幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
1,207 / 1,865
小学生編

実りの秋 28

しおりを挟む
「宗吾さん、今夜は一緒にお風呂に入りませんか」
「うぉ! イキナリそう来る?」
「何だか無性に甘えたくなって……あの、駄目ですか」
「駄目なはずないだろ」
「よかった」

 瑞樹は甘い笑顔を浮かべて、それからスッと空を仰いだ。

 青空に浮かぶ白い雲に真っ直ぐ手を伸ばし、雲を掴むジェスチャーをした。

「僕のお母さんは、今は綿菓子みたいな存在です」
「食べたら消えてしまうが、感じた甘さはずっと残っているってことか」
「はい! ここにちゃんと」

 胸元に手をあてて優しく微笑む瑞樹。

 そうだ、笑ってくれ!

 もっと、もっと――

 明るい笑顔を空に向けて、見せてあげて欲しい。

 お母さんに愛された記憶は、ここにあると。

「あ、二回戦目が始まりますよ」
「よしっ、芽生、がんばれー!」
「芽生くん、頑張って!」

 玉入れの二回戦は白組が勝ち、続けて三回戦はたった1球の差で白に持って行かれてしまったので、結局、芽生の赤組は負けてしまった。

「あーあぁ」
「やった! わぁい!」

 子供たちのどよめきと歓声が同時にあがったので芽生を探すと、体育座りのまま顔を伏していた。

「あーあ、あれは相当がっかりしているな」
 
 もしかして泣いているのか、小さな肩が小刻みに震えている。

 芽生は俺に似て負けず嫌いな所があるから、気持ちも分かる。

 負けた子どもたちは悔しいし辛いよな。

 芽生も、今のその感情をしっかり覚えておくといい。

「あっ芽生くん……泣いてしまったみたいですね」

 瑞樹が切なそうな声をあげた。
 
「あぁ、だが仕方ないさ。人生、勝ったり負けたりだもんな」
「それを言うなら、泣いたり笑ったりとも……」

 瑞樹も知っている。

 人生がどんなに荒波なのかを――
 
「子供にとって運動会の勝ち負けは、大切な経験だと改めて思ったよ」
「そうですね。もしも子どもたちが勝ち負けを経験しないまま大人になったら、大変ですよね」

 勝ち負けから嬉しさや悔しさを学び、努力する気持ちが芽生えるから。

「学生時代の競争って……自分が本当に好きになれる分野を見つけるきっかけにもなりますよね」
「そういえば君が花の道に進んだのも、そうだったのか」

 今までちゃんと聞いていなかったな。どうして瑞樹がフラワーアーティストを目指したのかを。

「スポーツは何でも得意でしたよ。でも僕は骨が華奢で筋肉がつきにくく体格的に無理なものも多く……そんな中一人で出来るスキーや陸上は最後まで残りました。でも……」

 瑞樹が何度か瞬きをする。

「でも?」
「その……独りで走り抜けるのが、寂しくなってしまって」

 一位の白いテープを切るのを喜びではなく、寂しいと?

 そうか、そうだったのか。

「かといって……当時の僕は人付き合いが苦手だったのでチームプレイも駄目で、そんな時、家で花のコンクールのポスターを見かけて応募したんです」
「それが花の道に歩むきっかけだったんだな」
「全国で三位までに入れば奨学金で東京の大学に行けると知り、頑張りました。だから……夢や希望に溢れてというよりは現実的な理由なんです」
「そうだったのか」
「経済的に迷惑をかけてはいけないと焦って、結局……函館の家族に寂しい思いをさせてしまいましたが」
「……話してくれてありがとう。まだまだ俺の知らないことがあるな」

 瑞樹がふっと微笑む。

「宗吾さんには隠すことはないです。また折に触れて話しますね」
「あぁ、君が話したくなった時でいいぞ」
「宗吾さん……僕は最初の理由はどうであれ、花が好きになって良かったです。これが僕の天職だと思えます」

 それから太陽に透かした手を見つめ、「この手が愛おしいのです」と付け加えた。

 その手には、まだあの日の傷痕が残酷に残り、疲れが溜まると痛む事も知っている。それでも「愛おしい」と言い切る瑞樹は、以前よりもずっと逞しくなった。

「あぁ、瑞樹自身を守る大切な手だ」
「あ……はい。この手で出来ることは沢山あるんですね。もう何も掴めないと思ったのが、今は嘘のようです」
「そうだ。俺にも沢山触れて欲しい。今日は瑞樹が恋しいから」
「あ、あの……お、お風呂でなら」
「ははっ、よしよし、ちゃんと戻れたな。夜の約束を忘れないでくれよ。さぁ戻ろう」

 俺と瑞樹は、俺たちの家族の元に戻る。

 すると兄貴がお通夜のように沈んでいた。

「一体その顔は、何事ですか」
「宗吾ぉ……芽生が可哀想だ。あんなに泣いて」
 
 おいおい、ずっと白黒はっきりさせることが生き甲斐だったくせに、何を言う? 

「大丈夫ですよ。芽生はちゃんと立ち直りますよ。悔しさをばねにリレーで頑張るでしょう」
「そうか! そういえば……宗吾もいつもそうだったな」
「お、俺は泣いてませんよ」
「いや、今日の芽生みたいに膝を抱えていつもメソメソと」

 うはっ! 瑞樹の前で幼い頃の泣き虫の話をされるのは、猛烈に恥ずかしい。

「お、思い出さないでいいですよ」
「私はハラハラしたよ。いつも駆け寄って慰めようとかと迷っていたんだ」
「知りませんよ。そんなこと」
「だがお前は涙を拭いて、頑張って歩き出したんだ。いつも運動会のリレーでは大活躍だったな。兄として誇らしかったよ」

 兄貴らしからぬ乱暴な手付きで背中をバンバンと叩かれ、こそばゆい。

 瑞樹も、俺たちの会話を微笑みながら聞いていた。

「宗吾さんって、やっぱり芽生くんにそっくりなんですね」
「いやいや、芽生が俺に似ているんだ! 俺が全部先だから!」
「くすっ、そうでしたね。それにしても流石憲吾さんですね! 芽生くんに幸先のよい話をありがとうございました」
「あぁ……コホン、まぁ全部、君と芽生の笑顔のためだ」
「嬉しいです」

 ずっと遠かった兄貴の心が今はこんなに近づいているなんて、不思議な気分だ。

 瑞樹が明るく笑えば、兄貴も照れ臭そうに笑う。

 そんな笑顔の交流が、俺も嬉しかった。

「宗吾さん、次はいよいよ最終競技のリレーです。あの、どこで応援しますか」
「今度はここだ。皆で心を一つに揃えて応援しよう!」
「はい!」
  
 
しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

君に不幸あれ。

ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」 学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。 生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。 静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。 静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。 しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。 玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。 それから十年。 かつて自分を救った玲に再会した静は玲に対して同じ苦しみを味合わせようとする。

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

処理中です...