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小学生編
実りの秋 28
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「宗吾さん、今夜は一緒にお風呂に入りませんか」
「うぉ! イキナリそう来る?」
「何だか無性に甘えたくなって……あの、駄目ですか」
「駄目なはずないだろ」
「よかった」
瑞樹は甘い笑顔を浮かべて、それからスッと空を仰いだ。
青空に浮かぶ白い雲に真っ直ぐ手を伸ばし、雲を掴むジェスチャーをした。
「僕のお母さんは、今は綿菓子みたいな存在です」
「食べたら消えてしまうが、感じた甘さはずっと残っているってことか」
「はい! ここにちゃんと」
胸元に手をあてて優しく微笑む瑞樹。
そうだ、笑ってくれ!
もっと、もっと――
明るい笑顔を空に向けて、見せてあげて欲しい。
お母さんに愛された記憶は、ここにあると。
「あ、二回戦目が始まりますよ」
「よしっ、芽生、がんばれー!」
「芽生くん、頑張って!」
玉入れの二回戦は白組が勝ち、続けて三回戦はたった1球の差で白に持って行かれてしまったので、結局、芽生の赤組は負けてしまった。
「あーあぁ」
「やった! わぁい!」
子供たちのどよめきと歓声が同時にあがったので芽生を探すと、体育座りのまま顔を伏していた。
「あーあ、あれは相当がっかりしているな」
もしかして泣いているのか、小さな肩が小刻みに震えている。
芽生は俺に似て負けず嫌いな所があるから、気持ちも分かる。
負けた子どもたちは悔しいし辛いよな。
芽生も、今のその感情をしっかり覚えておくといい。
「あっ芽生くん……泣いてしまったみたいですね」
瑞樹が切なそうな声をあげた。
「あぁ、だが仕方ないさ。人生、勝ったり負けたりだもんな」
「それを言うなら、泣いたり笑ったりとも……」
瑞樹も知っている。
人生がどんなに荒波なのかを――
「子供にとって運動会の勝ち負けは、大切な経験だと改めて思ったよ」
「そうですね。もしも子どもたちが勝ち負けを経験しないまま大人になったら、大変ですよね」
勝ち負けから嬉しさや悔しさを学び、努力する気持ちが芽生えるから。
「学生時代の競争って……自分が本当に好きになれる分野を見つけるきっかけにもなりますよね」
「そういえば君が花の道に進んだのも、そうだったのか」
今までちゃんと聞いていなかったな。どうして瑞樹がフラワーアーティストを目指したのかを。
「スポーツは何でも得意でしたよ。でも僕は骨が華奢で筋肉がつきにくく体格的に無理なものも多く……そんな中一人で出来るスキーや陸上は最後まで残りました。でも……」
瑞樹が何度か瞬きをする。
「でも?」
「その……独りで走り抜けるのが、寂しくなってしまって」
一位の白いテープを切るのを喜びではなく、寂しいと?
そうか、そうだったのか。
「かといって……当時の僕は人付き合いが苦手だったのでチームプレイも駄目で、そんな時、家で花のコンクールのポスターを見かけて応募したんです」
「それが花の道に歩むきっかけだったんだな」
「全国で三位までに入れば奨学金で東京の大学に行けると知り、頑張りました。だから……夢や希望に溢れてというよりは現実的な理由なんです」
「そうだったのか」
「経済的に迷惑をかけてはいけないと焦って、結局……函館の家族に寂しい思いをさせてしまいましたが」
「……話してくれてありがとう。まだまだ俺の知らないことがあるな」
瑞樹がふっと微笑む。
「宗吾さんには隠すことはないです。また折に触れて話しますね」
「あぁ、君が話したくなった時でいいぞ」
「宗吾さん……僕は最初の理由はどうであれ、花が好きになって良かったです。これが僕の天職だと思えます」
それから太陽に透かした手を見つめ、「この手が愛おしいのです」と付け加えた。
その手には、まだあの日の傷痕が残酷に残り、疲れが溜まると痛む事も知っている。それでも「愛おしい」と言い切る瑞樹は、以前よりもずっと逞しくなった。
「あぁ、瑞樹自身を守る大切な手だ」
「あ……はい。この手で出来ることは沢山あるんですね。もう何も掴めないと思ったのが、今は嘘のようです」
「そうだ。俺にも沢山触れて欲しい。今日は瑞樹が恋しいから」
「あ、あの……お、お風呂でなら」
「ははっ、よしよし、ちゃんと戻れたな。夜の約束を忘れないでくれよ。さぁ戻ろう」
俺と瑞樹は、俺たちの家族の元に戻る。
すると兄貴がお通夜のように沈んでいた。
「一体その顔は、何事ですか」
「宗吾ぉ……芽生が可哀想だ。あんなに泣いて」
おいおい、ずっと白黒はっきりさせることが生き甲斐だったくせに、何を言う?
「大丈夫ですよ。芽生はちゃんと立ち直りますよ。悔しさをばねにリレーで頑張るでしょう」
「そうか! そういえば……宗吾もいつもそうだったな」
「お、俺は泣いてませんよ」
「いや、今日の芽生みたいに膝を抱えていつもメソメソと」
うはっ! 瑞樹の前で幼い頃の泣き虫の話をされるのは、猛烈に恥ずかしい。
「お、思い出さないでいいですよ」
「私はハラハラしたよ。いつも駆け寄って慰めようとかと迷っていたんだ」
「知りませんよ。そんなこと」
「だがお前は涙を拭いて、頑張って歩き出したんだ。いつも運動会のリレーでは大活躍だったな。兄として誇らしかったよ」
兄貴らしからぬ乱暴な手付きで背中をバンバンと叩かれ、こそばゆい。
瑞樹も、俺たちの会話を微笑みながら聞いていた。
「宗吾さんって、やっぱり芽生くんにそっくりなんですね」
「いやいや、芽生が俺に似ているんだ! 俺が全部先だから!」
「くすっ、そうでしたね。それにしても流石憲吾さんですね! 芽生くんに幸先のよい話をありがとうございました」
「あぁ……コホン、まぁ全部、君と芽生の笑顔のためだ」
「嬉しいです」
ずっと遠かった兄貴の心が今はこんなに近づいているなんて、不思議な気分だ。
瑞樹が明るく笑えば、兄貴も照れ臭そうに笑う。
そんな笑顔の交流が、俺も嬉しかった。
「宗吾さん、次はいよいよ最終競技のリレーです。あの、どこで応援しますか」
「今度はここだ。皆で心を一つに揃えて応援しよう!」
「はい!」
「うぉ! イキナリそう来る?」
「何だか無性に甘えたくなって……あの、駄目ですか」
「駄目なはずないだろ」
「よかった」
瑞樹は甘い笑顔を浮かべて、それからスッと空を仰いだ。
青空に浮かぶ白い雲に真っ直ぐ手を伸ばし、雲を掴むジェスチャーをした。
「僕のお母さんは、今は綿菓子みたいな存在です」
「食べたら消えてしまうが、感じた甘さはずっと残っているってことか」
「はい! ここにちゃんと」
胸元に手をあてて優しく微笑む瑞樹。
そうだ、笑ってくれ!
もっと、もっと――
明るい笑顔を空に向けて、見せてあげて欲しい。
お母さんに愛された記憶は、ここにあると。
「あ、二回戦目が始まりますよ」
「よしっ、芽生、がんばれー!」
「芽生くん、頑張って!」
玉入れの二回戦は白組が勝ち、続けて三回戦はたった1球の差で白に持って行かれてしまったので、結局、芽生の赤組は負けてしまった。
「あーあぁ」
「やった! わぁい!」
子供たちのどよめきと歓声が同時にあがったので芽生を探すと、体育座りのまま顔を伏していた。
「あーあ、あれは相当がっかりしているな」
もしかして泣いているのか、小さな肩が小刻みに震えている。
芽生は俺に似て負けず嫌いな所があるから、気持ちも分かる。
負けた子どもたちは悔しいし辛いよな。
芽生も、今のその感情をしっかり覚えておくといい。
「あっ芽生くん……泣いてしまったみたいですね」
瑞樹が切なそうな声をあげた。
「あぁ、だが仕方ないさ。人生、勝ったり負けたりだもんな」
「それを言うなら、泣いたり笑ったりとも……」
瑞樹も知っている。
人生がどんなに荒波なのかを――
「子供にとって運動会の勝ち負けは、大切な経験だと改めて思ったよ」
「そうですね。もしも子どもたちが勝ち負けを経験しないまま大人になったら、大変ですよね」
勝ち負けから嬉しさや悔しさを学び、努力する気持ちが芽生えるから。
「学生時代の競争って……自分が本当に好きになれる分野を見つけるきっかけにもなりますよね」
「そういえば君が花の道に進んだのも、そうだったのか」
今までちゃんと聞いていなかったな。どうして瑞樹がフラワーアーティストを目指したのかを。
「スポーツは何でも得意でしたよ。でも僕は骨が華奢で筋肉がつきにくく体格的に無理なものも多く……そんな中一人で出来るスキーや陸上は最後まで残りました。でも……」
瑞樹が何度か瞬きをする。
「でも?」
「その……独りで走り抜けるのが、寂しくなってしまって」
一位の白いテープを切るのを喜びではなく、寂しいと?
そうか、そうだったのか。
「かといって……当時の僕は人付き合いが苦手だったのでチームプレイも駄目で、そんな時、家で花のコンクールのポスターを見かけて応募したんです」
「それが花の道に歩むきっかけだったんだな」
「全国で三位までに入れば奨学金で東京の大学に行けると知り、頑張りました。だから……夢や希望に溢れてというよりは現実的な理由なんです」
「そうだったのか」
「経済的に迷惑をかけてはいけないと焦って、結局……函館の家族に寂しい思いをさせてしまいましたが」
「……話してくれてありがとう。まだまだ俺の知らないことがあるな」
瑞樹がふっと微笑む。
「宗吾さんには隠すことはないです。また折に触れて話しますね」
「あぁ、君が話したくなった時でいいぞ」
「宗吾さん……僕は最初の理由はどうであれ、花が好きになって良かったです。これが僕の天職だと思えます」
それから太陽に透かした手を見つめ、「この手が愛おしいのです」と付け加えた。
その手には、まだあの日の傷痕が残酷に残り、疲れが溜まると痛む事も知っている。それでも「愛おしい」と言い切る瑞樹は、以前よりもずっと逞しくなった。
「あぁ、瑞樹自身を守る大切な手だ」
「あ……はい。この手で出来ることは沢山あるんですね。もう何も掴めないと思ったのが、今は嘘のようです」
「そうだ。俺にも沢山触れて欲しい。今日は瑞樹が恋しいから」
「あ、あの……お、お風呂でなら」
「ははっ、よしよし、ちゃんと戻れたな。夜の約束を忘れないでくれよ。さぁ戻ろう」
俺と瑞樹は、俺たちの家族の元に戻る。
すると兄貴がお通夜のように沈んでいた。
「一体その顔は、何事ですか」
「宗吾ぉ……芽生が可哀想だ。あんなに泣いて」
おいおい、ずっと白黒はっきりさせることが生き甲斐だったくせに、何を言う?
「大丈夫ですよ。芽生はちゃんと立ち直りますよ。悔しさをばねにリレーで頑張るでしょう」
「そうか! そういえば……宗吾もいつもそうだったな」
「お、俺は泣いてませんよ」
「いや、今日の芽生みたいに膝を抱えていつもメソメソと」
うはっ! 瑞樹の前で幼い頃の泣き虫の話をされるのは、猛烈に恥ずかしい。
「お、思い出さないでいいですよ」
「私はハラハラしたよ。いつも駆け寄って慰めようとかと迷っていたんだ」
「知りませんよ。そんなこと」
「だがお前は涙を拭いて、頑張って歩き出したんだ。いつも運動会のリレーでは大活躍だったな。兄として誇らしかったよ」
兄貴らしからぬ乱暴な手付きで背中をバンバンと叩かれ、こそばゆい。
瑞樹も、俺たちの会話を微笑みながら聞いていた。
「宗吾さんって、やっぱり芽生くんにそっくりなんですね」
「いやいや、芽生が俺に似ているんだ! 俺が全部先だから!」
「くすっ、そうでしたね。それにしても流石憲吾さんですね! 芽生くんに幸先のよい話をありがとうございました」
「あぁ……コホン、まぁ全部、君と芽生の笑顔のためだ」
「嬉しいです」
ずっと遠かった兄貴の心が今はこんなに近づいているなんて、不思議な気分だ。
瑞樹が明るく笑えば、兄貴も照れ臭そうに笑う。
そんな笑顔の交流が、俺も嬉しかった。
「宗吾さん、次はいよいよ最終競技のリレーです。あの、どこで応援しますか」
「今度はここだ。皆で心を一つに揃えて応援しよう!」
「はい!」
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