幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
1,174 / 1,871
小学生編

ひと月、離れて(with ポケットこもりん)28

「うわぁ~ ここは、かの有名な大阪風月庵の抹茶餅では!」
「あんこ党には有名らしいな。さぁ今日は瑞樹が世話になったし、俺が奢るから好きなだけ食え」
「す、好きなだけー!」
 
 宇治抹茶とあんこの相性は抜群ですし、中のホイップクリームのミルキーな味わいも最高ですよ。あぁぁ外は柔らかい羽二重餅なんですね。 

 もぐもぐ!

「お、美味しいですー もう1個いいですか」
「おう、何個でもいいぞ」
「わぁい」

 もぐもぐ、もぐもぐ!

「やっと腹八分目ですよ。満腹まであと5個です!」
「お、おい……そんなに食べて大丈夫なのか」
「大丈夫です。すぐお腹が空くので。最近あんこを断っていたので嬉しいです」
「こ……こもりくん、あのね」

 ん? 芽生くんが真剣な目で僕を見ていますよ。

「どうしたのですか」
「おばちゃんが言っていたよ。『はらはちぶんめにいしゃいらず』って」
「え? 難しい言葉を知っているんですね」
「んっとね、少しゆとりをのこしておくとね、いいんだって。めいいっぱいだと、もうほかのしあわせがはいってこないって」

『腹八分目に医者いらず』は知っていますが、その後の言葉にドキッとしましたよ。

 詰め込みすぎると余裕がなくなって、せっかくの幸せも入る余地がないということですね。

「芽生くん、それは素晴らしい説法ですね。僕、目が覚めました!」
「えへへ、だからね、あと5こは、おみやげにしたらどうかなぁ?」

 五個と言えば……住職と副住職に薙くん、丈さんと洋くんでぴったりです。

 こんなに小さな芽生くんでも気付くことなのに、僕ってばあんこに夢中になりすぎて恥ずかしいです。

「そうします……僕、がめつかったですね」

 少ししょんぼりしてしまった。すると宗吾さんが……

「そんなことないさ! 見ていて気持ち良かった。子リスみたいな爆食いは爽快だ。まぁ芽生が言ったことは一理あるかもな。君が健康で元気でいてくれないと泣く人がいるだろう。相手の顔を思い浮かべれば、自然と行動できるさ。それに月影寺では……きっと今頃あんこを沢山買って、君の帰りを待ち侘びている人が居るよ。その人のためにも、腹にゆとりを持っておいた方がいいかもな」

 宗吾さんって、すごいです。
 なんだかとっても前向きになれますね。

「瑞樹くんは幸せものですね」
「え? いきなりどうした?」
「あ……あの、仏教の説法は心を穏やかにしてくれますが、宗吾さんの言葉は、人を元気にするパワーを持っています。まさに心の栄養剤ですね」

 住職からの教えを思い出しました。

『小森くん……いいかい? 言葉にはくれぐれも慎重におなり。君が放った何気ない一言で誰かが大きく傷ついたり、たった一言で元気になれたりと、言葉にはとても大きな力があるんだよ。君はまだ幼い。不安な時は、あんこを食べておきなさい』

 ん? そこで、あんこ?
 僕は住職に甘やかされていたのですね。

「小森くんに言われると照れるな」
「いえ、僕も芽生くんに一つ学びました」
「君の長所は素直なところだ」
「はい! ご馳走様でした!」

****

 新大阪駅・新幹線ホーム

「遅いな」
「ギリギリまで仕事だったのでしょう」
「パパ、遅れちゃったらどうするの?」
「なぁに、来るまで待つさ、自由席で帰ればいい」
「そっか! よかった」

 ゆったりとした気持ちで待っていた。

 瑞樹が来るまでの時間に、この1ヶ月にあったことを思い返した。

 最初の1週間で挫折したことも。

 玲子と離婚した直後の芽生はまだ3歳と小さく、俺も家事経験がなくボロボロだった。だが今回は違う。家事にも慣れて芽生も小学校2年生だ。出来ることも増えたのだから、父子で1ヶ月なんて楽勝だと過信していた。

 人間って欲深いな。出来ることが増えると何でも出来る気がして、いい気になって最初の一歩を疎かにしがちだ。慣れから生じる弊害がある。
 
『ヒューマンエラーは、慣れた時に起こる』
 
 教習場で習った言葉は日常生活にも言えることだ。免許を取りたての頃は運転に慣れていないので交通ルールを守って安全運転するが、運転に慣れてくると、自分を過信したりルール違反をしたりして、交通事故を起しやすい。

 人と人も同じだ。俺と芽生もまさに言葉の事故を起してしまったのだ。

 母と兄の助けがなかったら、もっと大きな事故を起こしていたかもしれない。

 言葉の事故では命は失わないかもしれないが、確実に信頼を失ってしまう。

 この一ヶ月の経験は、決して無駄じゃなかった。

 この先……瑞樹と暮らす月日が続けば続く程、生じる慣れもあるだろう。

 そんな時、この離れて暮らした一ヶ月を思い出そう。

「あ、お兄ちゃんだ」
「あ、菅野くんだ」

 新幹線のホームを走ってくる二人は、大きな仕事をやりとげた達成感に満ちた顔をしていた。

「宗吾さん! お待たせしました」
「お疲れさん、全て終わったのか」
「はい! きちんと終わらせてきました」

 肩で息をしながら甘い吐息と共に存在感を示す瑞樹からは、やはり花のようなよい香りがした。

「あ……芽生くん、これね、加々美さんから」
「なぁに?」
「四つ葉のお礼だって」
「わぁ、クローバーだ」

 それは三つ葉のクローバーだった。

「幸せはいつも身近にあるんだねって言っていたよ。芽生くんがそれに気付かせてくれたって……芽生くんはすごいね、偉かったね」

 瑞樹が芽生の視線と合わせて手放して褒めると、芽生も破顔した。

「お兄ちゃん、ボク……お兄ちゃんがいなくてさみしかったよ。お兄ちゃん、もうお家に帰れる?」
「うん、一緒に帰ろう。迎えに来てくれてありがとう」
「わぁい、ボク……お兄ちゃんにほめてもらうの、だーいすき!」

 芽生の弾ける笑顔に、俺の心もポカポカだ。

 瑞樹がようやく戻って来てくれる。

 優しい君から生まれる言葉は、俺たちのかさついた心に潤いを与えてくれ、爽やな気分にしてくれる。

「宗吾さん、帰りましょう!」
「あ、あぁ」

 瑞樹が帰る場所がある。

 そこが俺の元だということに、改めて感謝を。

 初心を忘れずに、丁寧に優しく交流していこう!

 新幹線が静かに動き出す。

 もう外は真っ暗で景色は見えないが、所々に見える外灯が、俺たちの心みたいだった。

「宗吾さん……僕……やっと帰れるのですね」

 瑞樹は嬉しそうに目を閉じて、俺の肩にさり気なくもたれてくれた。

 愛しい人の温もりが、心に届いた。

「お疲れさん、少し休め」
「ほっとして……眠くなってしまいました」
「眠っていいよ。俺が連れて帰るから」
「はい……」
 

 
 
感想 88

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。