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小学生編
誓いの言葉 13
生きとし生けるものを、愛していこう。
そんな思いを込めて、満開のラナンキュラスを束ねた。
もう花の盛りを過ぎて、明日には儚く散ってしまうかもしれない。
それでも、この花は命を繋いだ尊い花なのだ。
「みーくん?」
「あ、くまさん! おはようございます」
「起きたら隣りにいないから焦ったよ。随分早起きなんだな」
「ごめんなさい! あの……花に起こされたので」
「ふっ、みーくんの花好きは澄子さん譲りだな」
「そうでしょうか」
「澄子さんは野の花が大好きな人だったよ。君たちも小さい頃、沢山原っぱで遊んだだろう」
「はい。毎日のように家の裏手の原っぱを走り回っていました。お陰で僕、俊足になりましたよ」
「そうかそうか。青い草原、白い雲……青い空……全部懐かしいな」
「えぇ」
それは……僕にとっての原風景だ。
原風景とは、人の心の奥にある原初の風景のことで、懐かしさの感情を伴う心象風景に近い。僕の故郷、北海道の広大な草原……青空の下、青い芝生に寝ころんで過ごした幼い日々が鮮やかに蘇ってくる。
「僕の中に生きているんですね。母から教えてもらったこと、体験させてもらったことは……全部、ここに今もあるんですね」
自分の胸に手をあてた。
この鼓動が、証拠だ。
「そうだよ。みーくん、だから君は、今の幸せを享受していいんだよ」
「くまさんも、同じ気持ちですか」
「あぁ……俺も最高に幸せな朝を迎えたよ。このログハウスに、俺以外の人間の気配がするのは、17年ぶりだしな」
僕にはこの17年間、お母さんと広樹兄さんと潤がいた。そして3年前からは……宗吾さんと芽生くんもいた。でも、くまさんには……ずっと誰もいなかった。
「くまさんは、これから大家族のお父さんになりますよ。広樹兄さん、みっちゃん、優美ちゃん。そして潤と菫さんといっくん。そして僕と宗吾さんと芽生くんの」
一人一人の名前を挙げてみると、この数年で僕の周りも目まぐるしく変わったことを実感出来た。
そして……まるで最後の仕上げのように、お母さんが再婚する。
なんて嬉しいことなんだ。
「みーくんと本当の親子になれるのさ、実はまだちょっと信じられないよ」
くまさんはわざと自分の頬をつねって、笑っていた。
「くすっ、くまさん、イケオジが台無しですよ」
「おっと、さっちゃんが起きてくる前に髭を剃ってくるよ」
「はい!」
明るい朝。
幸せな朝。
朝食後、くまさんが現像した写真を、アルバム仕立てにして手渡してくれた。
「みーくん、これを生産者の方に渡すといい」
くまさんが昨日撮ってくれた写真は、花の命を追った圧巻の写真集のようで、素晴らしかった。
「これは……本当にすごいです」
「みーくんとさっちゃんが真剣な手付きで切り戻しをしているのを見て、気が引き締まったよ。昨日は二人とも頑張ったな」
「くまさんこそ……写真も力仕事も……沢山してくれてありがとうございます」
「お互い様だよ。得手不得手を補い合える関係が一番だ」
「そうですね」
「みーくんと宗吾さんもそうだよな」
「あ……はい」
宗吾さんに話を振られると、頬が赤くなってしまう。
「可愛いな、みーくん、ほっぺを赤くしている。さっちゃん、俺たちの息子は本当に可愛いな」
「くまさん……」
じんとした。
まだ正式には入籍したわけではないが、確実に僕のポジションはくまさんの息子になっている。そこは……なんて……なんて居心地のいい場所なのだろう。
「では、行ってきますね」
「あぁ、気をつけてな」
「はい、あの……終わったら着替えにまたここに戻って来ます」
「了解だ。みーくんファイト!」
「瑞樹、気をつけるのよ。いってらっしゃい」
お父さんとお母さんに見送られて、ログハウスを出発した。
亡くなった父のつなぎを着て、後部座席にはラナンキュラスの花束とくまさんの作ってくれたアルバムが乗せて。
『はこだて総合病院』
事情を話し特別な面会手続きをし、リーダーから教えてもらった病室の前に立った。
「203号室……ここだ」
トントン
丁寧にノックすると、中からくぐもった重苦しい声が聞こえた。
「失礼します」
「誰だ?」
「東京の加々美花壇から参りました」
「東京? 帰れ帰れ! どうせ泥一つ付いていない気取ったスーツ姿なんだろ」
ヒヤリとした。
確かに都内で働く僕は、スーツで出勤している。
「あの……僕はスーツ姿ではありません。失礼かもしれませんが作業着のまま来ました」
「そうなのか……じゃあ、入れ」
第一関門は突破出来たのか。
いきなり花束を渡すのはどうかと思い、カーテン前の棚に置いてから中に入った。
年老いて顔色の悪い老人が、少し起こしたベッドにもたれていた。
「はじめまして。葉山瑞樹と申します」
「なんだ? 随分若造だな。あぁ本社が言っていた花の切り戻し作業をしに来た人間か。ならばこんな所に来ないで早く作業をしてくれ」
「あの……切り戻しは……昨日のうちに終わらせました」
生産者の額の深い皺がひくつく。
「1日で終わっただと? お前さん一人でどうやって? そんなに簡単に終わるはずはない。あぁそうか……花を雑に粗末に扱ってくれたんだな。わしの大事な花を……」
雲行きが怪しくなる。
いつもだったら消え入りたい気持ちになり、後ずさってしまう所だが、今日は踏ん張りたい。
このまま誤解されるのは嫌だ。
くまさんの気持ち、お母さんの気持ちを、無駄にはしたくない。
だからこそ……言葉を慎重に選んだ。
あれこれ言い訳するよりも、心にすとんと届く言葉を探した。
「いいえ、僕は……花の命を繋げてきました」
そんな思いを込めて、満開のラナンキュラスを束ねた。
もう花の盛りを過ぎて、明日には儚く散ってしまうかもしれない。
それでも、この花は命を繋いだ尊い花なのだ。
「みーくん?」
「あ、くまさん! おはようございます」
「起きたら隣りにいないから焦ったよ。随分早起きなんだな」
「ごめんなさい! あの……花に起こされたので」
「ふっ、みーくんの花好きは澄子さん譲りだな」
「そうでしょうか」
「澄子さんは野の花が大好きな人だったよ。君たちも小さい頃、沢山原っぱで遊んだだろう」
「はい。毎日のように家の裏手の原っぱを走り回っていました。お陰で僕、俊足になりましたよ」
「そうかそうか。青い草原、白い雲……青い空……全部懐かしいな」
「えぇ」
それは……僕にとっての原風景だ。
原風景とは、人の心の奥にある原初の風景のことで、懐かしさの感情を伴う心象風景に近い。僕の故郷、北海道の広大な草原……青空の下、青い芝生に寝ころんで過ごした幼い日々が鮮やかに蘇ってくる。
「僕の中に生きているんですね。母から教えてもらったこと、体験させてもらったことは……全部、ここに今もあるんですね」
自分の胸に手をあてた。
この鼓動が、証拠だ。
「そうだよ。みーくん、だから君は、今の幸せを享受していいんだよ」
「くまさんも、同じ気持ちですか」
「あぁ……俺も最高に幸せな朝を迎えたよ。このログハウスに、俺以外の人間の気配がするのは、17年ぶりだしな」
僕にはこの17年間、お母さんと広樹兄さんと潤がいた。そして3年前からは……宗吾さんと芽生くんもいた。でも、くまさんには……ずっと誰もいなかった。
「くまさんは、これから大家族のお父さんになりますよ。広樹兄さん、みっちゃん、優美ちゃん。そして潤と菫さんといっくん。そして僕と宗吾さんと芽生くんの」
一人一人の名前を挙げてみると、この数年で僕の周りも目まぐるしく変わったことを実感出来た。
そして……まるで最後の仕上げのように、お母さんが再婚する。
なんて嬉しいことなんだ。
「みーくんと本当の親子になれるのさ、実はまだちょっと信じられないよ」
くまさんはわざと自分の頬をつねって、笑っていた。
「くすっ、くまさん、イケオジが台無しですよ」
「おっと、さっちゃんが起きてくる前に髭を剃ってくるよ」
「はい!」
明るい朝。
幸せな朝。
朝食後、くまさんが現像した写真を、アルバム仕立てにして手渡してくれた。
「みーくん、これを生産者の方に渡すといい」
くまさんが昨日撮ってくれた写真は、花の命を追った圧巻の写真集のようで、素晴らしかった。
「これは……本当にすごいです」
「みーくんとさっちゃんが真剣な手付きで切り戻しをしているのを見て、気が引き締まったよ。昨日は二人とも頑張ったな」
「くまさんこそ……写真も力仕事も……沢山してくれてありがとうございます」
「お互い様だよ。得手不得手を補い合える関係が一番だ」
「そうですね」
「みーくんと宗吾さんもそうだよな」
「あ……はい」
宗吾さんに話を振られると、頬が赤くなってしまう。
「可愛いな、みーくん、ほっぺを赤くしている。さっちゃん、俺たちの息子は本当に可愛いな」
「くまさん……」
じんとした。
まだ正式には入籍したわけではないが、確実に僕のポジションはくまさんの息子になっている。そこは……なんて……なんて居心地のいい場所なのだろう。
「では、行ってきますね」
「あぁ、気をつけてな」
「はい、あの……終わったら着替えにまたここに戻って来ます」
「了解だ。みーくんファイト!」
「瑞樹、気をつけるのよ。いってらっしゃい」
お父さんとお母さんに見送られて、ログハウスを出発した。
亡くなった父のつなぎを着て、後部座席にはラナンキュラスの花束とくまさんの作ってくれたアルバムが乗せて。
『はこだて総合病院』
事情を話し特別な面会手続きをし、リーダーから教えてもらった病室の前に立った。
「203号室……ここだ」
トントン
丁寧にノックすると、中からくぐもった重苦しい声が聞こえた。
「失礼します」
「誰だ?」
「東京の加々美花壇から参りました」
「東京? 帰れ帰れ! どうせ泥一つ付いていない気取ったスーツ姿なんだろ」
ヒヤリとした。
確かに都内で働く僕は、スーツで出勤している。
「あの……僕はスーツ姿ではありません。失礼かもしれませんが作業着のまま来ました」
「そうなのか……じゃあ、入れ」
第一関門は突破出来たのか。
いきなり花束を渡すのはどうかと思い、カーテン前の棚に置いてから中に入った。
年老いて顔色の悪い老人が、少し起こしたベッドにもたれていた。
「はじめまして。葉山瑞樹と申します」
「なんだ? 随分若造だな。あぁ本社が言っていた花の切り戻し作業をしに来た人間か。ならばこんな所に来ないで早く作業をしてくれ」
「あの……切り戻しは……昨日のうちに終わらせました」
生産者の額の深い皺がひくつく。
「1日で終わっただと? お前さん一人でどうやって? そんなに簡単に終わるはずはない。あぁそうか……花を雑に粗末に扱ってくれたんだな。わしの大事な花を……」
雲行きが怪しくなる。
いつもだったら消え入りたい気持ちになり、後ずさってしまう所だが、今日は踏ん張りたい。
このまま誤解されるのは嫌だ。
くまさんの気持ち、お母さんの気持ちを、無駄にはしたくない。
だからこそ……言葉を慎重に選んだ。
あれこれ言い訳するよりも、心にすとんと届く言葉を探した。
「いいえ、僕は……花の命を繋げてきました」
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