幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
1,050 / 1,865
小学生編

誓いの言葉 8

しおりを挟む
 大地に根ざす花に、沢山触れたわ。

 花屋ではいつも切り花中心だから、新鮮だったわ。

 やはり土に触れるのっていい。

 そうそう、つい習慣で自分の花切りばさみを鞄に入れておいて良かったわ。

 使い慣れた道具の方が、捗るもの。

 それにしても、一面のラナンキュラスは花の海のようで、そこに瑞樹とくまさんと私が、浮き輪で仲良く浮いているみたいだったわ。

 ぷかぷか、ぷかぷかと、幸せに。

 でも……流石にぶっ通しで三時間の作業は疲れたわ。

 手を休めて腰を擦っていると、瑞樹とくまさんが飛んで来てくれた。

「お母さん、疲れたでしょう。そろそろ車で休んで」
「さっちゃん、あとは俺たちでやるから」
「でも……」

 二人の懇願するような目に負けたわ。

 こんな風に男性二人がかりで労られて、擽ったいわ。お姫様ね、今日の私。

「分かったわ。じゃあお言葉に甘えて少し休憩させてね。瑞樹は疲れていない?」
「お母さん、さっき……ドーナッツに元気もらったので」
「そういえば瑞樹の好物だったわよね。今日のおやつ、ドーナツにしてよかったわ。もうひと頑張りね」
「はい!」

 私は車の後部座席に座って、二人の働きぶりを眺めた。

 更に一時間ほど経つと、今度は瑞樹に疲労感が漂い出していた。

 大丈夫かしら? あの子の右手。こんなに長時間ハサミを握って負担になっていないといいけれども……
 
 作業が終わり会社に報告の電話を入れた瑞樹が、その場にヘナヘナと座り込んでしまったの。

 私は慌てて飛び出そうとしたけれど、思い留まった。くまさんが広い背中に瑞樹を軽々と乗せてくれたから。

 瑞樹はもう立派な成人男性だけれども、くまさんの背中にそっと頬をあてて、嬉しそうに目を閉じた。

 見たこともないほど、あどけない瑞樹。とても幼い表情に、思わず泣きそうになってしまった。

 あぁ……それはね、私がずっと見たかった光景なのよ。私にはしてあげられなかったことだから。してあげたかったけれども、私の痩せ細った背中では無理だった。
 
 瑞樹は……10歳で引き取った時は事故直後で精神状態も脆く、本当に心配だった。夜に悪夢にうなされ悲鳴をあげて飛び起きてしまうあの子を抱きしめて、おんぶして寝かしつけてあげたかったのよ。本当は……

 あの頃は、まだ潤も小さく、瑞樹のことは全部広樹に任せきりだった。広樹が泣き叫ぶ瑞樹を抱きしめ、兄としての愛情を注いでくれたので助かったけれども、私が何も出来なかったという後悔の念に駆られていたの。

 家に大人の男性がいたら……もっと瑞樹をサポート出来たのにという思いが、あったのよ。
 
 「さっちゃん、瑞樹を頼む」
「くまさんは?」
「俺は後片付けをしてくるよ」
「あの……くまさん……ごめんなさい」
「気にすんな。俺は山で鍛えているからまだまだ動けるよ」
「……はい」
「それから帰りは俺が運転するから、少し後部座席で休め。お母さんがついている」
「……ありがと……ございます」

 くまさん、そんな風に言ってくれてありがとう。

 瑞樹はかなり疲労困憊のようで、後部座席に座った途端、目を閉じてしまったので、私は一度車から降りて、くまさんと話した。

「くまさん、ありがとう。私も片付けを手伝うわ」
「……さっちゃんはみーくんに付いてやってくれ。ちょっと気になったのだが、みーくんの右手……何か怪我の後遺症か」
「あ……以前、指を深く切ってしまったことがあるの。でも感覚は戻っているので、普段の仕事には差し支えがないはずよ」
「……なるほど……今日はその右手を使いすぎたようだ。右手を庇ったせいで、疲労が全身に滲み出ているようだ」
「やっぱり、そうなのね。ありがとう。教えてくれて」

 きっと瑞樹は私達に心配かけないように、気を遣っていたのね。

 でも、くまさんにはお見通し。それって、かなり見通しがいい関係になっているってことよね。

 再び瑞樹の横に座り、私の肩にもたれさせた。

 おんぶはできないけれど、肩なら母さんだって貸せるのよ。

「瑞樹、右手を貸して」
「あ……あの、手を洗ってないから汚いよ」
「何を言っているの? 本当にもう……あなたは遠慮ばかり」

 私の手で瑞樹の右手を包んで、優しく優しく指先をマッサージしてあげた。

「大丈夫よ、心配しないで。指が痺れるのは使い過ぎたからなの。4時間もぶっ通しで同じ作業をしたから、手に負担がかかっただけよ」
「あっ、あの……気付いて?」
「当たり前でしょ。あなたのお母さんとお父さんだもの」
「……うっ」
「泣き虫さんね、でも嬉しい。あなたは、ある時から、泣くのを我慢するようになってしまったから」

 瑞樹の手は、指先まで真っ直ぐで綺麗な手だった。

 いつの間にこんなに大きくなって。

 あの日を思い出すわね。

 10歳のあなたの小さな手を引いて、函館に連れてきた日のことを。

 巡り巡って……回り回って

 私が、あなたにお父さんを贈ってあげられるなんて、あの日には思いもしなかったことよ。しかもくまさんは、瑞樹の両親のすべてを知る、瑞樹の父親代わりの人。

 運命って、本当に不思議ね。
 運命って、本当に最高ね。

「お母さん……お母さんのマッサージ、すごく気持ちいいです」
「ありがとう。少し眠りなさい。お父さんもお母さんもついているから、もう大丈夫よ」
「……はい」

 空が曇って、暗くなってきた。風も出て来たわ。

 作業が終わっていて、本当に良かった。

 やがて車のフロントガラスにポツポツと雨が降り注ぐ。

 雷鳴の中、くまさんが走ってきた。
 
「降って来たな。みーくん、怖くないか」
「瑞樹、寝ちゃったの」
「そうか……良かったよ。みーくん、きっと雷が苦手だろうから」
「……あ、そうかも」

 家族が亡くなった時……雷雨だったものね。

「俺も苦手だったが今日は怖くないな。きっと、さっちゃんとみーくんがついているからだな」
「……瑞樹もお父さんとお母さんがついているから、怖くないのよね」
「さっちゃん……俺をお父さんと呼んでくれるのか。ありがとう。俺をみーくんの本当の父親にしてくれて……」

 くまさんの瞳に浮かぶのも、温かい幸せな涙だった。
  
しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

白花の檻(はっかのおり)

AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。 その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。 この出会いは祝福か、或いは呪いか。 受け――リュシアン。 祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。 柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。 攻め――アーヴィス。 リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。 黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。 王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

自分勝手な恋

すずかけあおい
BL
高校の卒業式後に幼馴染の拓斗から告白された。 拓斗への感情が恋愛感情かどうか迷った俺は拓斗を振った。 時が過ぎ、気まぐれで会いに行くと、拓斗には恋人ができていた。 馬鹿な俺は今更自覚する。 拓斗が好きだ、と――。

処理中です...