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小学生編
実りの秋 7
「ぐすっ、ぐすっ……」
夢の中で、僕は小さな子供だった。
まだ2歳か3歳なのか。
膝を抱えて、真っ暗な部屋の片隅でめそめそと泣いていた。
「マ……ママぁ……どこぉ? ぐすっ」
「みーくん、ここよ、ここにいるわ」
「ママ!」
パッと部屋に電気がついて、お母さんの笑顔が見えた。
だから僕は光に向かって、一気に走り出した。
「おいで、ここよ!」
懐かしい匂いに包まれて、ほっとした。
「瑞樹……あなたは忘れ物なんかじゃないわ。瑞樹にはまだまだ出逢う人がいるのよ。その人にとって瑞樹は贈り物よ。どうか忘れないでね」
ふと目を覚ますと、宗吾さんに深く抱きしめられていた。
とてもあたたかいと思った。
「宗吾さん……」
「瑞樹、君は暖かいな。俺にとって大切な存在だ」
宗吾さんが嬉しそうに僕を抱きしめ直してくれ、僕が必要だと言ってくれた。
そうか……僕は忘れられたのではなく、残されたんだ。
今、ここにいるために。
もしも……あの日函館の家に引き取られていなかったら、僕はどうなっていただろう?
きっと施設に入れられるか、親戚中を厄介者としてたらい回しにされていただろう。
もしも函館のお母さんが僕を引き取ってくれなかったら、広樹兄さんが夜な夜な励ましてくれなかったら、僕は、きっとここに辿り着けなかった。
宗吾さんと芽生くんに出逢えなかった。
「あの……宗吾さん……朝になったら函館に電話しても? 声が聞きたいんです」
「あぁ喜ぶぞ。広樹のデレ顔が浮かぶな」
「兄さんに会いたいです」
「そうだな。また会いに行けばいい。会いたかったら何度でも」
「そうですね。その時は皆でまた行きましょう」
「あぁ、そうしよう。まだ夜明けまで時間がある。もう少し一緒に眠ろう」
「はい、一緒に」
耳を澄ませば聞こえる。
宗吾さんの力強い、規則正しい鼓動。
生命力に溢れた逞しい身体に包まれて、朝を迎えよう。
翌朝、出勤前に函館に電話をした。
「もしもし、兄さん?」
「おぉ、瑞樹か」
「うん」
「可愛い弟の声が朝から聞けるなんて、今日はいい1日になるぞ」
「くすっ、兄さんってば」
兄さんはいつも僕に甘い。
甘すぎるほど、溺愛してもらっている。
その有り難みが、今日もしみじみと伝わって来る。
「兄さん……あのね……ありがとう」
「ん? いきなり何だ?」
「あの日……僕の服を……すぐに着替えさせてくれて」
「……覚えていたのか」
昨日宗吾さんに話した過去には、続きがあったことを思い出した。
僕が着ていた黒い服は、函館の家に着くなり、兄さんに「窮屈だろう。ゆったりした服になった方がいい」と、着替えさせてもらったんだ。
「嬉しかった。兄さんの洋服はぶかぶかだったけど、優しい温もりを感じてほっとしたんだ」
「そうか」
「あのね……僕は忘れ物では……なかったんだね」
広樹兄さんが電話口で息を呑む。
「あぁ……瑞樹は贈り物だったんだよ。俺にとって大切な贈り物だ。今も昔も変わらない」
「ありがとう。僕はこの世に残してもらって良かったって思っているよ。兄さんともお母さんとも潤とも出逢えたし……宗吾さんと芽生くんと家族になれて……心がね、もう寒くないんだ」
「瑞樹ぃ……朝から、兄さんを泣かすなぁー」
「ご、ごめん。兄さんが大好きだから……これからも僕の兄さんでいてね」
「ううううっ」
泣かすつもりはなかったが、心が軽くなった分、言葉に羽が生えたよう。
伝えたい言葉は、躊躇わずに伝えよう。
毎日を丁寧に大切に。
それが僕に出来ること。
****
軽井沢の秋は満ちるのが早く、もう冬の足音が聞こえてきそうだ。
朝ご飯を食べていると、いっくんがじーっと見つめてくる。
「……パパぁ」
「どうした? いっくん」
「あのね、あのね……うんどうかい……なの、もうすぐ」
「あぁ、いっくんの運動会見るの初めてだ。楽しみだよ」
保育園の小さな運動会は週末だ。
「うわぁ……きてくれるの」
「もちろんだ」
「わぁぁ……」
いっくんが目をキラキラ輝かせている。
「どうした?」
「ずっと……いいなって……うれしいなぁ」
「潤くん、あのね」
菫さんがそっと教えてくれた。
頑丈に作った段ボールの箱に子供が入って、親御さんがソリのように引っ張る競技があるそうだ。菫さんは去年は腰を痛めていたので参加出来なくて、いっくんがしょんぼりしてしまったらしい。
そういえば俺と正月明けに会った時も、菫さんは腰が痛くていっくんを抱っこ出来なかったんだよな。それを見かねて俺が抱っこしてやり、それがこの縁に繋がった。
「そっか、そんなことがあったのか。今年もその競技ある?」
「うん、だから潤くんが出てくれるかな?」
「もちろんだよ」
「というか……運動会全般、お願いしていいかな?」
「どうした?」
菫さんが何か言いたそうにしている。
「もしかして、また腰が痛いのか」
「……ううん、そうじゃなくて」
「ん?」
「あのね……実は……もしかしたら……」
「ん?」
「も、もう、潤くんって鈍感ね」
「???」
「だから……赤ちゃんがやってきたかもしれなくて」
「えぇぇぇぇ‼」
思わず大声を出してしまった。
「しっ、まだ確証が……とにかく今日病院に行ってくるね」
「お、おう……」
頭の中が真っ白になってしまった。
思い当たるのは夏のキャンプ? それとも?
いずれにせよ菫さんとは話しあって、いっくんに早めに兄弟を作ってあげたいという気持ちで固まっていた。
兄弟が仲良く遊べるように、年齢が少しでも近い方がいいねと。
でも、まさか……まさか……現実となるなんて!
夢の中で、僕は小さな子供だった。
まだ2歳か3歳なのか。
膝を抱えて、真っ暗な部屋の片隅でめそめそと泣いていた。
「マ……ママぁ……どこぉ? ぐすっ」
「みーくん、ここよ、ここにいるわ」
「ママ!」
パッと部屋に電気がついて、お母さんの笑顔が見えた。
だから僕は光に向かって、一気に走り出した。
「おいで、ここよ!」
懐かしい匂いに包まれて、ほっとした。
「瑞樹……あなたは忘れ物なんかじゃないわ。瑞樹にはまだまだ出逢う人がいるのよ。その人にとって瑞樹は贈り物よ。どうか忘れないでね」
ふと目を覚ますと、宗吾さんに深く抱きしめられていた。
とてもあたたかいと思った。
「宗吾さん……」
「瑞樹、君は暖かいな。俺にとって大切な存在だ」
宗吾さんが嬉しそうに僕を抱きしめ直してくれ、僕が必要だと言ってくれた。
そうか……僕は忘れられたのではなく、残されたんだ。
今、ここにいるために。
もしも……あの日函館の家に引き取られていなかったら、僕はどうなっていただろう?
きっと施設に入れられるか、親戚中を厄介者としてたらい回しにされていただろう。
もしも函館のお母さんが僕を引き取ってくれなかったら、広樹兄さんが夜な夜な励ましてくれなかったら、僕は、きっとここに辿り着けなかった。
宗吾さんと芽生くんに出逢えなかった。
「あの……宗吾さん……朝になったら函館に電話しても? 声が聞きたいんです」
「あぁ喜ぶぞ。広樹のデレ顔が浮かぶな」
「兄さんに会いたいです」
「そうだな。また会いに行けばいい。会いたかったら何度でも」
「そうですね。その時は皆でまた行きましょう」
「あぁ、そうしよう。まだ夜明けまで時間がある。もう少し一緒に眠ろう」
「はい、一緒に」
耳を澄ませば聞こえる。
宗吾さんの力強い、規則正しい鼓動。
生命力に溢れた逞しい身体に包まれて、朝を迎えよう。
翌朝、出勤前に函館に電話をした。
「もしもし、兄さん?」
「おぉ、瑞樹か」
「うん」
「可愛い弟の声が朝から聞けるなんて、今日はいい1日になるぞ」
「くすっ、兄さんってば」
兄さんはいつも僕に甘い。
甘すぎるほど、溺愛してもらっている。
その有り難みが、今日もしみじみと伝わって来る。
「兄さん……あのね……ありがとう」
「ん? いきなり何だ?」
「あの日……僕の服を……すぐに着替えさせてくれて」
「……覚えていたのか」
昨日宗吾さんに話した過去には、続きがあったことを思い出した。
僕が着ていた黒い服は、函館の家に着くなり、兄さんに「窮屈だろう。ゆったりした服になった方がいい」と、着替えさせてもらったんだ。
「嬉しかった。兄さんの洋服はぶかぶかだったけど、優しい温もりを感じてほっとしたんだ」
「そうか」
「あのね……僕は忘れ物では……なかったんだね」
広樹兄さんが電話口で息を呑む。
「あぁ……瑞樹は贈り物だったんだよ。俺にとって大切な贈り物だ。今も昔も変わらない」
「ありがとう。僕はこの世に残してもらって良かったって思っているよ。兄さんともお母さんとも潤とも出逢えたし……宗吾さんと芽生くんと家族になれて……心がね、もう寒くないんだ」
「瑞樹ぃ……朝から、兄さんを泣かすなぁー」
「ご、ごめん。兄さんが大好きだから……これからも僕の兄さんでいてね」
「ううううっ」
泣かすつもりはなかったが、心が軽くなった分、言葉に羽が生えたよう。
伝えたい言葉は、躊躇わずに伝えよう。
毎日を丁寧に大切に。
それが僕に出来ること。
****
軽井沢の秋は満ちるのが早く、もう冬の足音が聞こえてきそうだ。
朝ご飯を食べていると、いっくんがじーっと見つめてくる。
「……パパぁ」
「どうした? いっくん」
「あのね、あのね……うんどうかい……なの、もうすぐ」
「あぁ、いっくんの運動会見るの初めてだ。楽しみだよ」
保育園の小さな運動会は週末だ。
「うわぁ……きてくれるの」
「もちろんだ」
「わぁぁ……」
いっくんが目をキラキラ輝かせている。
「どうした?」
「ずっと……いいなって……うれしいなぁ」
「潤くん、あのね」
菫さんがそっと教えてくれた。
頑丈に作った段ボールの箱に子供が入って、親御さんがソリのように引っ張る競技があるそうだ。菫さんは去年は腰を痛めていたので参加出来なくて、いっくんがしょんぼりしてしまったらしい。
そういえば俺と正月明けに会った時も、菫さんは腰が痛くていっくんを抱っこ出来なかったんだよな。それを見かねて俺が抱っこしてやり、それがこの縁に繋がった。
「そっか、そんなことがあったのか。今年もその競技ある?」
「うん、だから潤くんが出てくれるかな?」
「もちろんだよ」
「というか……運動会全般、お願いしていいかな?」
「どうした?」
菫さんが何か言いたそうにしている。
「もしかして、また腰が痛いのか」
「……ううん、そうじゃなくて」
「ん?」
「あのね……実は……もしかしたら……」
「ん?」
「も、もう、潤くんって鈍感ね」
「???」
「だから……赤ちゃんがやってきたかもしれなくて」
「えぇぇぇぇ‼」
思わず大声を出してしまった。
「しっ、まだ確証が……とにかく今日病院に行ってくるね」
「お、おう……」
頭の中が真っ白になってしまった。
思い当たるのは夏のキャンプ? それとも?
いずれにせよ菫さんとは話しあって、いっくんに早めに兄弟を作ってあげたいという気持ちで固まっていた。
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