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小学生編
春色旅行 16
「あの、宗吾さんは、どこに行きたいですか」
「そうだな~」
宗吾さんが指さしたのは山のてっぺん。
「長崎といえば、夜景だよな」
「わー パパ、あのお山に山登りするの?」
「いや、さすがにそれは無理だから、スロープーカーというのがあるそうだから、それで登ろうぜ」
稲佐山中腹駐車場から山頂までを結ぶ『長崎稲佐山スロープカー』は斜面走行モノレールで、勾配に合わせ床面を水平に保ち走行するそうだ。
ところは、スロープカーという未知の乗り物に、僕は少し緊張してしまった。
相変わらず、僕は初めてのことに弱いな。
だが、一歩中に入ると、森をイメージしたナチュラルな内装だったので、心が解けた。
「さぁ、出発するぞ」
スロープカーが、静かな音を立ててゆっくりと坂道を登りはじめた。
ガラス越しに見えていた街の灯りが、少しずつ遠ざかっていく。
薄い闇が街並みを覆いつくすと、まるで日常から切り離されていくような不思議な感覚に襲われた。
もしかしたら……
旅立ちのときって、こんな感じだったのかな?
ふとそう思った瞬間、胸の奥がきゅうっと締めつけられた。
頼もしい父と、優しい母。
弟の無邪気な笑い声。
忘れたくても、忘れられない、懐かしく切ない記憶。
涙がひとすじ、頬を伝っていく。
「……」
そのタイミングで、宗吾さんが無言で僕の肩をぎゅっと抱きしめてくれた。
言葉はなかった。
ただその温もりだけが静かに伝わってくる。
「……宗吾さん……」
思わず名前を呼ぶと、声が震えた。
情けなくて、でも嬉しくて……
「……パパ、お兄ちゃん、こわい夢見ちゃったみたい」
芽生くんも、心配そうに僕の手を握ってくれる。
「ねぇ、お兄ちゃん、なんだかボクたち、今、空を飛んでるみたいだね」
その一言に、ふっと力が抜けた。
涙はこぼれたままだったのに、胸の奥の悲しみが、じんわりと和らいでいく。
これは旅立ちではない。
これは、今なんだ。
今、僕は大好きな家族と一緒にいる。
山頂に着くと、眼前に宝石をちりばめたような夜景が広がっていた。
空の星たちが、そのまま地上に降りてきたような光の洪水。
言葉は出ず、ただ、ただ……ため息が自然とこぼれた。
「……綺麗です」
「知ってるか」
宗吾さんが穏やかな声で話しかけてくる。
「どうして長崎の夜景がこんなに綺麗かというと、地形が関係してるんだ。鶴が羽を広げたような形をした長崎港を中心に、山が街をぐるっと囲んでいて、まるですり鉢みたいになってるだろ? だから、いろんな高さから光が見えるんだ。長崎にしかない立体的な夜景になるのさ」
――鶴が羽を広げて。
すごくいい表現だ。
まるで誰かが長崎の街を、そっと包んでくれているよう――
ふいに、あの夜のことを思い出した。
引き取られて間もない頃。
父に会いたい、母に会いたい、弟に会いたい――
僕は憔悴しきって、夜な夜な枕を濡らしていた。
暗闇が怖く夜が怖く、布団の中で震えていた。
ある日、そんな僕を見かねたのか、宏樹兄さんが夜の街へ連れ出してくれた。
「あの、どこに?」
僕の問いに、兄さんは優しく笑って言った。
「山の上だ。瑞樹を、少しでも亡くなったお父さんとお母さんの近くに連れていってやりたくて」
その言葉に、驚いた。
この人は僕の悲しみと孤独も、こんな風に大きく暖かく包んでくれる人なんだ――。
宏樹兄さん、ありがとう。
僕のお兄ちゃんになってくれてありがとう。
その時、初めて宏樹兄さんに自分から抱き着いた。
「ありがとう、お兄ちゃん……」
・・・・・
「お兄ちゃん、もう大丈夫?」
心配そうな声に、僕は今へと戻った。
そして芽生くんの手を離さないように、ぎゅっと握り返す。
「うん、ありがとう。もう大丈夫だよ」
スロープカーを降り、展望台から街の夜景を見下ろしてみると、光の粒が、夜の闇を優しく塗り替えてくれていた。
まるで「こわくないよ」「大丈夫だよ」と囁くように。
この夜景は、もう悲しみの光じゃない。
今、ぬくもりの中で、こんなにも綺麗に瞬いているのだから。
「そうだな~」
宗吾さんが指さしたのは山のてっぺん。
「長崎といえば、夜景だよな」
「わー パパ、あのお山に山登りするの?」
「いや、さすがにそれは無理だから、スロープーカーというのがあるそうだから、それで登ろうぜ」
稲佐山中腹駐車場から山頂までを結ぶ『長崎稲佐山スロープカー』は斜面走行モノレールで、勾配に合わせ床面を水平に保ち走行するそうだ。
ところは、スロープカーという未知の乗り物に、僕は少し緊張してしまった。
相変わらず、僕は初めてのことに弱いな。
だが、一歩中に入ると、森をイメージしたナチュラルな内装だったので、心が解けた。
「さぁ、出発するぞ」
スロープカーが、静かな音を立ててゆっくりと坂道を登りはじめた。
ガラス越しに見えていた街の灯りが、少しずつ遠ざかっていく。
薄い闇が街並みを覆いつくすと、まるで日常から切り離されていくような不思議な感覚に襲われた。
もしかしたら……
旅立ちのときって、こんな感じだったのかな?
ふとそう思った瞬間、胸の奥がきゅうっと締めつけられた。
頼もしい父と、優しい母。
弟の無邪気な笑い声。
忘れたくても、忘れられない、懐かしく切ない記憶。
涙がひとすじ、頬を伝っていく。
「……」
そのタイミングで、宗吾さんが無言で僕の肩をぎゅっと抱きしめてくれた。
言葉はなかった。
ただその温もりだけが静かに伝わってくる。
「……宗吾さん……」
思わず名前を呼ぶと、声が震えた。
情けなくて、でも嬉しくて……
「……パパ、お兄ちゃん、こわい夢見ちゃったみたい」
芽生くんも、心配そうに僕の手を握ってくれる。
「ねぇ、お兄ちゃん、なんだかボクたち、今、空を飛んでるみたいだね」
その一言に、ふっと力が抜けた。
涙はこぼれたままだったのに、胸の奥の悲しみが、じんわりと和らいでいく。
これは旅立ちではない。
これは、今なんだ。
今、僕は大好きな家族と一緒にいる。
山頂に着くと、眼前に宝石をちりばめたような夜景が広がっていた。
空の星たちが、そのまま地上に降りてきたような光の洪水。
言葉は出ず、ただ、ただ……ため息が自然とこぼれた。
「……綺麗です」
「知ってるか」
宗吾さんが穏やかな声で話しかけてくる。
「どうして長崎の夜景がこんなに綺麗かというと、地形が関係してるんだ。鶴が羽を広げたような形をした長崎港を中心に、山が街をぐるっと囲んでいて、まるですり鉢みたいになってるだろ? だから、いろんな高さから光が見えるんだ。長崎にしかない立体的な夜景になるのさ」
――鶴が羽を広げて。
すごくいい表現だ。
まるで誰かが長崎の街を、そっと包んでくれているよう――
ふいに、あの夜のことを思い出した。
引き取られて間もない頃。
父に会いたい、母に会いたい、弟に会いたい――
僕は憔悴しきって、夜な夜な枕を濡らしていた。
暗闇が怖く夜が怖く、布団の中で震えていた。
ある日、そんな僕を見かねたのか、宏樹兄さんが夜の街へ連れ出してくれた。
「あの、どこに?」
僕の問いに、兄さんは優しく笑って言った。
「山の上だ。瑞樹を、少しでも亡くなったお父さんとお母さんの近くに連れていってやりたくて」
その言葉に、驚いた。
この人は僕の悲しみと孤独も、こんな風に大きく暖かく包んでくれる人なんだ――。
宏樹兄さん、ありがとう。
僕のお兄ちゃんになってくれてありがとう。
その時、初めて宏樹兄さんに自分から抱き着いた。
「ありがとう、お兄ちゃん……」
・・・・・
「お兄ちゃん、もう大丈夫?」
心配そうな声に、僕は今へと戻った。
そして芽生くんの手を離さないように、ぎゅっと握り返す。
「うん、ありがとう。もう大丈夫だよ」
スロープカーを降り、展望台から街の夜景を見下ろしてみると、光の粒が、夜の闇を優しく塗り替えてくれていた。
まるで「こわくないよ」「大丈夫だよ」と囁くように。
この夜景は、もう悲しみの光じゃない。
今、ぬくもりの中で、こんなにも綺麗に瞬いているのだから。
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