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小学生編
誓いの言葉 8
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大地に根ざす花に、沢山触れたわ。
花屋ではいつも切り花中心だから、新鮮だったわ。
やはり土に触れるのっていい。
そうそう、つい習慣で自分の花切りばさみを鞄に入れておいて良かったわ。
使い慣れた道具の方が、捗るもの。
それにしても、一面のラナンキュラスは花の海のようで、そこに瑞樹とくまさんと私が、浮き輪で仲良く浮いているみたいだったわ。
ぷかぷか、ぷかぷかと、幸せに。
でも……流石にぶっ通しで三時間の作業は疲れたわ。
手を休めて腰を擦っていると、瑞樹とくまさんが飛んで来てくれた。
「お母さん、疲れたでしょう。そろそろ車で休んで」
「さっちゃん、あとは俺たちでやるから」
「でも……」
二人の懇願するような目に負けたわ。
こんな風に男性二人がかりで労られて、擽ったいわ。お姫様ね、今日の私。
「分かったわ。じゃあお言葉に甘えて少し休憩させてね。瑞樹は疲れていない?」
「お母さん、さっき……ドーナッツに元気もらったので」
「そういえば瑞樹の好物だったわよね。今日のおやつ、ドーナツにしてよかったわ。もうひと頑張りね」
「はい!」
私は車の後部座席に座って、二人の働きぶりを眺めた。
更に一時間ほど経つと、今度は瑞樹に疲労感が漂い出していた。
大丈夫かしら? あの子の右手。こんなに長時間ハサミを握って負担になっていないといいけれども……
作業が終わり会社に報告の電話を入れた瑞樹が、その場にヘナヘナと座り込んでしまったの。
私は慌てて飛び出そうとしたけれど、思い留まった。くまさんが広い背中に瑞樹を軽々と乗せてくれたから。
瑞樹はもう立派な成人男性だけれども、くまさんの背中にそっと頬をあてて、嬉しそうに目を閉じた。
見たこともないほど、あどけない瑞樹。とても幼い表情に、思わず泣きそうになってしまった。
あぁ……それはね、私がずっと見たかった光景なのよ。私にはしてあげられなかったことだから。してあげたかったけれども、私の痩せ細った背中では無理だった。
瑞樹は……10歳で引き取った時は事故直後で精神状態も脆く、本当に心配だった。夜に悪夢にうなされ悲鳴をあげて飛び起きてしまうあの子を抱きしめて、おんぶして寝かしつけてあげたかったのよ。本当は……
あの頃は、まだ潤も小さく、瑞樹のことは全部広樹に任せきりだった。広樹が泣き叫ぶ瑞樹を抱きしめ、兄としての愛情を注いでくれたので助かったけれども、私が何も出来なかったという後悔の念に駆られていたの。
家に大人の男性がいたら……もっと瑞樹をサポート出来たのにという思いが、あったのよ。
「さっちゃん、瑞樹を頼む」
「くまさんは?」
「俺は後片付けをしてくるよ」
「あの……くまさん……ごめんなさい」
「気にすんな。俺は山で鍛えているからまだまだ動けるよ」
「……はい」
「それから帰りは俺が運転するから、少し後部座席で休め。お母さんがついている」
「……ありがと……ございます」
くまさん、そんな風に言ってくれてありがとう。
瑞樹はかなり疲労困憊のようで、後部座席に座った途端、目を閉じてしまったので、私は一度車から降りて、くまさんと話した。
「くまさん、ありがとう。私も片付けを手伝うわ」
「……さっちゃんはみーくんに付いてやってくれ。ちょっと気になったのだが、みーくんの右手……何か怪我の後遺症か」
「あ……以前、指を深く切ってしまったことがあるの。でも感覚は戻っているので、普段の仕事には差し支えがないはずよ」
「……なるほど……今日はその右手を使いすぎたようだ。右手を庇ったせいで、疲労が全身に滲み出ているようだ」
「やっぱり、そうなのね。ありがとう。教えてくれて」
きっと瑞樹は私達に心配かけないように、気を遣っていたのね。
でも、くまさんにはお見通し。それって、かなり見通しがいい関係になっているってことよね。
再び瑞樹の横に座り、私の肩にもたれさせた。
おんぶはできないけれど、肩なら母さんだって貸せるのよ。
「瑞樹、右手を貸して」
「あ……あの、手を洗ってないから汚いよ」
「何を言っているの? 本当にもう……あなたは遠慮ばかり」
私の手で瑞樹の右手を包んで、優しく優しく指先をマッサージしてあげた。
「大丈夫よ、心配しないで。指が痺れるのは使い過ぎたからなの。4時間もぶっ通しで同じ作業をしたから、手に負担がかかっただけよ」
「あっ、あの……気付いて?」
「当たり前でしょ。あなたのお母さんとお父さんだもの」
「……うっ」
「泣き虫さんね、でも嬉しい。あなたは、ある時から、泣くのを我慢するようになってしまったから」
瑞樹の手は、指先まで真っ直ぐで綺麗な手だった。
いつの間にこんなに大きくなって。
あの日を思い出すわね。
10歳のあなたの小さな手を引いて、函館に連れてきた日のことを。
巡り巡って……回り回って
私が、あなたにお父さんを贈ってあげられるなんて、あの日には思いもしなかったことよ。しかもくまさんは、瑞樹の両親のすべてを知る、瑞樹の父親代わりの人。
運命って、本当に不思議ね。
運命って、本当に最高ね。
「お母さん……お母さんのマッサージ、すごく気持ちいいです」
「ありがとう。少し眠りなさい。お父さんもお母さんもついているから、もう大丈夫よ」
「……はい」
空が曇って、暗くなってきた。風も出て来たわ。
作業が終わっていて、本当に良かった。
やがて車のフロントガラスにポツポツと雨が降り注ぐ。
雷鳴の中、くまさんが走ってきた。
「降って来たな。みーくん、怖くないか」
「瑞樹、寝ちゃったの」
「そうか……良かったよ。みーくん、きっと雷が苦手だろうから」
「……あ、そうかも」
家族が亡くなった時……雷雨だったものね。
「俺も苦手だったが今日は怖くないな。きっと、さっちゃんとみーくんがついているからだな」
「……瑞樹もお父さんとお母さんがついているから、怖くないのよね」
「さっちゃん……俺をお父さんと呼んでくれるのか。ありがとう。俺をみーくんの本当の父親にしてくれて……」
くまさんの瞳に浮かぶのも、温かい幸せな涙だった。
花屋ではいつも切り花中心だから、新鮮だったわ。
やはり土に触れるのっていい。
そうそう、つい習慣で自分の花切りばさみを鞄に入れておいて良かったわ。
使い慣れた道具の方が、捗るもの。
それにしても、一面のラナンキュラスは花の海のようで、そこに瑞樹とくまさんと私が、浮き輪で仲良く浮いているみたいだったわ。
ぷかぷか、ぷかぷかと、幸せに。
でも……流石にぶっ通しで三時間の作業は疲れたわ。
手を休めて腰を擦っていると、瑞樹とくまさんが飛んで来てくれた。
「お母さん、疲れたでしょう。そろそろ車で休んで」
「さっちゃん、あとは俺たちでやるから」
「でも……」
二人の懇願するような目に負けたわ。
こんな風に男性二人がかりで労られて、擽ったいわ。お姫様ね、今日の私。
「分かったわ。じゃあお言葉に甘えて少し休憩させてね。瑞樹は疲れていない?」
「お母さん、さっき……ドーナッツに元気もらったので」
「そういえば瑞樹の好物だったわよね。今日のおやつ、ドーナツにしてよかったわ。もうひと頑張りね」
「はい!」
私は車の後部座席に座って、二人の働きぶりを眺めた。
更に一時間ほど経つと、今度は瑞樹に疲労感が漂い出していた。
大丈夫かしら? あの子の右手。こんなに長時間ハサミを握って負担になっていないといいけれども……
作業が終わり会社に報告の電話を入れた瑞樹が、その場にヘナヘナと座り込んでしまったの。
私は慌てて飛び出そうとしたけれど、思い留まった。くまさんが広い背中に瑞樹を軽々と乗せてくれたから。
瑞樹はもう立派な成人男性だけれども、くまさんの背中にそっと頬をあてて、嬉しそうに目を閉じた。
見たこともないほど、あどけない瑞樹。とても幼い表情に、思わず泣きそうになってしまった。
あぁ……それはね、私がずっと見たかった光景なのよ。私にはしてあげられなかったことだから。してあげたかったけれども、私の痩せ細った背中では無理だった。
瑞樹は……10歳で引き取った時は事故直後で精神状態も脆く、本当に心配だった。夜に悪夢にうなされ悲鳴をあげて飛び起きてしまうあの子を抱きしめて、おんぶして寝かしつけてあげたかったのよ。本当は……
あの頃は、まだ潤も小さく、瑞樹のことは全部広樹に任せきりだった。広樹が泣き叫ぶ瑞樹を抱きしめ、兄としての愛情を注いでくれたので助かったけれども、私が何も出来なかったという後悔の念に駆られていたの。
家に大人の男性がいたら……もっと瑞樹をサポート出来たのにという思いが、あったのよ。
「さっちゃん、瑞樹を頼む」
「くまさんは?」
「俺は後片付けをしてくるよ」
「あの……くまさん……ごめんなさい」
「気にすんな。俺は山で鍛えているからまだまだ動けるよ」
「……はい」
「それから帰りは俺が運転するから、少し後部座席で休め。お母さんがついている」
「……ありがと……ございます」
くまさん、そんな風に言ってくれてありがとう。
瑞樹はかなり疲労困憊のようで、後部座席に座った途端、目を閉じてしまったので、私は一度車から降りて、くまさんと話した。
「くまさん、ありがとう。私も片付けを手伝うわ」
「……さっちゃんはみーくんに付いてやってくれ。ちょっと気になったのだが、みーくんの右手……何か怪我の後遺症か」
「あ……以前、指を深く切ってしまったことがあるの。でも感覚は戻っているので、普段の仕事には差し支えがないはずよ」
「……なるほど……今日はその右手を使いすぎたようだ。右手を庇ったせいで、疲労が全身に滲み出ているようだ」
「やっぱり、そうなのね。ありがとう。教えてくれて」
きっと瑞樹は私達に心配かけないように、気を遣っていたのね。
でも、くまさんにはお見通し。それって、かなり見通しがいい関係になっているってことよね。
再び瑞樹の横に座り、私の肩にもたれさせた。
おんぶはできないけれど、肩なら母さんだって貸せるのよ。
「瑞樹、右手を貸して」
「あ……あの、手を洗ってないから汚いよ」
「何を言っているの? 本当にもう……あなたは遠慮ばかり」
私の手で瑞樹の右手を包んで、優しく優しく指先をマッサージしてあげた。
「大丈夫よ、心配しないで。指が痺れるのは使い過ぎたからなの。4時間もぶっ通しで同じ作業をしたから、手に負担がかかっただけよ」
「あっ、あの……気付いて?」
「当たり前でしょ。あなたのお母さんとお父さんだもの」
「……うっ」
「泣き虫さんね、でも嬉しい。あなたは、ある時から、泣くのを我慢するようになってしまったから」
瑞樹の手は、指先まで真っ直ぐで綺麗な手だった。
いつの間にこんなに大きくなって。
あの日を思い出すわね。
10歳のあなたの小さな手を引いて、函館に連れてきた日のことを。
巡り巡って……回り回って
私が、あなたにお父さんを贈ってあげられるなんて、あの日には思いもしなかったことよ。しかもくまさんは、瑞樹の両親のすべてを知る、瑞樹の父親代わりの人。
運命って、本当に不思議ね。
運命って、本当に最高ね。
「お母さん……お母さんのマッサージ、すごく気持ちいいです」
「ありがとう。少し眠りなさい。お父さんもお母さんもついているから、もう大丈夫よ」
「……はい」
空が曇って、暗くなってきた。風も出て来たわ。
作業が終わっていて、本当に良かった。
やがて車のフロントガラスにポツポツと雨が降り注ぐ。
雷鳴の中、くまさんが走ってきた。
「降って来たな。みーくん、怖くないか」
「瑞樹、寝ちゃったの」
「そうか……良かったよ。みーくん、きっと雷が苦手だろうから」
「……あ、そうかも」
家族が亡くなった時……雷雨だったものね。
「俺も苦手だったが今日は怖くないな。きっと、さっちゃんとみーくんがついているからだな」
「……瑞樹もお父さんとお母さんがついているから、怖くないのよね」
「さっちゃん……俺をお父さんと呼んでくれるのか。ありがとう。俺をみーくんの本当の父親にしてくれて……」
くまさんの瞳に浮かぶのも、温かい幸せな涙だった。
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