幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
1,340 / 1,871
小学生編

幸せが集う場所 14

 いっくんを抱いて東海道線に乗った。

 平日の真っ昼間だからか、電車は空いている。

 よかった! 最近人混みが苦手だから、助かるよ。

 昔は人口の少ない街が嫌で、札幌の繁華街に遊びに出ては朝まで遊んだりしたのが嘘みたいだ。

 今は静かな自然の中が落ち着く。

 ガタンゴトンと揺れる電車にいっくんの温もりを感じながら座ると、ようやく一息付けた。

 ふぅ、小さな子供連れで旅行って想像より大変だ。

 いっくんは大人しい方だが、それでも寝てしまうと抱っこして荷物を抱えてと男のオレでも難儀する。これは菫さん一人では大変だったな。

 いっくんはオレと出会うまで、旅行らしい旅行に出たことがなかったそうだ
 
 オレとは最初は函館に挨拶に行き、それから夏は家族でキャンプにも行った。クリスマスには神奈川のホスピスへも……いっくんの世界がどんどん広がっていくのが嬉しいし、そこにいつもオレが立ち会えるのも嬉しい。

「むにゃむにゃ……」

 いっくんは身体をくるんと丸め、オレにくっついて、すぅすぅと寝息を立てている。

 寝顔は赤ちゃんの時のままで、またじわじわと父性が溢れてくる。生まれてくる子供も愛おしいが、今、目の前にいるいっくんが愛おし過ぎて堪らないよ。

 安心しきった顔で眠る我が子を抱きしめると、いっくんがパチッと目を覚ました。

「お! 起きたのか」
「パパ、おちっこ!」
「え?」
「もれちゃう」
「あー そっか、そうだよな」

 新幹線で行かなかったし在来線に乗り換える時は寝ていたので、今がその時なのか。

「おトイレいくぅ」
「え! 新幹線ならトイレもあるけど……ここは……参ったなぁ」

 ドバッとヘンな汗が出て来た。

 そこに兄さんのアドバイスを思い出す。

……
「潤、いっくんはまだ小さいからおトイレタイムは不意打ちでやってくると思う。面倒臭がらずに根気よく付き合ってあげて欲しい。出来たら在来線に乗る前にトイレに立ち寄ることをおすすめするよ。でも寝ちゃったりしていたら無理して起さなくても大丈夫だよ。東海道線にもトイレあるから」
……

「おといれ……ここには、ないの?」

 いっくんがうるうるした瞳で見上げてくる。

「いや、大丈夫だ。あるよ! もうちょっとだけ我慢できるか」
「がんばるよぅ。おむつ……もうバイバイしたんだもん」
「よしよし、偉いな」

 オレはいっくんを抱えてビューンとトイレに向かった。

 ところが勢いよく駆け込んだトイレは想像より狭く揺れも激しい。

 大丈夫か、オレ!

 ここでまた兄さんからのアドバイスを思い出す。

……
「潤、電車のトイレは揺れるし狭いから気をつけて。くれぐれも洋服を汚さないようにね。宗吾さんは何度も濡らして苦労したって」
……

「いっくん、さぁズボンを降ろして座ろう」
「パパ、いっくん、ぜんぶぬぐの」
「脱ぐ?」
「うん、パンツしゃんとおじゅぼんしゃんバイバイ」
「あぁ、そっか、濡れたらやだもんな」
「うん!」

 いっくんのズボンを脱がして、フックにかけて便座に座らせた。

 するといっくんが、今度は泣きそうになった。

 ど、どうした?

「パパぁ~ いやぁ、こわい。おちりおっこちちゃう」
「おぅ! パパが押さえているから、ほらっ」
「う、うん。こわくて……おちっこでないよ」
「大丈夫だ。ほら、しーしー」
「でたぁ!」
「やったな」

 ふぅぅ……ちょっと宗吾さんの心境になった。

 そこに電車の揺れが響く。

「パパぁ~ はやくおりたいよぅ」

 いっくんが両手を伸ばしてオレによじのぼってくる。

「おう、まて、とにかくパンツ、はこうな」
「うん」

 そこにノック音が響く。

「まだですかー」
「は、はい! 今出ます」

 いっくんを抱えてビューンと飛び出した。

 元の座席に座らせると、何かが足りない。

「パパ、いっくん、あんよがすーすーするよ」
「ズ、ズボンを忘れた!」

 再び戻って、フックに駆けっぱなしになったズボンを回収した。

 そういえば、ローズガーデンのトイレにもいろんな忘れものあるよな。

 大変なんだけど、必死で楽しい。

 そうか、これが子育てなのか。

 オレ、ちゃんと参加してるんだな!

 いっくんにズボンをはかせながら、上機嫌になっていた。

 藤沢駅で乗り換えで、今度はいよいよ江ノ電だ。

 このまま行けば予定通り到着する。

 少しばかし気が焦ってしまった。

「いっくん、そろそろ歩くか」
「んーん、人いっぱい、こわいよぅ」
「あぁ、そっか、そうだよな」

 オレに顔を埋めるいっくん。
 
 確かに乗り換え駅のせいか、人が沢山だ。

 こんな風にくっ付いてもらえるのも、あと何年だろう。

 そのうちオレの手を離れて巣立ってしまう……

 だから今は思いっきり甘えて欲しい。

 オレもいっくんに甘えてもらいたい。

「いっくんね、あまえんぼうしゃん……かな?」
「んー このままでいいぞ」
「でもぉ、もーすぐ、おにいちゃんになるのに……だめだめ」
「いいんだよ。いっくんはお兄ちゃんになったって、パパの子だ。甘えたいだけ甘えていいんだよ」
「ほんと? ほんとにいいの? あとちょっとじゃないの。あかちゃんうまれたらおわりじゃないの?」
「あー もう、いっくんは……」
 
 ヤバイ、ヤバイ、いじらしくて泣きそうだ。

 そんな心配は不要だ。

 もっともっと今までの分も全力で甘えてくれよ。

「旅行中はパパとふたりきりだ。いっぱい甘えてくれ」
「わぁ……うれちいなぁ、ずっとだっこがいい」
「ははっ がんばるよ」

 そんないっくんだったが、江ノ島駅で芽生坊を見つけた途端……

「パパ、おんりする! おろちてぇ、いっくん、じぶんであるけるもん!」

 あぁ、その気持ちも分かる。

 オレ、いっくんの気持ちが分かるぞ!

 だから受け入れられる。

 昔は人の気持ちなんて興味なく、お構いナシだった。

 自分サイドの気持ちだけが全てで生きて来た。

 オレがこんなに悲しいんだから、相手が全部悪いと決めつけて撥ね付けて……

 でもさ、そうじゃないんだな。

 オレといっくんに別々の二つの心があるように……

 人はそれぞれ違う。

 歩み寄っていかないといけないんだな。

 どうしてもっと早く、このことに気付けなかったのか。

 せっかく繋げてきた人の縁を、一時の感情に任せてブツブツ切ってしまうのは寂しい。外れそうになっても……もう一度歩み寄って繋いで結んでいけば、大きな円を描ける長い紐になるのにさ。

「潤、お疲れさま」

 兄さんが可愛い笑顔でオレを労ってくれる。

「大変だったけど、充実した道程だったようだね」
「どうして分かる?」
「そりゃ、いっくんと潤の笑顔が物語っているよ。さぁ水族館で休憩しよう」

 兄さんがそっとオレの背中に手を回してくれる。

 オレより背が低いのに、なんだか頼もしく感じた。

「兄さんの言ったとおりだったよ。トイレが難関だった」
「ふふ、いっくんズボンを濡らさず到着出来たね。じゅーん、偉いぞ」
「へへっ」

 やべっ、ブラコン全開だ。早くも――!






感想 88

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。