夕凪の空 京の香り

志生帆 海

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第三章

月影寺にて 1

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「この寺の名前はもしや……『月影寺』というのでは?」
「おっ何で分かった? 」

 そうか……やはりそうなのか。

 旅館で庭師からもらった紙切れには鎌倉の寺の名前と住所が記されていた。まさか俺には無縁の場所だと思っていたのに、何の因果だろうか、駆け込み寺、縁切り寺と呼ばれる場所に、汚された身を寄せることになるとは。

 とうとう流れ着くべきところに来てしまったのか。
 ここに今、俺がいるということが何を意味するのか。

「いえ……あの……俺…」
「ん? あぁ気にするな。この寺には様々な事情を負わされた人がやってくる。だから……君も今は何も考えず休め」
「俺は大丈夫です……」

 様々な事情とは……俺の場合……

 昨夜降りかかった災難を思い起こすと、ゾクゾクと寒気がしてきた。強がっていてもカタカタと震え出す躰に気が付かれたくなくて、布団の中で丸まり震えを押さえ込むように自分の躰を抱きしめた。

 躰の奥深くにまだ無理矢理押し込まれた違和感を感じ、その部分から重い鈍痛が体を駆け巡っていく。

 忘れろ! あれはただの暴力だ。

「無理をするな、思いつめるな。ここは困って行き詰った時に、助けを求めても良い場所だ。君の心と躰が落ち着くまで、ずっとここにいていいから安心しろ」

 そう言いながらその流水さんは、俺のことを食い入るようにじっと見つめて来た。あんまりにもじっと顔を見てくるので、不思議に思った。この人はもしや……俺のことを知っているのか。だが俺は初対面だ。鎌倉には一度も来たこともない。

「……すいません……あの……何か、俺の顔に? 」
「あぁ悪い。あのさ、つかぬことを聞いてもいいか。辛い所申し訳ないが、兄さんはもう少し落ち着いてから聞けといっていたが、どうしても確かめずにはいられないんだ」
「……何をです?」
「君のその顔は、そのさ………母親似なのか?」
「母親……似?」

 その時浮かんだのは、一宮屋の母の顔だった。俺とは似ていなかった。笑うと笑窪が出来るふくよかな頬の優しい面差しの母。本当の母親ではなかった。それを知ったばかりだ。だから俺の産みの母が、誰だかなんて知るはずもない。俺と似ていたのか……そんなこと知るはずもない。

「……俺は産みの母の顔を知りません」
「そうか。実は君の顔に見覚えがあってな。あぁそうだ、特に横顔が似ているな。あの人に…」
「あの、一体どなたにですか」

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