1,533 / 1,871
小学生編
秋色日和 25
「そういえば、いっくんは今まであまり転ばなかったのに、今日は派手に転んだので、ママ、びっくりしちゃった」
「ママぁ、あのね、しってる? ころぶとね、だっこしてもらえるんだよ。よしよしって、とってもやさしくね。いっくんもしょうだったよ」
いっくんがすみれを見上げて、あどけない表情で小首を傾げてニコッと笑う。
すみれはその言葉にハッとし、くしゃっと泣きそうになった。
「……そっか……そうだね」
「いっくんね、きょうはゆっくりゆっくりじゃなくて、おもいっきりはしれたの、びゅーんってね」
「……そうね、おもいっきりするのは大事なことよ。いっくん、えらかったね」
すみれといっくんの会話に、ほろりとした。
もしかして――
いっくんはママと二人の時は転ばないように、意識してゆっくり歩いていたのか。
さっき保育園の先生も、似たようなことを言っていた。
……
「いっくんはですね、実は園内でほとんど走らなかったんです。私達は、もしかしたら発育に問題があるのではと心配したことも……だから今日のかけっこで思いっきり走る姿を見て驚きましたが、心からほっとしたんですよ」
……
俺と出会ってからのいっくんは、嬉しそうに走り回っては転んで、オレが駆け寄って抱っこしての繰り返しだったので、意外な話だった。
だが先生といっくんとすみれの話を合わせれば、その理由が見えてきた。
転ぶと、仕事で疲れて家事で忙しいママを困らせてしまう。泣くと余計な手間をかけてしまう。
運動会で転んでも、いっくんを抱き上げて慰めてくれる人は……誰もいない。
だから転ばないように、ゆっくりゆっくり慎重に……だったのか。
そういうことなのか!
いっくんはまだあどけないので、無意識のうちに本能のままに、そうしていたのかもしれない。
いずれにせよ、そうだとしたら本当に切ないよ!
いっくんは、君は……まだたった4歳だ。
なのに、これまでどれだけの悲しみと寂しさを背負って生きてきたのか。
そしてすみれも、そこまで追い詰められていたのか。
生活にも心にもゆとりがない日々は辛い。
生きているのも辛いと思ったことが何度もあったのでは?
あぁ、オレは本当にこの二人と巡り会えて良かった。
急に涙が込み上げてきたので、慌てて上を向いた。
オレが泣いてどうする?
青空の向こうにいる、いっくんのお空のお父さん!
もしかして、あなたが巡り合わせてくれたのですか。
あまりに二人が心配で見ていられなくて、でも何も出来なくてもどかしく、口惜しかったから。
オレに託してくれたのですか。
聞いて下さい! オレの父もそこにいるんです。もしかして会ったのですか。オレの生き方を心配して引き合わせてくれたのですか。
きっとそうだ! そうだと思う。
何故なら、オレたちはあまりに足りない部分を補い合える存在だから。
すみれさんと出会う直前のオレは、兄さんにしでかしたことの重大さから、懺悔の日々を送ってた。もしも、もう一度人生をやり直せるのなら、大切な人の役に立てる人間になりたい。もしもオレを必要としてくれる人がいたら、その時は全力で守りたい。
そう誓いを立てていた。
兄さんは宗吾さんに守られ愛され、芽生坊に慕われ、どんどん幸せになっていた。広樹兄も結婚して落ち着いて、宙ぶらりんなのはオレだけで……居場所がなく寂しかった。
オレの寂しさを埋めてくれる存在が欲しい。
もしもそんな人と出会えたら、オレは生涯かけてその人を愛す。
そう願った矢先に、オレの生きてきた人生が無駄にならない人と出会った。
すみれといっくんと巡り逢った。
感謝――
今もこの先も、この気持ちで一杯だ。
結局いっくんは午前中は園児席には戻らず、ずっとすみれにくっついていた。
誰も咎めるものはいなかった。
しかも今日の槙は奇跡的に2時間以上ぐっすり眠っている。母さんが腕が疲れたからと父さんに委託しても起きなかった。
おかげで、いっくんはママをずっと独占できた。
久しぶりのふたりの時間だった。
生まれて初めてパパとママのいる運動会。0歳児から保育園生活をしてきたいっくんにとって、こんな嬉しいことはない。
今日はスペシャルご褒美だな。
オレもすみれも、幸せそうに微笑むいっくんを見るのが大好きだ。
だから誰もが幸せな気持ちでポカポカしていた。
「いっくん、そろそろ弁当にしようか」
「うん! あ、あのね、おじーちゃんはここ、おばーちゃんはおとなり。パパぁはいっくんのおとなりだよ。ママもおとなり。まきくん、まだねんね?」
いっくんが指定してくれた場所に座ると、まあるい円となっていた。
「そうね、もう少し眠っているみたい。さぁお弁当を広げてみて」
「いっくんのおべんとうばこ、たからものだよ」
いっくんはお弁当箱に頬をすりすりした。
いっくんなりの愛情表現なのだのか。よく大好きな物や大事な物にこの仕草をする。オレの胸元で顔をすりよせスリスリしてくれるのが最高に可愛いだよな。
「いただきまーしゅ。わぁぁ、おいちー ママぁ、これしゅごくおいちいよぅ」
ペンギンのソーセージも卵焼きも唐揚げも、全部丁寧に作られていて本当に美味しかった。すみれがずっとしたかったことがギュッと詰まった愛情一杯の弁当だった。
「みんなでたべるとおいしいねぇ」
「いっくん、かけっこかっこ良かったな」
「おじーちゃん、ありがとう」
「おばあちゃんね、いっくんがあまりに可愛いおまごちゃんだから、おやつこんなにもってきちゃった」
「わぁわぁ、これいっくんのおやつなの?」
「そうよ。何が好きか分からなくて、いっぱい」
「しゅごい。いっくんのおやつだ」
いっくんの目がキラキラ輝く。
いい顔してるな。
最高の笑顔だ。
「いっくん、げんきになったよぅ」
「そうか、よかったよ」
「ママぁ、ありがとう。いっくんがんばってくるから、まきちゃんにもおひるごはんあげてね」
いっくんがそう言った途端、槙がパチっと目覚めて大泣きだった。
「えへへ、まきくーん、おにいちゃんをみててね。がんばってくるよ」
いっくんが明るい笑顔を振りまいて走り出す。
園児席に向かって元気に――
「ママぁ、あのね、しってる? ころぶとね、だっこしてもらえるんだよ。よしよしって、とってもやさしくね。いっくんもしょうだったよ」
いっくんがすみれを見上げて、あどけない表情で小首を傾げてニコッと笑う。
すみれはその言葉にハッとし、くしゃっと泣きそうになった。
「……そっか……そうだね」
「いっくんね、きょうはゆっくりゆっくりじゃなくて、おもいっきりはしれたの、びゅーんってね」
「……そうね、おもいっきりするのは大事なことよ。いっくん、えらかったね」
すみれといっくんの会話に、ほろりとした。
もしかして――
いっくんはママと二人の時は転ばないように、意識してゆっくり歩いていたのか。
さっき保育園の先生も、似たようなことを言っていた。
……
「いっくんはですね、実は園内でほとんど走らなかったんです。私達は、もしかしたら発育に問題があるのではと心配したことも……だから今日のかけっこで思いっきり走る姿を見て驚きましたが、心からほっとしたんですよ」
……
俺と出会ってからのいっくんは、嬉しそうに走り回っては転んで、オレが駆け寄って抱っこしての繰り返しだったので、意外な話だった。
だが先生といっくんとすみれの話を合わせれば、その理由が見えてきた。
転ぶと、仕事で疲れて家事で忙しいママを困らせてしまう。泣くと余計な手間をかけてしまう。
運動会で転んでも、いっくんを抱き上げて慰めてくれる人は……誰もいない。
だから転ばないように、ゆっくりゆっくり慎重に……だったのか。
そういうことなのか!
いっくんはまだあどけないので、無意識のうちに本能のままに、そうしていたのかもしれない。
いずれにせよ、そうだとしたら本当に切ないよ!
いっくんは、君は……まだたった4歳だ。
なのに、これまでどれだけの悲しみと寂しさを背負って生きてきたのか。
そしてすみれも、そこまで追い詰められていたのか。
生活にも心にもゆとりがない日々は辛い。
生きているのも辛いと思ったことが何度もあったのでは?
あぁ、オレは本当にこの二人と巡り会えて良かった。
急に涙が込み上げてきたので、慌てて上を向いた。
オレが泣いてどうする?
青空の向こうにいる、いっくんのお空のお父さん!
もしかして、あなたが巡り合わせてくれたのですか。
あまりに二人が心配で見ていられなくて、でも何も出来なくてもどかしく、口惜しかったから。
オレに託してくれたのですか。
聞いて下さい! オレの父もそこにいるんです。もしかして会ったのですか。オレの生き方を心配して引き合わせてくれたのですか。
きっとそうだ! そうだと思う。
何故なら、オレたちはあまりに足りない部分を補い合える存在だから。
すみれさんと出会う直前のオレは、兄さんにしでかしたことの重大さから、懺悔の日々を送ってた。もしも、もう一度人生をやり直せるのなら、大切な人の役に立てる人間になりたい。もしもオレを必要としてくれる人がいたら、その時は全力で守りたい。
そう誓いを立てていた。
兄さんは宗吾さんに守られ愛され、芽生坊に慕われ、どんどん幸せになっていた。広樹兄も結婚して落ち着いて、宙ぶらりんなのはオレだけで……居場所がなく寂しかった。
オレの寂しさを埋めてくれる存在が欲しい。
もしもそんな人と出会えたら、オレは生涯かけてその人を愛す。
そう願った矢先に、オレの生きてきた人生が無駄にならない人と出会った。
すみれといっくんと巡り逢った。
感謝――
今もこの先も、この気持ちで一杯だ。
結局いっくんは午前中は園児席には戻らず、ずっとすみれにくっついていた。
誰も咎めるものはいなかった。
しかも今日の槙は奇跡的に2時間以上ぐっすり眠っている。母さんが腕が疲れたからと父さんに委託しても起きなかった。
おかげで、いっくんはママをずっと独占できた。
久しぶりのふたりの時間だった。
生まれて初めてパパとママのいる運動会。0歳児から保育園生活をしてきたいっくんにとって、こんな嬉しいことはない。
今日はスペシャルご褒美だな。
オレもすみれも、幸せそうに微笑むいっくんを見るのが大好きだ。
だから誰もが幸せな気持ちでポカポカしていた。
「いっくん、そろそろ弁当にしようか」
「うん! あ、あのね、おじーちゃんはここ、おばーちゃんはおとなり。パパぁはいっくんのおとなりだよ。ママもおとなり。まきくん、まだねんね?」
いっくんが指定してくれた場所に座ると、まあるい円となっていた。
「そうね、もう少し眠っているみたい。さぁお弁当を広げてみて」
「いっくんのおべんとうばこ、たからものだよ」
いっくんはお弁当箱に頬をすりすりした。
いっくんなりの愛情表現なのだのか。よく大好きな物や大事な物にこの仕草をする。オレの胸元で顔をすりよせスリスリしてくれるのが最高に可愛いだよな。
「いただきまーしゅ。わぁぁ、おいちー ママぁ、これしゅごくおいちいよぅ」
ペンギンのソーセージも卵焼きも唐揚げも、全部丁寧に作られていて本当に美味しかった。すみれがずっとしたかったことがギュッと詰まった愛情一杯の弁当だった。
「みんなでたべるとおいしいねぇ」
「いっくん、かけっこかっこ良かったな」
「おじーちゃん、ありがとう」
「おばあちゃんね、いっくんがあまりに可愛いおまごちゃんだから、おやつこんなにもってきちゃった」
「わぁわぁ、これいっくんのおやつなの?」
「そうよ。何が好きか分からなくて、いっぱい」
「しゅごい。いっくんのおやつだ」
いっくんの目がキラキラ輝く。
いい顔してるな。
最高の笑顔だ。
「いっくん、げんきになったよぅ」
「そうか、よかったよ」
「ママぁ、ありがとう。いっくんがんばってくるから、まきちゃんにもおひるごはんあげてね」
いっくんがそう言った途端、槙がパチっと目覚めて大泣きだった。
「えへへ、まきくーん、おにいちゃんをみててね。がんばってくるよ」
いっくんが明るい笑顔を振りまいて走り出す。
園児席に向かって元気に――
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。