたはお父さんですか」
「あ……いえ、あ、兄です」

 咄嗟にそう答えてしまった。

 すると先生は納得したように深く頷いてくれた。

「朝顔のお兄ちゃんですね。保健室に一緒に!」
「あ、あの芽生くんに何か」
「上級生に指を思いっきり踏まれてしまって怪我を」
「怪我!」

 くらくらと目眩がして動揺したが、必死に奮い立たせた。
 宗吾さんがいない今、僕が保護者だ。しっかり対応しないと。

 保健室に近づくにつれて、僕の心臓は更にドキドキしてきた。
 胸が痛いよ……芽生くん。
 今、お兄ちゃんが行くからね!

「こちらです」
「芽生くん!」
「お、お兄ちゃんっ」

  芽生くんは真っ青な顔で、泣くことも出来ずに固まっていた。
 分かるよ。人はあまりにびっくりすると涙も引っ込んでしまうのだ。

「こっちに、おいで!」
「う……うん」

 怪我していない方の手……震える手を僕に伸ばしてきたので、僕はしっかりその手を握りしめてやった。

 絶対に離さないよ!
 
「滝沢芽生くんの保護者の方ですか」
「はい」
「こちらの不注意で、デカパンを履く時に五年生の子が、滝沢くんの右手を思いっきり踏んでしまって」
「そうなんですね、芽生くん大丈夫だよ。僕がついているからね」
「ぐすっ、ぐすっ、お兄ちゃん……お兄ちゃんっ」

 芽生くんの表情が緩んでいく。
 ようやく……やっと、芽生くんが泣けた。

「大丈夫。大丈夫だよ。お兄ちゃんがついているからね」
「い、いたい、いたいよぉー おゆびがいたいの」
 
 今度は涙が止まらなくなる。それも分かる。
 安心してくれたんだね。

「あの、指……青くなっていますよね。病院に行った方が?」

 青というかドス黒い。もしかして、骨折しているのでは?
 
「えぇ、骨折しているかもしてないので、今すぐ整形外科に行ってください」
「分かりました」



 僕は泣きじゃくる芽生くんと一緒に、整形外科に向かった。

 すぐにレントゲンを撮ると案の定……芽生くんは右手の人差し指、第一関節部分を骨折していて、キャップのような青いギブスと痛み止めをもらって帰宅した。

 診断では複雑ではなくほんの少し折れた程度なので、キャップ式のギブスで3週間ほど固定すればいいとのことだった。

「ズキズキいたいよ……、おにいちゃん……メイあるけない」
「芽生くん、おんぶしてあげるよ」
「うん」

 帰り道、芽生くんはもうグズグズになっていた。

 僕と二人きりになり、気が緩んだのだろう。

 僕も……先ほどまで自分でも驚く程冷静に対応していたが、家に帰ってきたら一気に気が抜けてしまったようだ。

「おにいちゃん、メイ、ねむたい」

 ショックと痛み止めの影響で、少し眠くなったようだ。
 
「お兄ちゃんと一緒に寝ようか」
「うん、おにいちゃん、メイ……指がズキズキいたいの」
「お兄ちゃんがいるよ」
「ぐすっ、いっしょにいて、ぎゅうして」
「うん」
 
 僕はこんな状況なのに、心の中で少しだけ安堵していた。

 最近、真っ直ぐに成長する芽生くんがいい子すぎて、少しだけ心配だったんだ。

 しかしこんな風に、年相応にグズって甘えてもらえて、ホッとしたよ。

 君はまだ一年生、たった六歳だ。まだまだ痛い時は泣いて、甘えたい時は甘えて、自分の感情に素直でいて欲しい。

 僕は芽生くんを抱きしめて、背中を優しく撫でてあげた。

「芽生くん、大丈夫、大丈夫だよ。僕がいるから……」
「おにいちゃん……おにいちゃん」

 指が痛むのか、なかなか寝付けない芽生くんを抱きしめると、狂おしい程の愛おしさと、この子の成長をしっかり見守りたい気持ちが溢れてきた。
 
 あの日為す術もなく逝ってしまった夏樹を想えば、こんな時間を持てること自体が奇跡だ。

 トントンと規則正しく背中を叩いてあげると、やがて芽生くんが眠りについた。つられて僕も眠くなってきた。

「夏樹……お兄ちゃん、頑張ったよ」

  パニックになってもおかしくない状況だったけれども、今の芽生くんには僕しかいないと思うと、踏ん張れたんだ。

 僕も少しは成長している?

 少しは乗り越えていっているのかな。

 過去の悲しい別れから……

 羽ばたいて――
しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

白花の檻(はっかのおり)

AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。 その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。 この出会いは祝福か、或いは呪いか。 受け――リュシアン。 祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。 柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。 攻め――アーヴィス。 リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。 黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。 王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

自分勝手な恋

すずかけあおい
BL
高校の卒業式後に幼馴染の拓斗から告白された。 拓斗への感情が恋愛感情かどうか迷った俺は拓斗を振った。 時が過ぎ、気まぐれで会いに行くと、拓斗には恋人ができていた。 馬鹿な俺は今更自覚する。 拓斗が好きだ、と――。

処理中です...