幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
1,070 / 1,871
小学生編

誓いの言葉 28 

「宗吾さん、その鞄パンパンに膨れていますが、一体何を?」
「あーしまった! 忘れてた」

 宗吾さんがずるずると取り出したのは、僕のお父さんのつなぎだった。

「あ、それ……本当に持って来たのですね」
「ここなら瑞樹のサイズを把握しているから、手っ取り早いだろう。ここで、ジャストサイズにしてもらわないか」
「……ですが」

 宗吾さんの提案は嬉しいが、僕にはほんの少しの躊躇いがあった。

「……ごめん、俺、先走ったか。やはり……お父さんのサイズのままがいいか」
「……すみません」

 このままでは、僕にはぶかぶかだったが……まるでお父さんに抱きしめられいるような心地がして溜まらなかったから……宗吾さんの申し出に躊躇してしまった。押し黙っていると、宗吾さんが優しく僕の手を撫でてくれた。

「なぁ……瑞樹、君の気持ちは分かっているよ。だけど……やっぱりほんの少しだけでいいから、詰めてもらわないか」
「……そうですね」

 あまり気乗りしない返事をしてしまった。すると……宗吾さんが苦しそうな表情を浮かべた。

「あまりぶかぶかだとさ、作業をする時に危ないだろう?」
「あ……」
「俺、君が怪我をするのはいやなんだ。足や背中のほつれも、どこかにひっかけたらと思うと……本気で心配なんだ」

 宗吾さんのウィークポイントは、僕だ。

 宗吾さんも、あの姿がトラウマになっているのだろう。

 あの日、ボロボロに傷ついた僕を抱きしめてくれたから。

 窓から飛び降りた僕の姿は直視出来ない程……痛々しかった。

「宗吾さん……ごめんなさい」
「謝ることないさ。俺も配慮が足りなかった」

 すると……僕たちの会話に耳を傾けていた蓮さんが、ボソッと呟いた。

「それなら……おれの兄さんに任せるといい。悪いようにはならないさ」

 絶対的な信頼を、大河さんに抱いているような口ぶりだった。

「ん? 俺を呼んだか」
「あ、桐生さん……実は」

 宗吾さんが事前に話をしていたのだろうか、大河さんは真剣な目つきで、お父さんのつなぎを手に取った。

「ヴィンテージか、味があるな」
「……亡くなった父の形見なんです。あの……僕はフラワーアーティストなので、大がかりな生け込み時にはこのような作業服を着ます。出来たら、このまま……これを着たいのですが、流石にぶかぶかで……」
「分かるよ。父親の名残は捨て難いもんな」

 図星だったのでコクンと頷くと、大河さんは甘い笑顔を浮かべた。

「君は素直で可愛い子だな。どれ、俺に任せておけって」
「あの……」
「ちゃんと名残も残しつつ、安全なつなぎにしてやるよ」
「あ……」
「この程度ならすぐに出来るから、もう1杯飲んでけよ」

 大河さんはつなぎを持って、二階に上がっていった。

 どうやらカクテルお代りしている間に、仕上げてくれるようだ。

「だから言っただろう。兄さんに任せておけばいいんだ」

 蓮さんがカウンター越しに、フッと微笑む。

 バーテンダーのタイトな制服がよく似合っているお洒落な男性だと、改めて見入ってしまう。

「蓮さんのその制服も……お兄さんが?」
「あぁ、おれの服は全部、兄さんが作ってくれるんだ」

 うっすら頬をそめ、照れ臭そうにカウンターを離れる蓮さんが可愛らしく見えた。

 そんな様子を、宗吾さんと見つめ合って口元を緩めてしまった。

「宗吾さん、今の台詞……月影寺の流さんと大河さんって似ていますよね」
「あぁ、流も何でも作ると聞いたよ。好きな人のためなら」
「あの、じゃあ宗吾さんは何が得意ですか」

 好奇心が勝って宗吾さんの覗き混むと、肩を揺らしていた。

「俺? 俺は裁縫は苦手だよ。だが食べるのは得意だ」
「あぁお料理ですね。宗吾さんはお料理上手ですよね」
「くくっ、可愛いな。俺は食べるのが得意っていったのに」

 肩を組まれたかと思うと、その手が胸元に辿りついて、スーツ越しに乳首の付近を撫でられて、ぞくぞくとした。

「ここ、食べるの好きだ」
「そ……んなこと、こんな場所で言わないでください」
「誰もいないぞ」
「ですが……」
「じゃあ、こっち……」

 カウンターに横並びに座っているので、そのまますぐに口づけできる距離だった。そこに蓮さんがカクテルを運んでくる。

「これ……『キス・インザムーン』だ。カシスとフランボワーズのリキュールにグレナデンシロップを加えたもの」
「あの、これ……どうして一杯だけなんですか」
「今からキスをするんだろ? だったら二人で一つで充分だろ」
「‼‼」

 参ったな。蓮さんは刺激的な発言をする人だ。

 僕はこういう大人めいたやりとりに不慣れなので、真っ赤になってしまうよ。

「サンキュ、粋な演出だな」
「兄さんから言われて、貸し切りにしているんだ。普段出来ないことしろよ」
「瑞樹、いいか」
「そ……宗吾さん」

 もう止まらない。
  
 こんな風に人前でキスなんてしたことないのに……お酒の勢いだろうか、僕は静かに目を閉じて、宗吾さんからのキスを受け入れていた。

「ん……んっ……んん」
「瑞樹とのキスは、いつも美味しいよ」
「あ……」
「今日はカクテルの味を分け合っている」

 BGMにジャズが流れる薄暗い店内で、恋人同士のキスをした。

 暫く貪り合っていると階段を下りてくる足音がしたので、慌てて唇を離した。

「おーい、出来たぞ」
「桐生さん、ありがとうございます」
「どうだ? これで」
「あ……っ」

 お父さんのつなぎは大きく雰囲気は変わっていないのに、手と足の長さが絶妙に僕のサイズになっていて、大きくほつれてしまっていた両膝と背中部分には四つ葉のあてがついていた。

「君たちは四つ葉がラッキーアイテムだそうだな」
「すごい……すごいです」
「瑞樹、これなら大丈夫だな」
「はい! あ……早速、軽井沢に持っていきます」
「そうだな。沢山……息子である君が活用してあげるのが、供養になるな」
「はい!」

 お父さんのつなぎを抱きしめて深呼吸すると、微かに森の香りがした。

 函館の森の匂い?

「あれ? 何か……匂いが?」

 微かに感じるのは、懐かしいお父さんの匂いだった。
 
「あぁ、勝手に悪い。これは『WOOD WINDS』という香りだ。湖畔の林を吹き抜ける風のように清々しい香りさ」
「はい!」
「つなぎにもともと残っていた微かな香りを、さり気なく引き立たせるオーデコロンだ。英国のR-Gray社の品は、けっして人の邪魔をしないから気に入っているんだ。もともと樹木由来の香りを調合したものだし、この位なら君に似合いそうだと思ってな。森林浴のような清々しい香りをまとって、身も心も羽ばたけよ」

 すんと吸い込めば、そこにはお父さんが笑っている。

「ありがとうございます。サイズが代わっても、ちゃんとお父さんがいます。このつなぎに……感じます」

 僕はつなぎを抱きしめて深々と礼をした。

 その様子を桐生兄弟が、肩を組んで見守ってくれていた。

「流石おれの兄さんだ」
「蓮、お前のつなぎにもいつもつけてあげているだろう」
「あれは……キザな名前だよ」
「Mr. Perfect! とか My Angelとか……照れ臭いんだよ!」
「そうつれないこと言うなって」

 お兄さんが弟さんのこめかみにキスをするのを目の当たりにして、先ほどまで自分たちがしていたことを棚にあげて、照れまくってしまった。

「じゃ、そろそろお暇しますよ」
「いつでもどうぞ」
「今度、連れてきたい人たちがいるんだ」
「そう? なら……貸し切りにしていいよ」

 僕と宗吾さんの頭の中には、月影寺のメンバーが浮かんでいた。

「さぁて、瑞樹、帰ろるぞ」
「はい。芽生くんに会いたいです」

 恋人から家族へ
 家族から恋人へ
 僕たちは自由自在だ。
 何もひとつの場所に留まらなくてもいい。
 臨機応変になればいい。

「宗吾さん、素敵な時間をありがとうございました」
「また来ような」
「はい!」

 銀座のネオンは、僕には相変わらず縁遠いが、宗吾さんとの距離は、また一歩近づいた。

 お直したばかりのつなぎを抱きしめて、出来たての礼服を持って、さぁ、僕らの家に戻ろう!
 
感想 88

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。