65 / 171
第三章
月影寺にて 1
しおりを挟む
「この寺の名前はもしや……『月影寺』というのでは?」
「おっ何で分かった? 」
そうか……やはりそうなのか。
旅館で庭師からもらった紙切れには鎌倉の寺の名前と住所が記されていた。まさか俺には無縁の場所だと思っていたのに、何の因果だろうか、駆け込み寺、縁切り寺と呼ばれる場所に、汚された身を寄せることになるとは。
とうとう流れ着くべきところに来てしまったのか。
ここに今、俺がいるということが何を意味するのか。
「いえ……あの……俺…」
「ん? あぁ気にするな。この寺には様々な事情を負わされた人がやってくる。だから……君も今は何も考えず休め」
「俺は大丈夫です……」
様々な事情とは……俺の場合……
昨夜降りかかった災難を思い起こすと、ゾクゾクと寒気がしてきた。強がっていてもカタカタと震え出す躰に気が付かれたくなくて、布団の中で丸まり震えを押さえ込むように自分の躰を抱きしめた。
躰の奥深くにまだ無理矢理押し込まれた違和感を感じ、その部分から重い鈍痛が体を駆け巡っていく。
忘れろ! あれはただの暴力だ。
「無理をするな、思いつめるな。ここは困って行き詰った時に、助けを求めても良い場所だ。君の心と躰が落ち着くまで、ずっとここにいていいから安心しろ」
そう言いながらその流水さんは、俺のことを食い入るようにじっと見つめて来た。あんまりにもじっと顔を見てくるので、不思議に思った。この人はもしや……俺のことを知っているのか。だが俺は初対面だ。鎌倉には一度も来たこともない。
「……すいません……あの……何か、俺の顔に? 」
「あぁ悪い。あのさ、つかぬことを聞いてもいいか。辛い所申し訳ないが、兄さんはもう少し落ち着いてから聞けといっていたが、どうしても確かめずにはいられないんだ」
「……何をです?」
「君のその顔は、そのさ………母親似なのか?」
「母親……似?」
その時浮かんだのは、一宮屋の母の顔だった。俺とは似ていなかった。笑うと笑窪が出来るふくよかな頬の優しい面差しの母。本当の母親ではなかった。それを知ったばかりだ。だから俺の産みの母が、誰だかなんて知るはずもない。俺と似ていたのか……そんなこと知るはずもない。
「……俺は産みの母の顔を知りません」
「そうか。実は君の顔に見覚えがあってな。あぁそうだ、特に横顔が似ているな。あの人に…」
「あの、一体どなたにですか」
「おっ何で分かった? 」
そうか……やはりそうなのか。
旅館で庭師からもらった紙切れには鎌倉の寺の名前と住所が記されていた。まさか俺には無縁の場所だと思っていたのに、何の因果だろうか、駆け込み寺、縁切り寺と呼ばれる場所に、汚された身を寄せることになるとは。
とうとう流れ着くべきところに来てしまったのか。
ここに今、俺がいるということが何を意味するのか。
「いえ……あの……俺…」
「ん? あぁ気にするな。この寺には様々な事情を負わされた人がやってくる。だから……君も今は何も考えず休め」
「俺は大丈夫です……」
様々な事情とは……俺の場合……
昨夜降りかかった災難を思い起こすと、ゾクゾクと寒気がしてきた。強がっていてもカタカタと震え出す躰に気が付かれたくなくて、布団の中で丸まり震えを押さえ込むように自分の躰を抱きしめた。
躰の奥深くにまだ無理矢理押し込まれた違和感を感じ、その部分から重い鈍痛が体を駆け巡っていく。
忘れろ! あれはただの暴力だ。
「無理をするな、思いつめるな。ここは困って行き詰った時に、助けを求めても良い場所だ。君の心と躰が落ち着くまで、ずっとここにいていいから安心しろ」
そう言いながらその流水さんは、俺のことを食い入るようにじっと見つめて来た。あんまりにもじっと顔を見てくるので、不思議に思った。この人はもしや……俺のことを知っているのか。だが俺は初対面だ。鎌倉には一度も来たこともない。
「……すいません……あの……何か、俺の顔に? 」
「あぁ悪い。あのさ、つかぬことを聞いてもいいか。辛い所申し訳ないが、兄さんはもう少し落ち着いてから聞けといっていたが、どうしても確かめずにはいられないんだ」
「……何をです?」
「君のその顔は、そのさ………母親似なのか?」
「母親……似?」
その時浮かんだのは、一宮屋の母の顔だった。俺とは似ていなかった。笑うと笑窪が出来るふくよかな頬の優しい面差しの母。本当の母親ではなかった。それを知ったばかりだ。だから俺の産みの母が、誰だかなんて知るはずもない。俺と似ていたのか……そんなこと知るはずもない。
「……俺は産みの母の顔を知りません」
「そうか。実は君の顔に見覚えがあってな。あぁそうだ、特に横顔が似ているな。あの人に…」
「あの、一体どなたにですか」
10
あなたにおすすめの小説
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる