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第三章
白き花と夏の庭 5
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鎌倉 月影寺
「それじゃ、毎度有難うございました」
「あぁまた来月来てくれ。海風くんだったね。今日は代理でありがとう。店主にお大事にと伝えてくれ」
「お気遣いありがとうございます。力不足で申し訳ありません。次回は兄がちゃんと参りますので」
「礼儀正しいね。君はまだ学生さんか」
「ええ東京の大学に通っています」
「そうか。いいな、若くて」
「はぁ……では、ありがとうございました」
寺の山門まで若住職に見送られ、更に角を曲がるまでずっと背中に視線を感じていた。
ふぅなんか緊張したぜ。
月影寺は古く広大な庭園を持った寺で、どこか重々しい雰囲気だ。まるで監視されるような視線がやっと解けてほっとしたが、ずっと俺のことを信用していないような目つきが気になったままだ。
まぁ……年若き住職は、えらい美形で驚いたけどな。
しかし風呂敷の中に兄が用意していた筆は着物の絵付けに使うもので、写経用ではなかった。若住職の趣味か。いや違うな。きっと……さっきやって来た青年のものだ。
まるで俺には見られたくないような扱いだった。一体誰だ? 俺に見られたら不都合なことでもあるのか。襖越しに届いた品のある涼しい声は、一度聴いたら忘れられないほど涼やかで印象的だった。声の主は一体どんな顔しているのか。
あれ? 駅へ行くのはこの道で良かったのか。どうやら荷物が軽くなったのをいいことに考え事をしながら呑気に歩いていたら、道を間違えてしまったようだ。さっきの三差路で選択を間違えたのか。
慌てて引き返したのに道は深まるばかり。
参ったな……鎌倉を侮っていた。
こんなに深い山があるなんて……これも寺の敷地なのか。
歩けば歩くほど、道がなくなっていく。
おいおい俺としたことが、この歳で迷子か。しかし一体出口はどこだ。見上げれば竹林がどこまでも伸びて、空がほとんど見えない緑 一色の世界だ。
足元には野草や野花が咲き乱れ、絡まって歩きにくい。焦れば焦る程もつれる足。
「わわっ!」
まずいと思った時には俺は足を滑らせて、派手に山の斜面をゴロゴロと転げ落ちていた。
「わぁーっ!」
****
寺の背後に広がる山奥は、浄化された空気で満ちていた。
「清々しいな……とても」
見上げれば竹の葉が青空を覆い尽くし辺りは真昼間だというのに、どこか薄暗い。静寂の中、竹の葉がサラサラと揺れる音だけが広がる世界に俺はいた。
そんな時、突然静寂が破られた。
近くで男の悲鳴が聞こえた。
「えっ……なんだ一体? こんな山奥に人がいるのか」
慌てて声のする方向へ駆け寄ると、そこには若い男性が倒れていた。
恐らく少し上から斜面を派手に転げ落ちたのだろう。泥まみれで肘と膝を擦りむいたらしく血が滲んでいた。湖翠さんからむやみに他人に関わるなと忠告されていたが怪我人は別だ。
慌てて駆け寄り、横たわる青年の横に膝をつき声をかけてみた。
「あのっ大丈夫ですか。頭を打ったりしていませんか」
「それじゃ、毎度有難うございました」
「あぁまた来月来てくれ。海風くんだったね。今日は代理でありがとう。店主にお大事にと伝えてくれ」
「お気遣いありがとうございます。力不足で申し訳ありません。次回は兄がちゃんと参りますので」
「礼儀正しいね。君はまだ学生さんか」
「ええ東京の大学に通っています」
「そうか。いいな、若くて」
「はぁ……では、ありがとうございました」
寺の山門まで若住職に見送られ、更に角を曲がるまでずっと背中に視線を感じていた。
ふぅなんか緊張したぜ。
月影寺は古く広大な庭園を持った寺で、どこか重々しい雰囲気だ。まるで監視されるような視線がやっと解けてほっとしたが、ずっと俺のことを信用していないような目つきが気になったままだ。
まぁ……年若き住職は、えらい美形で驚いたけどな。
しかし風呂敷の中に兄が用意していた筆は着物の絵付けに使うもので、写経用ではなかった。若住職の趣味か。いや違うな。きっと……さっきやって来た青年のものだ。
まるで俺には見られたくないような扱いだった。一体誰だ? 俺に見られたら不都合なことでもあるのか。襖越しに届いた品のある涼しい声は、一度聴いたら忘れられないほど涼やかで印象的だった。声の主は一体どんな顔しているのか。
あれ? 駅へ行くのはこの道で良かったのか。どうやら荷物が軽くなったのをいいことに考え事をしながら呑気に歩いていたら、道を間違えてしまったようだ。さっきの三差路で選択を間違えたのか。
慌てて引き返したのに道は深まるばかり。
参ったな……鎌倉を侮っていた。
こんなに深い山があるなんて……これも寺の敷地なのか。
歩けば歩くほど、道がなくなっていく。
おいおい俺としたことが、この歳で迷子か。しかし一体出口はどこだ。見上げれば竹林がどこまでも伸びて、空がほとんど見えない緑 一色の世界だ。
足元には野草や野花が咲き乱れ、絡まって歩きにくい。焦れば焦る程もつれる足。
「わわっ!」
まずいと思った時には俺は足を滑らせて、派手に山の斜面をゴロゴロと転げ落ちていた。
「わぁーっ!」
****
寺の背後に広がる山奥は、浄化された空気で満ちていた。
「清々しいな……とても」
見上げれば竹の葉が青空を覆い尽くし辺りは真昼間だというのに、どこか薄暗い。静寂の中、竹の葉がサラサラと揺れる音だけが広がる世界に俺はいた。
そんな時、突然静寂が破られた。
近くで男の悲鳴が聞こえた。
「えっ……なんだ一体? こんな山奥に人がいるのか」
慌てて声のする方向へ駆け寄ると、そこには若い男性が倒れていた。
恐らく少し上から斜面を派手に転げ落ちたのだろう。泥まみれで肘と膝を擦りむいたらしく血が滲んでいた。湖翠さんからむやみに他人に関わるなと忠告されていたが怪我人は別だ。
慌てて駆け寄り、横たわる青年の横に膝をつき声をかけてみた。
「あのっ大丈夫ですか。頭を打ったりしていませんか」
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