まるでおとぎ話

志生帆 海

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番外編 『おとぎ話を聞かせてよ』4  (side 雪也)

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「さぁ早く話してご覧。それはどんな招待状だったかな。差出人を覚えているかい?」

 海里先生は優しく僕を誘導する。

「えっと……場所は日比谷にあるTホテルで」
「そうか、それで主催者は?差出人の部分を見た?」
「確か医療機関のような名前で……あぁごめんなさい。そこまでです」

「その情報で十分だ。雪也くん大丈夫だ。そのホテルにはツテがある。だから今からおれが行って様子を見て来るから、雪也くんは余計なことを考えないようにするんだよ。心臓に負担がかかるから駄目だよ。今日は早く横になりなさい」

「はい……先生」
「そうだ、いい子だね」
「海里先生がいてくださってよかった。大事な兄さまなんです。どうか……」
「大丈夫。何かあったらおれが守るから」
「お願いします」
「君は幼いようでしっかりしているな。兄思いの優しい子だ。教えてくれてありがとう」

 受話器を置いて、ほっとした。
 よかった……これできっと上手くいく。

 僕はまだ子供で世間のことに疎いけれども、海里先生が兄さまのことを好きだという気持ちなら、ちゃんと分かるよ。だっていつも海里先生の眼は、僕の付き添いの兄さまの方を向いていた。優しくあたたかな眼差しで、疲れ果てた兄さまのことを見守ってくれるのが、嬉しかった。

 数年前……僕たち兄弟を平等に愛してくれた父さまも母さまも亡くなられてしまった。それからすぐに僕よりずっと年上の兄さまは何もかも背負って、父さまと母さまの代わりになろうと必死になってくれた。僕のことを一番に大事に考えてくれた。

 でも……日に日に疲れてやつれていく兄さまが心配で不安だった。

 やがて執事も使用人もいなくなり、慣れない洗濯や家事もこなすことになってしまった兄さまのこと見ていられなかった。ペンを持つだけの美しい手がガサガサになっていくのを、ただ見つめることしか出来なかった。

 この躰が丈夫だったらと何度も願ったのに、症状が悪化し頻繁に発作を起こすようになり、学校へもろくに行けなくなってしまった。更に悪いことに、とうとうお父さまの会社が倒産したらしく、僕は病院へも行けなくなってしまった。

 「雪也ごめん、本当にごめん。来月は必ず病院に行こう、お金を借りてでも連れて行くから」

 兄さまは僕を抱いて泣いた。 
 そんな僕のことを心配して、海里先生が個人的に訪ねて来てくれた時は驚いた。

****

「海里先生には診てもらえません。だってお支払いするお金がないのに……」

「いいんだ。おれは雪也くんの主治医だ。それには変わりない。君の境遇が変化したことは理解しているから、せめて個人的に診察だけは続けさせてくれ」

「海里先生……」

「君の亡くなられたご両親からも頼まれていたし……それに君の兄上のことも心配でしょうがない。おれで役に立つことがあったらなんでもしてあげたい。ところで……お兄さんは今日も帰りが遅いのかい?」

 海里先生の眼は部屋を彷徨い、兄さまの姿を探していた。

「はい……兄さまは締め切りあるお仕事なので、いつも日付が変わらないと戻ってこなくて……」

「そうか……雪也くんも寂しいな」


****

 ずっと僕を支えてくださった海里先生に、とうとう甘えてしまった。でも兄さまのことは、手のひらを返したように去っていた親戚なんかじゃなくて、海里先生に頼みたかった。

 僕の大事な兄さまを守って欲しい人だから。海里先生はずっとずっと兄さまのことを見守っていたのだから、きっと助けてくださると信じている。

 海里先生って母さまが読んでくださったおとぎ話のヒーローみたいな存在なんだ。

 あぁ……どうか何も起こりませんように。
 
 海里先生は心配するなと言ったけど、やっぱり心配で不安だ。そんな気持ちがこみ上げてくると、いつもより胸がちょっと痛いかも……いや、かなり痛いよ。

 どうしよう!こんな時に大きな発作かも……そう確信したのは随分暗くなってからだ。
 
 胸が痛すぎて我慢しても、涙がシーツにポタポタと落ちてしまう。ギュウゥと締め付けられる心臓が痛すぎて、胸に手を当てながら蹲ってしまった。

 早く海里先生が下さった薬を飲まないと……

 戸棚までよろよろと歩いて、なんとか飲んだのに……いつもの発作をはるかに超える大きさで、僕はとうとうそのまま床に倒れてしまった。

 ヒューヒューと喉がか弱く鳴っている。酸素を求めて口をパクパクするが上手く吸えなくて焦り、涙で視界が滲んでいく。


 誰か……

 兄さま、苦しいよ……
 助けて、海里先生……

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