912 / 1,865
小学生編
降り積もるのは愛 10
しおりを挟む
「母さん行っておいでよ」
「そうですよ、お母さん、お店もお正月休みだし大丈夫ですよ」
広樹とみっちゃんに背中を押されて、私は飛行機に飛び乗った。
前に飛行機に乗ったのは、あの時だったから少し緊張するわね。
「落ち着こう……」
あの時とは……瑞樹が高校時代に付きまとわれていたストーカーに拉致監禁され、ようやく救助された時よ。
あの時は、飛行機の中でもずっと胸が潰れるような心地だった。広樹と潤に支えられながら搬送先の病院に向かったのよ。
遠い親戚のお姉さんの大切な息子を引き取ったのは、あんな事件に遭わせるためではない。私は親としての責任を果たせなかったと、自分を責め続けたわ。
病室で身体中に包帯を巻いて眠り続ける瑞樹を見た時、息が止まるかと思った。
澄子さんが事故で亡くなった光景を直接見たわけではないのに、その姿と重なり耐えがたいものがあったわ。
誰が私の大切な息子を酷いに目に遭わせたの?
未だにあの日を思えば怒りが湧いてくるのが本音よ。でも瑞樹はもう幸せに暮らしているのだから、私も忘れないとね。
でもね……正直、私にはまだ軽井沢は辛い思い出が真っ先に浮かぶ場所なのよ。
それは私だけではなく、潤も同じ気持ちなのよね。潤は自分が事件の発端になったことを責めていた。あの子がそのまま軽井沢で働くと決めた時に、何も言えなかった。敢えて惨い事件現場近くで働き続けるのは、あの子なりの懺悔の気持ちなのかもしれない。
ともかく正月に帰省もせずに、ひとりで見知らぬ土地で頑張る息子にエールを送りたかった。広樹が結婚して子供も出来て遠慮しているのも感じたのよ。
来ないのなら、私が行こう!
「母さんこっち! こっちー」
久しぶりの再会……潤は健康的な笑顔を浮かべていた。着古したセーターに作業着のようなズボンの息子が誇らしかった。
函館に居た頃のあなたは、見かけばかり気にして滅茶苦茶な服装で粋がっていたけれども、今は違うのね。
それは、懸命に働いている人の姿よ。
亡くなったお父さんもいつもそんな感じだった。
「母さん、元気だった?」
「潤こそ、元気だった?」
「まぁな」
ずっと寒空の下で待っていたのかしら? 鼻の頭を赤くして可愛いわね。
「ごめんな、こんな格好で」
「私もこんな格好よ」
私も着の身着のままで来たようなものだから、毛玉だらけのセーターを着ていた。
お互い見つめ合って笑ってしまった。
「似たもの親子だな」
「そうね」
「母さん、クリスマスに何もあげられなかったから、今日は服を買ってやるよ」
「え!」
潤がそんなこと言うなんて!
驚いて目を見開いていると、潤がもっと気まずそうに話を続けたわ。
「……あのさ、俺も服を買いたいんだけどさ、よく分からないから選んでくれよ」
「え? 潤のを」
「だから、一緒に買い物に行こうぜ」
びっくりしたわ。成人した息子と服を買いに行けるなんて思っていなかったから。
潤が連れて行ってくれたのは、軽井沢駅直結のアウトレットだった。
「まぁ! お洒落ねぇ」
「……だな」
ショーウインドウには今風のお洒落な服ばかり並んでいるので、気後れしつつ二人で歩いていると、フランスのアウトドア用品の前で、同時に足を止めて叫んでしまった。
「あっ、これ!」
「これ!」
「瑞樹に似合いそうね」
「兄さんにいいかも!」
お互いに顔を見合わせて、笑ってしまったわ。考えていることが一緒なのね。
それはミルクティーのように優しいベージュの、ダウンジャケットだった。
「あの子、私に札幌の高級ホテルの食事券をくれたのよ」
「俺にも、軽井沢プリンセスホテルのアフタヌーンティーチケットを」
「広樹たちにはゆめの国のチケットに飛行機代まで」
瑞樹は思い出を作る種を贈ってくれたのね。
「これさ、70%オフだって」
「本当だわ。すごいお買い得ね」
「なぁ母さんが半分出してくんない? そうしたら買えそうだよ」
「まぁ甘えて……いいわよ! その代わりあなたの分も買うわよ」
「へっ?」
「母さんね、兄弟でお揃いを着せるのが夢だったの。今からでも遅くないでしょ?」
私は思いきって広樹にはモスグリーン、瑞樹にはミルクティーベージュ、潤にはブラックのダウンコートを買ってあげたの。
「母さん……オレにもいいのか」
「もちろんよ。あとはあなたのセーターね。潤はお父さんに似てるから、グリーンが似合うわよ」
「そ、そうなのか」
「そうよ、お母さんに選ばせてくれる?」
潤の頬が紅潮しているのは、きっと嬉しいからね。
「アウトレットって、すごいわね。特に新春セールでびっくりな安さよ」
「あのさ、オレ……正月手当をもらったんだ。母さんにもセーターを買ってやるよ」
「え? いいわよ。そんなの」
「……買いたいんだ」
潤が選んでくれたのは、カーネーションのような優しい赤のセーターだった。
「赤って身体が温まるらしいぜ。身体大事にしてくれよな」
「ありがとう、潤……これ今すぐ着るわね」
「オレもっ」
私達は赤とグリーンのセーターを着て、ホテルのラウンジでアフタヌーンティーをした。
ホテルのスタッフから気の利いた言葉に心がポカポカよ。
『息子さんと一緒なんて羨ましいです。赤と緑のセーターは、カーネーションのようで、一体感がありますね』
私が花? 夫に先立たれてから、三人の息子を抱えてがむしゃらに生きてきた私にとって、目の覚めるような言葉だった。
『お前は俺にとって花のような人だ。だから結婚してくれないか』
そんな甘い言葉でプロポーズされたことを思い出して、目頭が熱くなった。
「母さん、雪が降って来たよ」
「あら、本当だわ」
「……雪は落ち着くよ。故郷を思い出すから」
「いつでも戻ってきていいのよ」
「ありがとう。そうだな……母さんがいる場所が、俺の帰る家なんだよな」
ちらちらと舞い降りてくる雪は、とても美しかった。
「潤……軽井沢はいいところね」
「好きになった?」
「そうね。私の息子がいるからね」
この地で悪夢はもう見ない。
ここは、私の末の息子が一生懸命に働いている場所だから。
「そうですよ、お母さん、お店もお正月休みだし大丈夫ですよ」
広樹とみっちゃんに背中を押されて、私は飛行機に飛び乗った。
前に飛行機に乗ったのは、あの時だったから少し緊張するわね。
「落ち着こう……」
あの時とは……瑞樹が高校時代に付きまとわれていたストーカーに拉致監禁され、ようやく救助された時よ。
あの時は、飛行機の中でもずっと胸が潰れるような心地だった。広樹と潤に支えられながら搬送先の病院に向かったのよ。
遠い親戚のお姉さんの大切な息子を引き取ったのは、あんな事件に遭わせるためではない。私は親としての責任を果たせなかったと、自分を責め続けたわ。
病室で身体中に包帯を巻いて眠り続ける瑞樹を見た時、息が止まるかと思った。
澄子さんが事故で亡くなった光景を直接見たわけではないのに、その姿と重なり耐えがたいものがあったわ。
誰が私の大切な息子を酷いに目に遭わせたの?
未だにあの日を思えば怒りが湧いてくるのが本音よ。でも瑞樹はもう幸せに暮らしているのだから、私も忘れないとね。
でもね……正直、私にはまだ軽井沢は辛い思い出が真っ先に浮かぶ場所なのよ。
それは私だけではなく、潤も同じ気持ちなのよね。潤は自分が事件の発端になったことを責めていた。あの子がそのまま軽井沢で働くと決めた時に、何も言えなかった。敢えて惨い事件現場近くで働き続けるのは、あの子なりの懺悔の気持ちなのかもしれない。
ともかく正月に帰省もせずに、ひとりで見知らぬ土地で頑張る息子にエールを送りたかった。広樹が結婚して子供も出来て遠慮しているのも感じたのよ。
来ないのなら、私が行こう!
「母さんこっち! こっちー」
久しぶりの再会……潤は健康的な笑顔を浮かべていた。着古したセーターに作業着のようなズボンの息子が誇らしかった。
函館に居た頃のあなたは、見かけばかり気にして滅茶苦茶な服装で粋がっていたけれども、今は違うのね。
それは、懸命に働いている人の姿よ。
亡くなったお父さんもいつもそんな感じだった。
「母さん、元気だった?」
「潤こそ、元気だった?」
「まぁな」
ずっと寒空の下で待っていたのかしら? 鼻の頭を赤くして可愛いわね。
「ごめんな、こんな格好で」
「私もこんな格好よ」
私も着の身着のままで来たようなものだから、毛玉だらけのセーターを着ていた。
お互い見つめ合って笑ってしまった。
「似たもの親子だな」
「そうね」
「母さん、クリスマスに何もあげられなかったから、今日は服を買ってやるよ」
「え!」
潤がそんなこと言うなんて!
驚いて目を見開いていると、潤がもっと気まずそうに話を続けたわ。
「……あのさ、俺も服を買いたいんだけどさ、よく分からないから選んでくれよ」
「え? 潤のを」
「だから、一緒に買い物に行こうぜ」
びっくりしたわ。成人した息子と服を買いに行けるなんて思っていなかったから。
潤が連れて行ってくれたのは、軽井沢駅直結のアウトレットだった。
「まぁ! お洒落ねぇ」
「……だな」
ショーウインドウには今風のお洒落な服ばかり並んでいるので、気後れしつつ二人で歩いていると、フランスのアウトドア用品の前で、同時に足を止めて叫んでしまった。
「あっ、これ!」
「これ!」
「瑞樹に似合いそうね」
「兄さんにいいかも!」
お互いに顔を見合わせて、笑ってしまったわ。考えていることが一緒なのね。
それはミルクティーのように優しいベージュの、ダウンジャケットだった。
「あの子、私に札幌の高級ホテルの食事券をくれたのよ」
「俺にも、軽井沢プリンセスホテルのアフタヌーンティーチケットを」
「広樹たちにはゆめの国のチケットに飛行機代まで」
瑞樹は思い出を作る種を贈ってくれたのね。
「これさ、70%オフだって」
「本当だわ。すごいお買い得ね」
「なぁ母さんが半分出してくんない? そうしたら買えそうだよ」
「まぁ甘えて……いいわよ! その代わりあなたの分も買うわよ」
「へっ?」
「母さんね、兄弟でお揃いを着せるのが夢だったの。今からでも遅くないでしょ?」
私は思いきって広樹にはモスグリーン、瑞樹にはミルクティーベージュ、潤にはブラックのダウンコートを買ってあげたの。
「母さん……オレにもいいのか」
「もちろんよ。あとはあなたのセーターね。潤はお父さんに似てるから、グリーンが似合うわよ」
「そ、そうなのか」
「そうよ、お母さんに選ばせてくれる?」
潤の頬が紅潮しているのは、きっと嬉しいからね。
「アウトレットって、すごいわね。特に新春セールでびっくりな安さよ」
「あのさ、オレ……正月手当をもらったんだ。母さんにもセーターを買ってやるよ」
「え? いいわよ。そんなの」
「……買いたいんだ」
潤が選んでくれたのは、カーネーションのような優しい赤のセーターだった。
「赤って身体が温まるらしいぜ。身体大事にしてくれよな」
「ありがとう、潤……これ今すぐ着るわね」
「オレもっ」
私達は赤とグリーンのセーターを着て、ホテルのラウンジでアフタヌーンティーをした。
ホテルのスタッフから気の利いた言葉に心がポカポカよ。
『息子さんと一緒なんて羨ましいです。赤と緑のセーターは、カーネーションのようで、一体感がありますね』
私が花? 夫に先立たれてから、三人の息子を抱えてがむしゃらに生きてきた私にとって、目の覚めるような言葉だった。
『お前は俺にとって花のような人だ。だから結婚してくれないか』
そんな甘い言葉でプロポーズされたことを思い出して、目頭が熱くなった。
「母さん、雪が降って来たよ」
「あら、本当だわ」
「……雪は落ち着くよ。故郷を思い出すから」
「いつでも戻ってきていいのよ」
「ありがとう。そうだな……母さんがいる場所が、俺の帰る家なんだよな」
ちらちらと舞い降りてくる雪は、とても美しかった。
「潤……軽井沢はいいところね」
「好きになった?」
「そうね。私の息子がいるからね」
この地で悪夢はもう見ない。
ここは、私の末の息子が一生懸命に働いている場所だから。
12
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる