夕凪の空 京の香り

志生帆 海

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第三章

白き花と夏の庭 1

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 またここに来てしまった。朝早く目覚めると、いつも自然と足が動向いてしまうのだ。

 季節は廻り再び初夏という季節を迎えていた。まだ明け方の清々しい空気に包まれた竹林。その若々しい緑の葉がさわさわと風に揺れ、爽やかな涼風を運んでくれた。

「夕顔さん……俺の本当の母」

 寄り添うように墓石の横に座り、そのひんやりとした石に手をそっと添える。苔むした墓石は冷たいままだが、母に触れているかのような懐かしい気持ちになれた。母の胎内に戻ったかのような安堵感、大地の息吹を直接感じられる場所だ。

「夕凪……そこか」
「あっ流水さん」

 突然、雑木林の中から現れたのは流水さんだった。長髪の黒髪を後ろで無造作に束ね、作務衣姿で野山を歩き回る姿は精悍だ。手には籠を持っていて、足元は泥だらけだった。

「おはようございます」
「全く、お前はいつもここにいるな」
「いえそういうわけでは……でもここが落ち着きます」
「そうか……ほらっいい山菜が取れたんだ。さぁもう戻ろう。朝食を作るの手伝ってくれよ」
「わぁすごい」

 流水さんの持つ笊(ざる)の中には、ミツバやフキ、ミョウガなど夏の山菜が沢山見え隠れしていた。覗き込むと、ふわっと濃い緑の匂いが飛び込んで来た。力強い命の匂いは強烈だ。

「しかしもうあれから一年も経ったのか。夕凪がここでの生活に慣れ、ずっと俺達と暮らしてくれて嬉しいよ」
「そうですね。あれから一年……あっという間でした」

 本当にあっという間だった。

 白き花を探しまわった初夏の日々を思い出す。どんなに探しても何故かこの庭には、俺が思い描く白き花はなかった。それでも頭の中で想像した花をひたすら描き続けた。

 湖翠さんは、俺のために絵師の師匠までつけてくれ、本格的に勉強する機会を与えてくれた。そのお陰で今では着物の図案から絵付けまで、なんとか一人で行うことが出来るようになっていた。

 この寺でこの世界で俺が出来るのは、それだけだった。
 戻る場所もない俺にとって、ここだけが俺の世界だった。

「先日、夕凪が描いた京友禅を見たよ。素晴らしいな。今度はどんな絵を描くつもりだ? 」
「ありがとうございます。今年こそは白い花を見つけられるといいのですが」
「あぁ去年もそんなこと言って、真夏でもずっとこの雑木林の中を駆け回っていたよな。心配したぞ。いいか、くれぐれも無理だけはするなよ」
「はい」
「よし、いい子だ。そうだ、今日は筆屋が来るぞ。お前の筆を買ってやるから、後で顔を見せるようにと湖翠兄さんが言っていたぞ」
「ありがとうございます! 嬉しいです」

 本当に、俺は恵まれている。

 湖翠さんと流水さんという二人の兄のような温かい人達に見守ってもらい、好きなことをさせてもらっている。それなのに……これ以上の望みなんてないはずなのに、何故か心の奥底が渇いている。

 俺は一体誰を待っている?
 もう会えない人のことを?

 もう一年も過ぎてしまった。
 結局俺を見つけてくれる人は現れなかった。
 きっともう皆……俺のことなんて忘れてしまっただろう。

 それでも俺の心は誰かを待っているような……なんともいえない虚無感を抱えていた。


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