幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

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小学生編

冬から春へ 63

「ママぁ、あめが、おはなにあたって、きれぇだね」
「そうね、雨って綺麗ね」
「あ! あの、おはなのおなまえは、あじさいだよね」
「知っていたの?」
「うん! だってママがおしえてくれたよ」
「……そうだったかしら?」
「うん、ほいくえんのいきかえりにいつも」

 潤くんと出逢うまで、毎日が忙しすぎて、記憶がおぼろげだわ。

 私は自分の名前が花の名前なのもあって、小さい頃から花が大好き。

 だから子供が生まれたら男の子でも女の子でも、沢山花の名前を教えてあげたいと思っていたの。

 あ……そうよ。

 花好きなのは父と母譲りなのね。

 小さい頃、家の前の花壇には四季折々の花が溢れ、食卓やリビング、玄関には、いつも花が飾られていた。

 父が花の名前や花言葉を教えてくれて、母が草花の押し花を作ってくれた。

 なぜかしら?

 今になって私の小さい頃を思い出すのは?

 心に余裕が出来たから?

 火事で自宅が全焼してしまい、正直もっと落ち込むと思ったけれども、意外にも元気なのはどうして?

 今の私は一人じゃない。

 ひとりぼっちじゃないことが、こんなにありがたいなんて。

 そのことに気付けたからなのね。

 ゼロになったことで重たく辛い過去を吹っ切れ、新しいことを始めてみようと思えるようになったわ。

「いっくん……マンションに戻ったら、ママのおじいちゃんとおばあちゃんのお家に電話してみようか」
「わぁ、うん! してみる。ずっとあってないから、いっくんのことわすれちゃわないか、ちんぱいだったの」
「……そうだったのね。そうよね。連絡しないと……どんどん心が離れちゃうよね」
「ママぁ、あめのひっていいね」
「どうして、そう思うの?」

 今日はなんとなく同意するのではなく、きちんと理由を聞いてみたくなった。

「あのね、あじさいのおはなは、あめがにあうとおもうの。うるうるしてきれぇだよね。それにこのかさもさしてみたかったの。めーくんがつかっていいよってわたしてくれたときから、ずっときになっていたの」
「本当にそうね。紫陽花には雨が似合うわ。雨の滴を浴びると、花色が鮮やかに見えるものね。この傘は、中に虹がかかっているのね」

 芽生くんが貸してくれた傘には、虹の絵が描かれていた。

「それからね、ママとおしゃべりしながら、ゆっくりあるけるのも、うれしいの」
「そうね、嬉しいことばかりね」

 私は……美樹くんがいなくなってから、雨の日が嫌いになった。

 小さな子供を連れて歩くのは時間がかかって濡れるし、洗濯物も乾かないし、気持ちも沈んで、じめじめして、嫌いだった。

 でも見方を変えたら、こんなに素敵な景色が見えるのね。

「そうか……これが『no rain, no rainbow』なのよね」
「ママ? それなぁに? おまじない」
「えっとね『雨が降らなければ虹は出ない』という英語のことわざよ」
「……えっとぉ、ママがいなければいっくんはニコニコできないってことかなぁ?」

 いっくんの笑顔が、透明の傘の窓を通して見えたわ。

 虹の向こうに満面の笑みのいっくんを見つけて、嬉しくなった。



 帰宅後、実家の母に電話をした。

「お母さん、私よ」
「まぁ! 菫、菫なの? 今、どこにいるの? 元気にしているの?」
「ごめんなさい。心配をかけて……」

 火事の後、一度無事を知らせたっきりだった。

 どうせ手助けしてもらえないのだからと、必要最低限の連絡で済ました私は馬鹿だった。

「いいのよ。あなたたちが、それどころじゃなかったのは分かっているから。でも……菫が元気で良かった。潤くんと孫たちも元気なの?」

 潤くんのことを気に掛けてもらえて嬉しかった。

 孫達という言葉が嬉しかった。

「お母さん……えぇ、皆、元気よ。頑張っているわ」

 電話の向こうの母は、涙ぐんでいるようだった。

「菫……あなたに会いたいわ」
「お母さん……私も会いたい」
「お父さんの具合がまた悪くて飛んでいけなくて、何もできない不甲斐ない親でごめんなさいね」
「謝らないで……二人がいてくれるだけでいいのよ」
「菫……」
「今、潤くんのお兄さんのお宅で避難生活をしているの。東京にいるのよ。だから……軽井沢に戻ったら、会いに行くわ。待っていて」

 ここ数年のわだかまりが解けたように、私は素直になれた。

 いっくんの優しい心が、私の頑なだった心をとかしてくれたのね。


****

『no rain, no rainbow』

 ―― 雨が降らなければ、虹は出ない ――

 悲しいこと、不安なことを乗り越えてきた今、僕の眼前には大きな虹がかかっている。

 だから冷たい冬の雨も、苦ではない。

 家に帰れば、宗吾さんに会える。

 芽生君を抱きしめられる。

 冷たい雨に打たれた分、暖かく感じるだろう。
 
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