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小学生編
花びら雪舞う、北の故郷 35
どうしても……今すぐ瑞樹の細い身体を抱きしめて、確認したかった。
この熊田という男性の素性はまだよく分からないが、瑞樹のお父さんの弟子だったのは確かで、瑞樹を幼少の頃から知っているようだ。
そして俺と瑞樹の関係を柔らかく受け入れてくれているのが、彼の温かみのある眼差しから伝わってきていた。
信じていいんだな。
だから迷わず君を抱きしめた。
骨折も捻挫もしていないなんて、奇跡的だ。
あの高さの崖から落下して、よく無事でいてくれた。
崖を見下ろした時は、軽井沢で傷つけられた悲惨な姿が走馬灯のように浮かんで、怖かった。
「宗吾さん、僕は無事ですよ」
「瑞樹……」
瑞樹が俺の手を取り、1本1本丁寧に指を絡めてくれた。
「手も、ほら……ちゃんと動きます」
あの日麻痺してしまった細くて長い指を、滑らかに動かして見せてくれた。
よかった。無事だった。
「よかったよ。本当に良かった」
瑞樹が晴れやかな笑顔で、芽生を抱き上げる。
「芽生くん、ごめんね。心配かけて」
「お兄ちゃん、ぼく、とってもしんぱいしたよ。でもキツネさんが、だいじょうぶって、いっていたよ」
「え? キツネ?」
窓の外を見ると、俺たちを導いてくれたキタキツネが立っていた。
「あ……僕もあのキツネに呼び止められたんです」
「導いてもらったんだな」
「そう思います。崖から落ちたのは大失敗でしたが」
「これからは、まず俺に連絡くれよ」
「はい、ごめんなさい」
「無事で良かった」
それから皆で2階に移動した。
階段を上がって左の扉を開けると……
ログハウスの木の壁一面に、白い額縁が並んでいた。
そこに溢れるのは、笑顔……笑顔、笑顔だった。
「この少年は、瑞樹だな」
「はい、10歳の僕です。こっちが弟の夏樹。そして……お父さん、お母さん……僕の家族です」
瑞樹が、まるでその場にいるように紹介してくれる。
1枚1枚の写真の前に立って、目を細めて説明してくれる。
「これは母が撮影したんですよ。夏樹がじっとするのに飽きちゃって、僕に抱っこをせがんで」
「夏樹くんは、今の芽生と同じくらいの身長がありそうだな」
「まだ5歳でしたが、背が高かったので、僕……将来抜かされてしまうかなって心配していたんですよ」
そうか、もしも生きていたら、今22歳か。
瑞樹に似た顔立ちだが、もう少し凜々しい青年になっていたのだろう。
「お母さんを撮ったのは、お父さんです」
「お母さん、キレイだな。お、白ツメ草の花冠をしているな」
「ありがとうございます。これ……僕と夏樹で作ったんですよ」
いろいろ思い出しているようだ。
聞けば自然に教えてくれる。
瑞樹は母親似だな。
とても美人で……可憐な雰囲気が野の花のような女性。
「そして僕のお父さん……これはお母さんが撮ったんですね。あの日は何故か、お互いを撮影しあって、とにかく写真を沢山撮ったことを思い出しました」
ヤバイ。
泣きそうだ。
まるで今生の別れが近づいているのを、知らず知らずに感じていたようなエピソードが切ないよ。
「大樹さんは山岳フォトグラファーで、俺は山小屋の息子で……このログハウスは元々は大樹さんの仕事場だったんだ。さっき君が開けた現像部屋は、みーくんのお父さんが使っていた当時のままなんだぞ」
今、解き明かされる父親のこと。
「くまさん。僕……幼くて父のこと何も知らなかったんです。もっと、もっと教えて下さい」
熊田さんが1冊の写真集を取り出して、プロフィール部分を開いてくれた。
……
Nitay(ニタイ) 山岳フォトグラファー
北海道生まれ。好きな絵画の影響から15歳から独学で写真を学び、20歳の頃から山岳写真に傾倒する。カメラマン兼ライターとして撮りためた作品を雑誌などに発表。
……
「これ、大樹さんのことだよ」
「あ……やっぱりこの人だったのか」
「宗吾さん、僕が一番惹かれた写真でした。お父さんの写真だったのですね」
「あぁ、そうだな」
俺と瑞樹の勘は当たった。
絶対に縁があると思っていたのだ。
ニタイはアイヌ語で木や森を意味する言葉だ。
「俺が今はその名を引き継いでいるんだ。烏滸がましいが」
「くまさんのこと……父はとても信頼していました」
「みーくん……ごめんな」
「え?」
熊田さんが突然、ガバッと頭を下げた。
「なんで頭を下げるんですか」
「全部、俺のせいだ」
「何を言って?」
「あの日、写真の現像をもっと勉強したくて……何か現像する写真を届けて欲しいと強請ったから、ピクニック帰りにわざわざここに立ち寄ってくれたんだ。その寄り道がなければ、雨が酷くなる前に家に帰れたのに……俺が……」
熊田さんの背負ってきた重たいものを、ひしひしと感じた。
これはキツい枷だったのでは?
「そんな……そんなことありません。僕は一度もそんな風に思ったことはありません」
瑞樹がそこは断言する。
「僕があの事故で過去の記憶を封印してしまって……今日の今日までくまさんのことも思い出せず、すみません。もっと早くここにくるべきでした」
「いや、今日だから……今だからいいんだろうな」
「くまさん、もっともっと両親のことを教えてください。くまさんがいてくれてよかった! 僕の知らないお父さんのこと、お母さんのこと教えてもらえる人だから……」
瑞樹が切なく訴えると、熊田さんはその言葉をしっかり受け取ってくれた。
「オレが全部知っているよ。君のご両親の馴れ初めも……」
道が開かれる。
閉ざされていた記憶の扉が今。
この熊田という男性の素性はまだよく分からないが、瑞樹のお父さんの弟子だったのは確かで、瑞樹を幼少の頃から知っているようだ。
そして俺と瑞樹の関係を柔らかく受け入れてくれているのが、彼の温かみのある眼差しから伝わってきていた。
信じていいんだな。
だから迷わず君を抱きしめた。
骨折も捻挫もしていないなんて、奇跡的だ。
あの高さの崖から落下して、よく無事でいてくれた。
崖を見下ろした時は、軽井沢で傷つけられた悲惨な姿が走馬灯のように浮かんで、怖かった。
「宗吾さん、僕は無事ですよ」
「瑞樹……」
瑞樹が俺の手を取り、1本1本丁寧に指を絡めてくれた。
「手も、ほら……ちゃんと動きます」
あの日麻痺してしまった細くて長い指を、滑らかに動かして見せてくれた。
よかった。無事だった。
「よかったよ。本当に良かった」
瑞樹が晴れやかな笑顔で、芽生を抱き上げる。
「芽生くん、ごめんね。心配かけて」
「お兄ちゃん、ぼく、とってもしんぱいしたよ。でもキツネさんが、だいじょうぶって、いっていたよ」
「え? キツネ?」
窓の外を見ると、俺たちを導いてくれたキタキツネが立っていた。
「あ……僕もあのキツネに呼び止められたんです」
「導いてもらったんだな」
「そう思います。崖から落ちたのは大失敗でしたが」
「これからは、まず俺に連絡くれよ」
「はい、ごめんなさい」
「無事で良かった」
それから皆で2階に移動した。
階段を上がって左の扉を開けると……
ログハウスの木の壁一面に、白い額縁が並んでいた。
そこに溢れるのは、笑顔……笑顔、笑顔だった。
「この少年は、瑞樹だな」
「はい、10歳の僕です。こっちが弟の夏樹。そして……お父さん、お母さん……僕の家族です」
瑞樹が、まるでその場にいるように紹介してくれる。
1枚1枚の写真の前に立って、目を細めて説明してくれる。
「これは母が撮影したんですよ。夏樹がじっとするのに飽きちゃって、僕に抱っこをせがんで」
「夏樹くんは、今の芽生と同じくらいの身長がありそうだな」
「まだ5歳でしたが、背が高かったので、僕……将来抜かされてしまうかなって心配していたんですよ」
そうか、もしも生きていたら、今22歳か。
瑞樹に似た顔立ちだが、もう少し凜々しい青年になっていたのだろう。
「お母さんを撮ったのは、お父さんです」
「お母さん、キレイだな。お、白ツメ草の花冠をしているな」
「ありがとうございます。これ……僕と夏樹で作ったんですよ」
いろいろ思い出しているようだ。
聞けば自然に教えてくれる。
瑞樹は母親似だな。
とても美人で……可憐な雰囲気が野の花のような女性。
「そして僕のお父さん……これはお母さんが撮ったんですね。あの日は何故か、お互いを撮影しあって、とにかく写真を沢山撮ったことを思い出しました」
ヤバイ。
泣きそうだ。
まるで今生の別れが近づいているのを、知らず知らずに感じていたようなエピソードが切ないよ。
「大樹さんは山岳フォトグラファーで、俺は山小屋の息子で……このログハウスは元々は大樹さんの仕事場だったんだ。さっき君が開けた現像部屋は、みーくんのお父さんが使っていた当時のままなんだぞ」
今、解き明かされる父親のこと。
「くまさん。僕……幼くて父のこと何も知らなかったんです。もっと、もっと教えて下さい」
熊田さんが1冊の写真集を取り出して、プロフィール部分を開いてくれた。
……
Nitay(ニタイ) 山岳フォトグラファー
北海道生まれ。好きな絵画の影響から15歳から独学で写真を学び、20歳の頃から山岳写真に傾倒する。カメラマン兼ライターとして撮りためた作品を雑誌などに発表。
……
「これ、大樹さんのことだよ」
「あ……やっぱりこの人だったのか」
「宗吾さん、僕が一番惹かれた写真でした。お父さんの写真だったのですね」
「あぁ、そうだな」
俺と瑞樹の勘は当たった。
絶対に縁があると思っていたのだ。
ニタイはアイヌ語で木や森を意味する言葉だ。
「俺が今はその名を引き継いでいるんだ。烏滸がましいが」
「くまさんのこと……父はとても信頼していました」
「みーくん……ごめんな」
「え?」
熊田さんが突然、ガバッと頭を下げた。
「なんで頭を下げるんですか」
「全部、俺のせいだ」
「何を言って?」
「あの日、写真の現像をもっと勉強したくて……何か現像する写真を届けて欲しいと強請ったから、ピクニック帰りにわざわざここに立ち寄ってくれたんだ。その寄り道がなければ、雨が酷くなる前に家に帰れたのに……俺が……」
熊田さんの背負ってきた重たいものを、ひしひしと感じた。
これはキツい枷だったのでは?
「そんな……そんなことありません。僕は一度もそんな風に思ったことはありません」
瑞樹がそこは断言する。
「僕があの事故で過去の記憶を封印してしまって……今日の今日までくまさんのことも思い出せず、すみません。もっと早くここにくるべきでした」
「いや、今日だから……今だからいいんだろうな」
「くまさん、もっともっと両親のことを教えてください。くまさんがいてくれてよかった! 僕の知らないお父さんのこと、お母さんのこと教えてもらえる人だから……」
瑞樹が切なく訴えると、熊田さんはその言葉をしっかり受け取ってくれた。
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道が開かれる。
閉ざされていた記憶の扉が今。
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