幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
1,791 / 1,865
小学生編

春色旅行 17

しおりを挟む
 山の上から見下ろす長崎の街は、まるで宝石をちりばめたようだった。

 湾を囲むように灯る無数の明かりが、静かに瞬いている。

「わぁ、お兄ちゃん、すごいね」

 芽生くんが歓声を上げ、僕の手をぎゅっと握って目を輝かせている。

 好奇心旺盛な君が、僕は大好きだ。

「うん、すごいね」

 僕も一緒に息をのんだ。

 目の前に広がる眩い光景に、思わず言葉を忘れてしまう。

 すると後ろからそっと肩に手が置かれた。

 宗吾さんの温もりを背後に感じ、ほっと一息ついた。

「すごいな。やっぱり『世界三大夜景』と言われるだけあるよな」
「はい、写真で見たことはありましたが、実際に見るのは全然違いますね」
「あぁ、今日は空気が澄んでいるからくっきり見えるな」

 風が少し冷たく、それが逆に心地いい。

「おい、芽生、迷子になるなよ」
「うん、でももっとよく見たいよ」

 展望台は人込みで、芽生くんの背丈では柵があってよく見えないのが気がかりだ。すると、宗吾さんがさっと抱っこしてくれた。

「芽生、これならどうだ?」

 もう抱っこは嫌がるかと案じていたが、芽生くんは恥ずかしがることもなく、嬉しそうに「よく見えるよ。わぁ、あの船、光ってる!」と明るい声をあげた。

 旅はいいね。
 
 人目も気にすることなく、心から感動を分け合えて。

 旅の終わりに、この光景を見ることができてよかった。

「さてと、そろそろ戻るか」
「はい」




 スロープカー乗り場へと続く細道は、足元が暗かった。

 足元を照らす灯りは少ないので、注意が必要だ。

「芽生くん、暗いから気を付けて」

 すると僕たちの少し前を、中年のご夫婦が歩いているのに気づいた。

 奥さんの方は少し足が不自由なようで、杖をついている。暗がりに目が慣れず、足元を手探りするように進む姿に、僕は眉をひそめた。

 なんだか心配だな。
 大丈夫だろうか。
 声をかけるべきか、否か。

 そんなふうに逡巡していると、僕の背中にそっと温もりが触れた。

「瑞樹」

 隣にいた宗吾さんがスマホのライトをつけて差し出してくれた。

 画面からこぼれる灯りが、僕の顔をふわりと照らす。

「これで誘導してあげたらどうだ?」

 思いやりのある優しい声だった。

 僕は「そのまま宗吾さんがした方が自然では?」と心の中で思ったが、宗吾さんは微笑んだまま、僕の背中をそっと押した。

「瑞樹にも出来るさ!」

 その言葉が、僕の胸にじんわり沁みる。
 小さな勇気とともに、僕は一歩踏み出した。
 スマホの灯りを頼りに、僕はそっとご夫婦の元に歩み寄った。

「あの……こんばんは。ここは暗いので、足元を照らしますね」

 そう声をかけると、ご夫婦は驚いたように振り返ったが、すぐに微笑みを返してくれた。

「ありがとうございます。助かります」

 奥さんは胸元に何かを抱きしめていた。

 なんだろう?

 僕の視線が、自然とその手元に向かう。

 そこには小さな写真立てがあって、笑顔の青年が写っていた。

 奥さんが静かに語り始めた。

「この子、私たちの息子なんです」

 暗闇の中、スマホの灯りに照らされる奥さんの目元は、少しだけ潤んでいた。

「もう、ずいぶん前に事故で亡くなってしまって……もしも生きていたら、ちょうどあなたくらいだわ。今日はあの子が好きだった長崎の夜景を見せてあげようと連れてきたんですよ」

 その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。

 無言でその写真に目を落とすと、青年の爽やかな笑顔と何かが重なった。
 
 僕も両親と弟を亡くしているが、自分より先に我が子を見送った人の悲しみは……なんて、なんて辛く深いのだろう。

 宗吾さんも芽生くんも、その事実を静かに受け止めていた。
 
 五月の風がそっと吹き抜ける中、僕はそっと口を開いた。

「きっと息子さんは、お二人をいつも見守っていると思います。お二人の笑顔が大好きだと……」

 奥さんは小さく微笑み、それから少しだけ涙をこぼした。

「ありがとう。息子と同年代の方にそう言ってもらえて、なんだか元気が出ました」


 あぁ、僕ももっと強くなりたい。

 天国にいる両親が、安心して僕を見守れるように。

 この世界で出逢えた人たちの優しさに応えていけるように。

 静かに強く、胸の奥で誓った。

 
 夜の長崎で、僕がこのご夫婦と出会えたのは、天国の両親からの贈り物なのか。

 運命的な邂逅だった。

 そして、悲しみの先にあるのは何かを、考える機会をもらった。


 悲しみの先にあるのは――

 それは『優しさ』

 大切な人を失った経験があるからこそ、人の痛みに寄り添える。本当の悲しみを知る人は、誰かの涙を見過ごせない。

 それは『絆』

 悲しみの中で出会った誰かと心を寄せ合い、支え合うことで、新しい絆が生まれていく。

 それは『強さ』

 絶望の果て――
 そこから前へ進むことで、しなやかな強さを身につけていく。

 悲しみの先には祈りにも似た『静かな光』が瞬いている。

 悲しみは深い夜のようだが、夜明けは必ずやって来る。

 静かに、確かな光が差してくる瞬間はやってくる。



 「どうかお幸せに」

 口には出さずとも、別れ際に僕たちは同じことを願うだろう。
しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

【完結】ままならぬ僕らのアオハルは。~嫌われていると思っていた幼馴染の不器用な執着愛は、ほんのり苦くて極上に甘い~

Tubling@書籍化&コミカライズ決定
BL
主人公の高嶺 亮(たかみね りょう)は、中学生時代の痛い経験からサラサラな前髪を目深に切り揃え、分厚いびんぞこ眼鏡をかけ、できるだけ素顔をさらさないように細心の注意を払いながら高校生活デビューを果たした。 幼馴染の久楽 結人(くらく ゆいと)が同じ高校に入学しているのを知り、小学校卒業以来の再会を楽しみにするも、再会した幼馴染は金髪ヤンキーになっていて…不良仲間とつるみ、自分を知らない人間だと突き放す。 『ずっとそばにいるから。大丈夫だから』 僕があの時の約束を破ったから? でも確かに突き放されたはずなのに… なぜか結人は事あるごとに自分を助けてくれる。どういうこと? そんな結人が亮と再会して、とある悩みを抱えていた。それは―― 「再会した幼馴染(亮)が可愛すぎる件」 本当は優しくしたいのにとある理由から素直になれず、亮に対して拗れに拗れた想いを抱く結人。 幼馴染の素顔を守りたい。独占したい。でも今更素直になれない―― 無自覚な亮に次々と魅了されていく周りの男子を振り切り、亮からの「好き」をゲット出来るのか? 「俺を好きになれ」 拗れた結人の想いの行方は……体格も性格も正反対の2人の恋は一筋縄ではいかない模様です!! 不器用な2人が周りを巻き込みながら、少しずつ距離を縮めていく、苦くて甘い高校生BLです。 アルファポリスさんでは初のBL作品となりますので、完結までがんばります。 第13回BL大賞にエントリーしている作品です。応援していただけると泣いて喜びます!! ※完結したので感想欄開いてます~~^^ ●高校生時代はピュアloveです。キスはあります。 ●物語は全て一人称で進んでいきます。 ●基本的に攻めの愛が重いです。 ●最初はサクサク更新します。両想いになるまではだいたい10万字程度になります。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

【完結】番になれなくても

加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。 新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。 和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。 和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた── 新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年 天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年 ・オメガバースの独自設定があります ・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません ・最終話まで執筆済みです(全12話) ・19時更新 ※なろう、カクヨムにも掲載しています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

処理中です...